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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
天空の塔

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上階への進出 その2

 モンスターの肉は、全体的に癖が強い。

 そのため、重要となってくるのが臭みを取る香草類だ。

 この香草類も、ゲームならではのものが多数存在している。

 もちろん、片っ端から入れればいいというものではない。

 混ぜすぎると、香りが混ざって料理の味を損なうことになる。

 だから――


「これは入れないのか?」

「――!」


 香草の一つを持って差し出された腕を、俺は必死に捉まえた。

 危ない、料理が台無しになるところだった。

 掴んだ腕の主を辿ると、深い森のような緑色の目が見返してくる。

 その瞳に浮かぶ感情が、驚きから戸惑いへと移り……。


「は、ハインド……? みんな見ているぞ……?」

「何で赤くなっての、お前……じゃなくて」


 そっとユーミルの手を放すと、連動してリィズの目に光が戻る。

 だが、視線が固定されたままだ。

 何もしていないって……。

 160階層まで来た俺たちは現在、休憩室で調理中だ。


「よりにもよって、持っているもんがそれかよ」

「む?」


 ユーミルが持っていたのは、TB世界で「香りの支配者」と呼ばれている強い香草。

『ウィクトル・オドル』という高価な料理素材だ。


「それをそのまま入れたら、大変なことになるぞ。匂い、嗅いでみろよ?」

「どれどれ――ッ!?」


 強烈な刺激臭に、ユーミルが顔を背けつつ香草をぶん投げる。

 高いのに……。

 俺が投げられた香草を拾うと、涙目になったユーミルが訴えかけてくる。


「お前、こんなものを入れようとしているのか!? 気は確かか!?」

「さっき丸ごと入れようとしていたのは、どこの誰だっけか……?」


 説明が面倒なので、俺は『ウィクトル・オドル』を小さく小さく千切って火に近付けた。

 ユーミルに顔を寄せるように手招きし……嫌そうにするなって、大丈夫だから。

 近づくのを待って、香草を軽く炙る。


「……お? これは……さっきと全然違う!?」

「いい香りだろ? どの道、香りが強いんで入れ過ぎは厳禁だけどな」

「うむ、スパイシー! 凄いな! ニンニクっぽいというか、腹にガツンと来る香りで――!」


 ぐうぅぅぅぅ、という大きな音が休憩室に鳴り響いた。

 あれ? 俺、リアルで夕飯ちゃんと食べさせたよな? ユーミル?


