発奮材料
五人揃ったところで塔に向かうと、入口とは別のところに人だかりができている。
理由は塔の壁に、光る文字でとある情報が書き込まれているからだ。
当然、不思議そうな顔で袖を引いてくるユーミルに返す言葉は一つ。
「見てくるといい。俺に訊くよりも早いぞ」
「分かった! みんなで一緒に行こう!」
「あ、おい!」
手を引かれ、半ば強制的に連れていかれる。
後ろの様子を窺うと、他の面々も追従してくるので……。
せめて、セレーネさんのことを考えて人の少ない方へ向かうように声をかけておく。
やがて壁に近付くと、表のようなものが掲示されていることが分かる。
早速、ユーミルが前のめりの姿勢で読み上げ始めた。
「えーと、なになに……天空の塔、最高到達階層……パーティランキング……だと!?」
「ああ。個人のスコア関係のランキングは最初からあるけど、パーティのランキング発表は今日からなんだ。午後三時から、だったかな」
「固定パーティのか!?」
「混ぜると野良が不利だからな……野良と固定で、ランキングは分けてあるはずだぞ」
そこまで言ってから並んだ顔を見ると、やはり他の面々は知っていたらしい。
システム的には最初からあってもいいと思える代物だが……。
競う内容が到達階層なため、序盤はどうしても複数パーティが団子状態になる。
そのため、あまり意味がないという判断からだろう。
また、こいつのように――
「むうう……こうはっきり順位で示されると、改めて気合が入るな!」
最初のうちは隠された数値――マスクデータにしておき、後から公開することで気分が上がる人間がいるからだろう。
今回はそれなりに長いイベント期間がある。
中だるみを避けるために、ちょっとした時間差を設けたのだろう。
「ハインド、私たちの順位は!? 載っているか!?」
「ざっと見た感じ、上のほうにはなかったが……」
「私は下から見ていますが、ランキング下位は私たちの到達階層よりも下でしたよ」
どうも、載っているランキングはトップ100までのようだ。
リィズの言葉により、俺たちパーティの100位内は確定。
「じゃあ、どこかには名前があるはずだな。せっかくだし、探してみるとするか」
「よーし!」
TBでは一々パーティに名前を付けないので、全員の名前が載ることになる。
結果、表示が若干小さくなるため、名前を見つけるのが少し難しい。
俺たちが立っている場所の関係で、到達階層の数字が読みにくいのも見つけにくい一因だ。
「……なんかこれ、合格発表で受験番号を探しているみたいでござるな」
不意に、目を細めるトビが妙なことを呟く。
確かに数字ばかりが並ぶ、合格発表と探し難さはどっこいだが……。
「どちらかというと、試験の成績上位者じゃないか? 定期テスト後に、バーッと貼り出されるやつ」
「え? ああいうのって、創作の中だけの存在ではないのでござるか?」
言われてみれば、俺たちの高校にそういったものは存在しないな……。
各教科の点数、学年順位とクラス順位が記載された成績表を個別に渡されて終わりだ。
トビの言う通り、何かの作品で見た記憶があったから連想したのだろうか?
「創作で多く使われるのは、それをきっかけに成績ネタとか勉強ネタを展開するためだと思うが。掲示される形だと、分かりやすいしインパクトある気がしないか?」
「なるほど。そういえば、渡されたテスト用紙だとか、成績表の見せあいっこというパターンもあるでござるな。拙者たちの学校だと、こちらが近いでござるか? ただ、やっぱり創作物だと掲示パターンが多いように思えるでござるが」
「掲示されるパターンだと、あんまり仲のよくないキャラクターも話に参加させやすいのもあるんじゃないか? ……って、何でこんな話に」
どちらにしても、俺の例えは不適切だったようだ。
そうトビと二人で結論が出そうになったところで――
「あ、あれ、そうなの? 私が通っていた高校には、普通にあったけど……?」
「誠でござるか?」
「セレーネさんの通っていた学校、進学校でしたよね?」
「う、うん。地域のトップ校とかではなかったけれど、一応ね?」
セレーネさんのところにあったということは、場所によりけりなのだろうか?
