上階への進出 その4
200階層のボスは『上級天使・レプリカ』という、相変わらず天使を模したエネルギー体のようだった。
ただし、名前から分かるようにその姿はそれまでと違っていた。
羽の数は遂に二対から三対……すなわち六枚まで増え、武装も洗練されたものに変わっている。
豪奢な鎧、兜、左手にスクトゥムに似た長方形の大盾、右手に長槍。
それらもエネルギーの塊で精製されているようだが、大型の盾と武器をそれぞれ片手で軽く振り回している。
「――ふおっ!? 動き、めっちゃ速いでござるな!」
迫りくる天使の槍を、それ以上に速い動きで躱すトビ。
ヘイトを稼ぐ『挑発』スキルを使いつつ、後退は最小限に。
円を描くように、敵との距離を保ったままの移動を続ける。
「しかも、こいつ――むんっ! リーチが……どるぁ!」
リーチが長いと言いたかったのだろう。
だが、ユーミルは『アサルトステップ』を利用しつつ懐に潜り込んでは、敵を鋭く斬りつけては離脱を繰り返す。
確かにボスらしく強い敵だ。
強いのだが……。
「あいつらの運動能力が上か……さすがだな。あれなら安心して前を任せられる」
「集中できている時のみ、ですけれどね……」
「こうなると撃破は時間の問題だね。後はミスをしないように……」
セレーネさんの言葉を契機に、後衛の俺たちも集中力を意識的に増していく。
『上級天使・レプリカ』の攻撃力は高いので、一撃死には常に注意が必要だ。
また、ボスの多くが行う終盤の特殊行動――
『――』
こいつの場合、それは形態変化だった。
頭の上に元はなかった輝く天使の輪が、背後の羽から後光のようなエフェクトが追加される。
天使は光の粒子を撒き散らしながらボスフロアの空を飛び回り、元の位置にゆっくりと着地。
「おおお!? 無駄に凝ったパワーアップ演出だな!? 何だか燃えてきたぞ!」
「一瞬、そのまま飛び続けるのかと焦ったでござるよ!」
「それだと、遠距離攻撃に乏しいパーティが詰むからな……」
ボスに直行、リトライが容易なイベントなら有り得る仕様だが。
このイベントは長い長い階層を進んだ先でボスという形だ。
よってパーティ編成次第で不利になる要素は、薄くなるよう配慮・設定されているのだろう。
形態変化が終わり、ステータスアップと表示された後……。
『上級天使・レプリカ』のHPバーに付いていた白い枠が消え、無敵時間が切れる。
「来るぞ!」
まずは大振りの槍による円攻撃。
これは全員回避し、ダメージなしで凌ぐことに成功。
しかしそのまま天使は槍を素振りするように、何度も何度もエネルギーを滾らせながら振り回した。
すると槍から光の粒子が乱れ飛び、俺たちの体を複数回の衝撃が通り抜けていく。
その回避不能な範囲攻撃により、パーティのHPはたちまち半分まで削られた。
「問答無用に凶悪な攻撃だな!? 固定ダメージかよ!」
「しかも複数回ヒットとか、馬鹿でござるか!? あああ、拙者の空蝉とホーリーウォールが……」
もしこの攻撃の前に、パーティのHPが削られていたら……!
特殊行動の演出・モーションがやたら長かったのは、もしかしたらプレイヤーに回復の猶予を与える意図もあったのかもしれない。
「各自、自前のポーションで回復を! ヒールオールは温存する!」
「しょ、承知!」
「合図をくれ、ハインド! 体勢が整ったら、一気に畳み掛けるぞ!」
「ああ、分かった!」
天使が全体攻撃を終えると、今度はこれまでより苛烈になった通常攻撃を繰り出してきた。
トビの回避はギリギリになり、ユーミルのカウンター回数も露骨に減ってしまう。
先程の全体攻撃はカウントダウン制で、天使の輪の上ある数字が0になると発動する仕組みのようだった。
現在HP参照だったらまだよかったのだが、最大HPの五割を削るというのは二度目も変わらなかった。
カウントは対抗呪文となる『ヒールオール』のWTよりも短いので、長期戦になると回復が間に合わなくなるのは目に見えている。
だが、そんな苦境にあってもパーティメンバーの動きは普段と変わらない。
「セッちゃん、少しでいいから矢で足止め頼む! さすがに腕がつりそうだ!」
「任せて!」
「リィズ殿、HPポーション余ってない!?」
「ありません」
「――あ、あれ!? 言葉とは裏腹に回復したのでござるが!? どういうこと!?」
「うるせえな!? 俺のだよ! いつまでも喋っていないで、さっさと分身使え!」
「あ、な、なるほど! 感謝でござるよ! やっぱり持つべきものは――」
「黙って戦えないのか、お前は!」
むしろいつも以上の集中力で、防戦寄りながらもボスのHPを少しずつ削っている。
……集中している割に、騒がしさは普段と変わらないが。
ともかく、これなら行ける!