「……」

「……」

「……わはは!」

「誤魔化せていないからな? お前の食欲はどうなっているんだ……」


 どうせ食べるのだったら、そういう反応をしてくれたほうが嬉しいのは確かだが。

 ……ログアウト後にお腹が空いたとか言いやがったら、寒天でも食べさせておこう。

 今夜は泊まるそうだし、深夜の食事で太るといけない。


「熱して香りが変化するとは、面白い草でござるなー。妨害アイテムにはできないので? ――ごふぅっ! げほっ、げほっ!」


 トビが寄ってきて、俺が横に置いた熱していない『ウィクトル・オドル』を手に取る。

 そのまま自分の鼻に近付け、匂いを至近距離で嗅いで咳き込んでいる。

 ……何で臭いと聞いておいて嗅ぐかな。


「嗅いで分かっただろう? 強烈だけど、そいつの匂いはあまり拡散しない。熱すると拡散するけど、いい香りに変化するからな」

「料理専用ということでござるか。残念」

「ってなわけだから、二人とも。食べる前にその手は洗浄しておけよ」


 素手で香草に触った二人の手は、当然ながら臭う。

 それはもう臭う。

 俺はそもそも、手袋をしているので問題なし。

 二人は顔を見合わせ、それから各々自分の手の平を見る。


「……ふむ。ちょっとあっちで、リィズの体中に触ってくる!」

「やめとけよ!? 消されるぞ!」


 俺の忠告に聞く耳を持たず、ユーミルはリィズのもとに駆けていった。

 今日日(きょうび)、小学生だってそんなことしないぞ……。


「……」

「……トビ。その手で俺に触ったら、生のどくだみをお前の鼻に詰め込む。明日の朝一、現実で」

「今すぐ洗浄するでござる!」


 秀平は生のどくだみの匂いが苦手だそうだ。

 中学の草刈りの時に土手のどくだみの前でボヤいていたので、憶えている。

 ちなみに、どくだみは昔から解毒作用のある薬草として重宝されてきた。

 更に、あのキツイ匂いにも防カビ・抗菌などの作用があるので一概に悪いものとは言えない。




「で、結局何を作っているのだ? 肉料理と言っていたが」


 乱闘で髪がぐしゃぐしゃになったユーミルが、洗浄ボタンを押しつつ訊いてくる。

 乱れた髪も、手に付いた匂いも一瞬で元通りだ。


「あ、それ拙者も知りたいでござる。っていうか、肉だけでいいのでござるか? まさか、複合効果狙い?」


 複合効果、もしくは複合料理バフというのは、つい先日実装された料理の新要素だ。

 職によってはパーティで同じ料理を囲みにくい、という意見が多数あったため追加されたらしい。

 今までは料理に用いる主要素材によってざっくり「物理系」「魔法系」「HP系」「MP系」に分かれていた料理バフ。

 その中からアップデートにより、別系統の上昇効果を複数得ることができるようになった。

 条件は「一定以上のレアリティを持つ複数の料理素材」を使い、更に「一定以上の料理の完成度」を満たすことで複数の効果が発揮される。

 失敗した場合は従来通り使った素材の中で最もレアリティが高いか、プレイヤー設定で優先にチェックを入れた効果だけが適用されるという感じだ。

 後者の「一定以上の料理の完成度」が曲者(くせもの)で、(ちまた)では死に要素だとも言われているが……。


「当然。肉はメインで、他にもサイドメニューとして色々用意しているぞ。複合効果が出ないなんて、雑に料理しているやつの言い訳だからな」

「おお……すごい自信でござるな……」


 感心するトビの横で、ユーミルが腕を組む。

 そして俺を生暖かい目で……何だよ、その顔は。


「こんなことを言ってはいるがな。既に大丈夫か心配で、何度も試しているのがハインドというやつだぞ?」


 それを聞いた俺の作業の手は、一瞬だが止まってしまった。

 その様子を見咎めたトビが例の……得意のニヤニヤ顔を作り、ユーミルの言に応じる。


「ほほう。つまり、この複合効果を狙った料理も……」

「私が思うに、こっそりと一人で試作済みだな! どうだ!? ハインド!」

「……」


 実は自分の事前の行動はほとんどユーミルが言った通りだったが、素直に頷くのが(しゃく)だった俺は無言を通した。

 モンスター肉の臭み消しなんかについては、止まり木のおばあちゃんたちに相談したりもしている。

 その結果が、あの香草ということになるのだが。


「図星か!? 図星だろう!? なあ!?」

「リィズ、そっちはどうなった? パンは焼けたか?」

「照れるな照れるな! お前のそういうせせこましいというか変に気が小さいところ、私は可愛いと思うぞ!」

「――うるせえこの野郎! 女子に可愛いって言われて喜ぶ男は少数派なんだよ! ちっとも嬉しくないわ!」


 我慢できなくなった俺は、ユーミルの言葉に遂に反応してしまった。

 大体、誰のせいで人がこんな性格になったと思っていやがる!

 昔からお前が無茶ばっかりするから――


「えー? 拙者、パトラ女王様とかにだったら、可愛いって言われたいでござるが?」

「こいつ……じゃあ言い直してやるよ! 同年代の女子に可愛いって言われても、俺は嬉しくない! 全然嬉しく――」

「動揺するハインドさん……可愛い……」

「うがああああ!!」


 トビだけでなく、いつの間にか傍に来ていたリィズからまで的確な追撃を受けた。

 いや、呼んだのは俺だけれども!

 こいつらの食事にだけ、生の『ウィクトル・オドル』を大量に放り込んでやろうかという気持ちが衝動的に湧いてくる。

 料理への冒涜(ぼうとく)になるので、実際には絶対にしないが。




 休憩室で騒がしくしながらも、料理は無事にできあがった。

 鉄板の蓋をゆっくりと開けると、華やかな香りと共にこんがりと焼き色のついた肉が音を立てて現れる。


「おおお、フルコース……!」


 メインは先程から調理していたこの『角兎(縞)の香草焼き』だ。

 それにリィズとセレーネさんに調理をお願いしておいた焼き立てパンと、砂漠のフルーツを用いたシャーベットを用意した。

 この内容なら肉料理で物理に、穀物でHPに、デザートでMPにバフをかけることが可能だ。

 セットメニューとして完成した料理をシステム側に登録すると、無事に複合効果を得られる旨の説明文が表示された。

 ……あー、よかった。

 噂では、鍋などでまとめて煮込む料理だと難易度が下がるのだとか。

 こだわりがあったので別皿のものをセット扱いという形にしたが、こちらは完成度の判定が皿ごとに複数回行われ、しかも一品でも不適格だと複合バフにならないので難しいそうだ。


「これは香草焼き、なのかな? いい香り……」


 控えめに少しだけ料理に顔を寄せたセレーネさんの眼鏡が、料理の湯気で曇った。

 慌てて一歩下がり、眼鏡を外して軽く布で拭いている。


「香草はウィクトル・オドルを中心にいくつか混ぜ込んであります。で、モンスター肉の候補は色々あったんですけど……蛇肉とかサソリとか――」

「えっ」

「蛙、トカゲなんかの爬虫類も砂漠だと多いし――」

「……っ」

「……そういうのもありかなあ、と思ったんですけど」


 俺が候補を挙げる度にセレーネさんが驚いた顔を、リィズがちょっと嫌そうな顔をする。

 そうなると思ったので、今回は――


「無難なウサギ系モンスターの肉にしました。それでも、ちょっと普通のウサギよりも癖はあるんですけどね。堅いし、獣臭い」

「あ、だから香草焼きなんだ……」

「ウサギ系……アルミラージですか? ハインドさん」

「いや、アルミラージ・ストライプのほう。普通のアルミラージだと、肉のレア度が足りないからな」

「なるほど……」


『アルミラージ・ストライプ』はサーラとベリの国境沿いに生息するアルミラージと同系統のモンスターだ。

 縞模様を持つストライプのほうが能力が高く、素材のレアリティも高い。

 ちなみに魚料理に関しては、適切な食材が手に入らなかったので用意できなかった。

 更に今回の料理の反省点を挙げるなら、バフ自体は多く発動しているものの補正数値が低めだ。

 これだとまだまだ単一バフのほうが有効な場面も多いだろうし、素材選び、各料理の相性、そして自分の料理の腕と、成功とはいえ見直すべきところは多々ある。


「……ンド、ハインド!」

「お、あ? 何だ? ユーミル」

「食べていいか!? もう食べていいのか?」

「あ、ああ。どうぞ、召し上がれ」

「いただきまぁぁぁぁぁぁす!!」

「「「いただきまーす」」」


 ……だがまあ、とりあえずは。

 みんな美味しく食べてくれているようなので、それでいいか。

 せせこましいと評された思考を投げ捨て、俺も目の前の皿に手をつけた。

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