野良パーティのはぐれ神官 その5
最高到達階層が上がらない。
……といっても、もちろん野良パーティでの話だ。
最初の50階層までがスムーズだっただけに、俺は100階層までもそう難しくないと考えていた。
実際、掲示板の評価でもまだまだ中級者レベルという評価に落ち着いている。
しかし、そうやって周囲が100階層を越えていく中、俺はまだ50~100階層の間で足踏みを続けていた。
「あと一歩が……」
戻された50階層で、ついつい独り言が漏れる。
さっき組んだパーティは、残念ながら92階で全滅した。
心なしか、段々と組むプレイヤーの能力にバラつきが大きくなってきた気がする。
目ぼしい上位勢は、ほとんど上に行ってしまったのだろうか……。
だが、確かトビがこんなことを言っていたな。
「パーティ運で勝てて二流、パーティを勝たせるのが一流! 敗因を他人に求めるのはド三流! ……でござるよ、ハインド殿! 分かる!? 分かるって言って!」
……思い出してみると普通に鬱陶しいな、あいつ。
それでも、その発言内容は素直に正しかったように思える。
このままでは、俺はド三流とやらになってしまうか……他人のせいにしていたのでは、何も進歩がない。
まずは初心に帰り、神官としての自分の役割をきっちり果たすことにしよう。
気持ちを奮い立たせ、再度パーティ結成を申請する。
そうして再び挑んだ、野良パーティ戦――
「……うぅむ」
気持ちがやや空回りし、俺はまた50階層の休憩所に戻ってきた。
一人で発した唸り声が、休憩室に虚しく響く。
先程の全滅間際の立ち回り、もう少し上手くやればパーティを立て直せたはず……大事なところで、回避動作を誤ってしまった。
とはいえ、全滅寸前まで行った時点で色々と厳しいのも確かだ。
ダメージ管理の能力は人によってかなり差があるので、余裕を持った回復を……集中力が切れて、一気にHPを持っていかれるケースもしっかり想定しておかなければ。
要は、安全といえるラインが固定パーティとは違うのだ。
その安全ラインを、あらかじめ高めに見積もっておくことが大事。
そう胸に刻み、再々度パーティ申請ボタンを押し込む。
……何となくだが、ここに来て自分なりに野良パーティでの立ち回りが固まってきた気がする。
このままもう少し続ければ、何か掴めそうな――
「こんにちは!」
「よろしくお願いしま……あ、本体」
「どもです」
「……」
「ちわー――おわぁ!? ハインドだぁ!」
重戦士、軽戦士、弓術士に魔導士……個人的には悪くないバランスだ。
その後、無言だった魔導士の人が出発前に抜けて弓術士がもう一人加入。
最終的に少し偏ったな……弓術士の片方が前衛型だったらよかったのだが、残念ながらどちらも連射型だった。
さすが人気の型だ、単発型や前衛型に比べて人数が多い。
「ハインドがいるし、これでもいいか! 行こうぜ!」
「すんげー物理偏重だけど……まー、大丈夫じゃない?」
出た、ちょっと無茶気味な出発宣言。
このパターンがここのところ非常に多い……が、俺もただただ流され続けてきたわけではない。
「すみません。弓術士のどちらか、半アイテム係みたいになってくれると嬉しいのですが……どうですか? もちろん、余裕のある時は攻撃でいいので」
指示ではなく、あくまで提案やお願いといった口調で話しかける。
野良パーティは当然ながら見知らぬ会ったばかりの他人なので、命令口調などは最悪だ。
この提案を行う理由として、野良パーティではヘイト管理に失敗することが多く、神官一人では回復が間に合わないことがあるからだ。
それ故に、以前も触れた通り神官二人体制が野良ではベターとされている。
「あ、じゃあ俺やるよ。高いポーションはないけど、いい?」
「ありがとうございます。もちろん、店売りポーションで大丈夫です。大ダメージは自分が対応するんで、詠唱直後とかWTが厳しい時、ダメージが嵩んできた時なんかはお願いします」
「おっけ、任された。俺も間に合わない時とか無理な時は叫ぶから、そん時は各自回復なー」
うぇーい、というやや気の抜ける同意の声が残る三人から上がった。
いいな、この人……戦闘力がどうかはまだ分からないが、仕切りが上手いタイプと見た。
「しかし、騎士も魔導士もいないのは珍しいなー」
「魔法はハインドのシャイニングに頼ろう」
軽戦士の人が何かおかしなことを言い出したな……。
ちなみに今回のメンバーは全員男性である。
これはそういう設定にしたわけではなく、単に偶然によるものだ。
「いや、あのですね……シャイニングさんの低火力ぶりを、ご存知ない?」
軽めのノリに合わせ、ついつい返す俺の口調も緩くなる。
その読みは間違っていなかったのか、軽い笑いとともにすぐに次の言葉が飛んでくる。
「知らぬ!」
「存ぜぬ!」
「明るめの懐中電灯くらい? それとも車のライトの遠目くらい?」
「それ、ただの目潰しって答え出てるじゃん! お前も何か言ってやれよ、ハインドー」
「使っている人間の感覚としては、線香花火に近いですかね……」
「「「弱っ!!」」」
面白いな、この人たち……本当に野良なのかってくらいにもう息が合っている。
掲示板の住人たちの会話に、少し雰囲気が似ているように思う。
――といったところで、どうやらパーティのコミュニケーション面は問題なし。
さて……今度はどうなるかな。
「ハインド、ハインド!」
回復魔法を詠唱中の俺に、重戦士が叫ぶ。
彼のHPはかなり少なく、危険な状態なのだが……。
「ハインド、俺もうすぐ死ぬ! 多分、あと五秒も持たない!」
「は、はあ」
蘇生魔法に切り替えてくれ、という要請だろうか?