他に、この中で違う学校に通っているやつといえば……。
「そういや、リィズの学校にはあるんだよな? 定期テストの成績上位者発表」
「ありますよ。もっとも自分の名前を探す際に、こんなに苦労したことはありませんが」
「けっ!」
リィズの言葉を聞いたユーミルが小さく毒づく。
そりゃ、リィズの名前は常に一番初めにあるだろうからな……。
探す手間なんて、必要ないだろうさ。
「であれば、進学校ならある! という感じでござろうか?」
「どうだろうな? たった二校の一致で、そうだって断じるのはおかしいと思うけど。ただ、進学校で掲示方式を採れば、競争心は煽れそうだよな」
「くだらないですね。本当に心に期するものがあるなら、最後には自分との戦いになるはずです」
「「「……」」」
と、勉学の鬼はこう仰っておられる。
リィズ――理世のすぐ下の順位にいる、2位や3位の子はどう思っているんだろうな。
学校で無駄に敵を作っていないか、兄さんは少し心配だよ……。
「そんなこと言ってぇ。もしトップじゃなくなったら怒るでござろう? リィズ殿」
真面目な顔を見るとからかわずにはいられないのだろうか、こいつは。
しかし、そんなニヤつきながらのトビの言葉に、リィズは事もなげに切り返す。
「怒りますね。1位を奪った相手ではなく、己の不甲斐なさに」
「ストイック!? 隙なしでござるか、この御仁!? 無敵!」
「武士か、お前は……我が妹ながら、尊敬するぜ……」
あくまでも己との戦いと言い切る妹の姿に、戦慄を覚える。
こりゃ、勉強で競ってもまるで勝てないわけだ……なんて恐ろしいやつ。
「誤解なさらないでください。これは武士の心ではなく、女の意地というものです。ハインドさん」
「愛、だね……リィズちゃん……」
「セッちゃんはよく分かっていらっしゃる。その通りです」
「……」
どうしてそこで「愛」に繋がるのかは……前に語っていた、俺を養えるだけの職に就くとかいう野望のためだろうか?
俺としては、妹に養ってもらうような人間に落ちぶれる予定はないのだが。
本人が稼げる仕事に就くこと自体は決して悪くないので、何も言えない。
「――あ、あったぞ!」
……と、会話に参加せずにランキングを見ていたユーミルが声を上げる。
ユーミルが指差したのは、表のど真ん中の――少し下。
掲載されている100位までのパーティの中で、57位のところだった。
名前の表示は相変わらず小さいが……ユーミル、ハインド、リィズ、トビ、セレーネ……おお、あるある。
確かに載っていた。到達階層は160階となっている。
「低い!」
「低い……か?」
ランクインしているだけでも立派だと思うのだが、やはりユーミルはお気に召さなかったようだ。
それを不思議に思ったらしいトビが、顎に手を添えつつユーミルに問いかける。
「まだ期間的には、中盤戦突入直後でござるよ? そこまで気にする順位でも――」
「そんな心構えのやつが、トップを取れるものか! この腑抜けめ!」
「そこまで言う!? って、あー、トップを取りたかったのでござるか……」
つまり、2位でも3位でも不満はあったということだろう。
飽くなき向上心といえば聞こえはいいが……。
このランキングの報酬に『勇者のオーラ』は関係していないぞ?
「ハインド殿。到達階層トップのパーティ報酬って、何でござったっけ?」
「あー……確か、天界への入場権とかいう詳細不明な――」
「こうしてはいられん! さあ、今すぐ上階目指して突撃だぁぁぁっ!」
「だ、だから、俺を引っ張るなって! 力、強っ! あああああ……」
「は、ハインド君ー!」
セレーネさんの心配そうな声と顔が、どんどん遠ざかっていく。
人目を惹く銀髪が、人垣を割ってぐいぐいと塔の入口に突き進む。
どうも今日は、大幅に記録を更新するまでログアウトさせてもらえそうもない。
「……トビ?」
しばらく引っ張られてから振り返ると、トビだけがその場から動いていなかった。
ランキングの上の方をじっと見たまま、珍しく思案深げな顔をしている。
「は、速いよ、ユーミルさん……」
「すまんすまん、セッちゃん。……む? あいつ、どうしたのだ? 腹でも下したか?」
「本当ですね。いつもにやけているか、驚いているか、白目を剥いているかのトビさんが」
「お前ら、ひでえな……」
二人もトビの様子に気付いたようだが、物言いが一々厳しい。
トビだって、偶には真剣な顔をすることくらい……することくらい……。
……。
「おーい、トビ! どうした!? 来ないのか!」
距離が離れてしまったので、少し大きめの声で呼びかける。
周囲は相応に騒がしいので、それほど迷惑にはならないはずだ。
声が届いたのか、トビはびくりと金縛りが解けたような動きをしてから走り出す。
「も、もちろん行くでござるよ! 置いていかないでー!」
あっという間に普段通りになったトビだが、先程の様子が少し気にかかる。
誰か、気になる人の名前でも上位にあったのだろうか……?