「次の天使の全体攻撃の後に、一斉攻撃だ! かたをつけるぞ!」
「……!」
ちらりとリィズに目をやる。
すると僅かな逡巡があったものの、しっかりと頷きが返ってくる。
どうやら、リィズのダメージ計算でも問題はないようだ。
俺はあえて回復を必要最低限にし、各メンバーの切れたバフをかけ直すことで火力の底上げを図る。
そして――
「カウント0……来るぞ!」
「ダメージはともかく、ヒットストップもノックバックも大したことはない! 突っ込めぇぇぇっ!」
到達地点を示すように、俺は天使の眼前に『エリアヒール』の陣を設置した。
天使が放つ光の粒子を掻き分けながら、ユーミルとトビが陣を踏んで斬りかかる。
「まずは美味しい魔力のぎっしり詰まった剣だ! 受け取れぇ!」
斬撃、そして爆発。
魔力が美味しいかどうかは定かではないが、おいしいダメージをしっかりと出してそのまま通常攻撃に移行。
『バーストエッジ』による巻き添えの心配がなくなったところで、トビが反対側から仕掛ける。
「お次は投擲アイテムのフルコース、腹いっぱい喰らうがいいでござるよ!」
カテゴリ違いのアイテムを次から次にぶつけていく。
並の軽戦士を遥かに超えるダメージを叩きだし、こちらも通常攻撃に移行。
相変わらず、息が合わずに同時攻撃には至っていない。
この辺りの連携は若干もどかしいが……この二人の場合、これでも改善されたほうだ。
FFなしで、きっちり交互に攻撃はできている。
通常攻撃で動きを止めた後は、後衛の攻撃ターンが始まる。
二人が慣れた動きで射線を空けると、天使とは対照的な昏い光を放つ魔導書から禍々しい剣が解き放たれる。
「剣のおかわりはいかがでしょうか?」
……というか、その食事に引っかけた言い回しは乗っからないと駄目なのだろうか?
よくもまあ、戦闘中にそこまで頭が回るものだ。
そもそも、ちょっと恥ずかしくないか?
後で思い出して転げ回ることになっても、俺は知らないぞ?
「あ、えと……お、お腹にズドンと、弾ける衝撃!」
「セレーネさんまで!? しかも内容が微妙に怖い!」
『ブラストアロー』が鎧を破壊しつつ、天使の腹部に深々と突き刺さった。
全員の最大スキルを受けた天使が吹き飛ぶも、残りHPは僅かに残っている。
まずい、カウントが!
「ハインド、とどめを! 分かっていると思うが――」
「洒落た台詞を期待しているでござるよ!」
「マジか!?」
嫌すぎる……が、恥ずかしいと思うから恥ずかしいのだ。多分。
もちろん『シャイニング』では無理なので、急いでアイテムポーチに手を入れる。
そして俺は『焙烙玉』を手にすると、意を決し適当な言葉と共に投げ込んだ。
「で、デザートも持っていけ!」
爆発、そして燃焼。
じりじりと天使の残存HPを削りきり、眼前にCLEAR! の文字が躍る。
俺以外の四人は余裕がある態度を取っていたが、実際にはかなりの強敵だった。
「ふっ……決まったでござるな!」
「うむ! 連携もよかった! ということで、今のを私たちの決め台詞に――」
「しねえよ!? 痛いし、寒いし、何より恥ずかしいわ! どう考えようと、やっぱり恥ずかしいもんは恥ずかしいわ!」
「!?」
ショックを受けるユーミルに対し、トビは「やっぱり」という顔で苦笑いだ。
二番目に乗っかったお前も、結構罪深いと思うんだがな?
ボスを倒した喜びはどこへやら、俺は杖を地面に立ててユーミルに体を向ける。
「で、今度は何の影響を受けたんだ? 漫画か? テレビか?」
「テレビの特番でやっていた、新旧ヒーロー大集結というやつだ! 主に新旧の旧のほう!」
「新旧ヒーロー? ……特撮とか、アニメとかの?」
「そうだ! 格好いいだろう、昔のヒーローの台詞回しは!」
これまた、何とも分かりやすい答えだ。
……話しながら変身ポーズ的なものをとるの、やめてくれよ。
調子が狂うから。
「いやいや。ああいうのはダサカッコイイを極めた人たちが口にするからいいんだぞ? 俺たちが真似してやっても、様にならんだろ……」
「当時はアレが純粋に格好いいと信じてやっているのもポイントでござるなぁ。むしろ、そこがいいというか!」
「……!」
「そこまで分かっていながら、何で乗ったんだよ……とんだ巻き添えだよ……」
そしてセレーネさん、気持ちは分かりますが昔のヒーローの話は後で……。
さすがにそこを広げていると、この場の収拾がつかなくなる。
「むう……言われてみれば! だが、せっかく“歯応えのない連中だ!”とか“私たちの力、たっぷりと味わわせてやる!”とかの台詞も用意していたのに……」
「どうでもいいけど、さっきから何で食事縛りなんだ……?」
そういえば昔はよく、歯応えじゃなく手応えじゃないのか? と疑問に思ったりもしたものだ。
何度も耳にする機会があったので、そういうものかと納得することにしたが。
実際、敵味方を問わず攻撃的な性格の登場人物が使うと割合しっくり来る。
相手を倒すことを、喰うと表現する場合もあるしな……。
「ま、いいや……無事に200階まで来たことだし、そろそろ次の食事にしよう」
「まだ戦うというのか!? いいぞ、私は構わん!」
「何でだよ!? 普通の食事のほうだよ! 満腹度を見ろ!」
上階に進むにつれ、一階攻略ごとの所要時間は増加していく。
だから、前回の食事から一気に40階進んだ俺たちの満腹度はかなり減っている。
言われた通り自分の満腹度を確認し、ユーミルは一つ頷くと笑顔を作った。
「休憩室に急げーっ!」
そして跳びはねるような足取りで、ボスフロアの出口へと向かっていった。
その様子にリィズが大きく嘆息したところで、俺たちも出口へと進んだ。