回復が間に合うように思えるのだが……何か考えがあるのか?
とりあえず、言われた通りに詠唱を中断して魔法を変更する。
しかし申告された五秒を経過しても、重戦士はそのまま粘っている。
あの、TBの魔法はディレイが利かないのだが……。
「あ、ごめん。まだだったわ」
「なんなんですか!?」
慌てて蘇生魔法をキャンセルし、代わりにポーションを全力でぶん投げる。
若干乱暴に背中に当たった瓶が砕け、重戦士のHPが安全圏まで回復。
念のため、すぐに投げられる体勢を取っていてよかった。
HPが半分を超え、余裕ができた重戦士がゆっくりとこちらを振り向く。
「……俺も勇者ちゃんみたいに、戦闘不能になった瞬間に蘇生されてみたかったんだ……倒れるよりも蘇生が早いって、すごくね?」
「……」
夢を壊すようで悪いが、闘技大会で見せたあれは数百回に一回レベルの偶然だ。
ついでに言うなら、俺が戦闘不能即蘇生できるのはユーミル相手のときだけである。
「無駄なリスクを負うの、やめましょうよ……あれは身内限定の技なんで、諦めてください」
「くっ、仕方ねえ! もう一回、瀕死に――」
「何が仕方ないんですか!? ワザとか、畜生! ボケの天丼とか、勘弁ですよ!?」
「ハインド、ハインド!」
今度は軽戦士の人が呼んでいる。
ややげんなりしつつ、それでも俺は失礼がないよう返事を絞り出した。
「……何ですか?」
「俺、多分こっから十秒くらいでやられっから! ジャストの蘇生よろしく!」
「天丼すんなって言ったでしょうが!? 今の会話、聞こえていたでしょう、絶対! 大人しく回復魔法をくらいやがれっ!」
「ああっ!? 折角瀕死になったのに!」
誰だよ、掲示板で俺がツッコミとか書き込んだやつは!
もう間違いない、明らかにこの人たちはあの掲示板の住人だ!
しかも、あのレスを思いっ切り真に受けた行動を繰り返してくるのだが!
さっきまで余裕があったのに、急に二人ともHPがレッドゾーンに入るからおかしいと思えば……。
「あっはっは! 馬鹿だぜ、あいつら!」
「野良でこんなに笑ったの、久しぶりだわー」
「俺は全然笑えないんですけどね……」
どうして一人だけ貧乏くじを引いた形になっているのだろう……。
ボケないものの、傍観者に徹して笑っている弓術士二人が同時に俺の肩を叩く。
「まあまあ。ハインドのヒーラー能力が思った以上にヤバいんで、余裕こいてはしゃいでんだよ。俺もだけど」
「野良パーティでも、固定と変わらずにすげーのね。他のゲームでもヒーラーやってた?」
「いえ、コツを掴んだのはついさっきで――」
「「またまたぁ」」
「……」
おかしいな、これって本当に野良パーティか? いくら何でも、気が合い過ぎじゃないか?
俺だけ間違えて、固定に参入したわけでは……ないよなぁ。
それぞれギルドも違うし、装備品にも共通項はない。
身内にしては戦闘スタイルが噛み合わないところも多いし、きっと純粋に馬が合う面子が揃ってしまっ……揃ったのだろう。
「「「ハインドー」」」
「はいはい!」
その後、このパーティは軽いノリを維持したまま100階層を余裕で突破した。
個人的に腑に落ちない点も多々あったが……ま、まあ。
この人たちと組んだからこそ、リラックスできて実力を発揮できたと言えなくもない。
セレーネさんが気にしてくれた10階層毎のリザルトもこの戦いで大きく向上したことだし、結果オーライだろうか?




