スコア・ポイントの意義
「……」
「どうしたの? ハインド君。難しい顔をして」
セレーネさんの声に、俺はアイテム整理の手を止めて顔を上げた。
あの新回復薬作りに挑戦した翌日。
今は、偶然ログインタイミングが合ったセレーネさんとホーム内の鍛冶場で雑談中だ。
「あ、いえ。このゲームの生産って、思う通りにいかないものだなと……」
俺は昨日のことをかいつまんで話した。
結論からいうと例の強烈な毒薬は、効果が高い回復薬に――とはならなかった。
「他のゲームと比べると……う、うん、確かに。私も、ハインド君の新しい杖が中々……」
「と、すみません。急かしている訳じゃなくてですね?」
セレーネさんは鍛冶の最中だったので、邪魔をしてしまったのは俺のほうだ。
ちょうど行き詰まっていたところだと言ってはくれたが。
「綺麗に効果が反転すれば、リィズちゃんはTB随一の調合士になれた……かもしれないね?」
「毒薬の精製に関しては、既にトップクラスな気がしますしね……誰かと比較したことはありませんが」
他のゲームでそうであるように、状態異常を引き起こすアイテムはTBにおいてあまり重宝されていない。
毒薬が有効なモンスターというのも存在するのだが、スキルで事足りることが多い。
更には状態異常の種類別にアイテムを持たねばならないため、インベントリを圧迫してしまう状態異常薬は人気が低めだ。
ただ、リィズの毒薬はTBで多く流通している毒薬と違って複合効果があり、毒薬の弱点の一部を克服しているのだが……。
「折角なんで、リィズ製の毒薬を布教してきますかね? 敵に投げつけて」
「でも、ハインド君。リィズちゃん自身に、あまり毒薬を売る意思がないよね? ハインド君さえ便利に使ってくれれば、何も望まないと思うんだけど……」
セレーネさんの意見を聞いた俺は、一瞬返す言葉を失った。
いつの間にかセレーネさん、リィズのことをそこまで理解して……確かに、リィズならそうだろうな。
「……じゃ、俺たちだけの間でこっそりと使いますか」
「うん。独占しちゃっていいんじゃないかな」
それに、昨日の製薬が全くの無駄だったわけではない。
少々特殊だが、新しく完成したアイテムはしっかりと俺のポーチの中に一つ入っている。
ただし本当に特殊なので、使う機会が――来て欲しいような、そうでもないような。
何にしても、リィズの気持ちがこもった一品だ。
アイテムなので使わなければ意味がないが、そのときが訪れるまでは大事にさせてもらおう。
「ところでセレーネさん。話は変わるんですが」
「何かな?」
「実は先日、野良で無言パーティなるものに遭遇しまして」
あー、とセレーネさんは懐かしむように笑顔で頷く。
ああいうパーティなら、人見知りのセレーネさん好みかと思ったのだが……どうやら、その考えは正しかったらしい。
「いいよね、無言パーティ。ハインド君的には色々、もどかしい場面があったと思うけど……」
「ありましたけど、気持ちは凄く穏やかでした。……態度とか表情で、不満を表したりしないメンバーだったというのもありますけど」
無言と一口にいっても、種類は様々だ。
むっつり不機嫌そうな人もいれば、フラットな表情で感情を見せない人、無言だけれど穏やかな笑みの人、喋らなくても表情豊かな人……。
俺が会った人たちは、その中では三番目と四番目。
そう言う意味では、あの時は非常に運が良かったといえる。
「それは理想的な無言パーティだったね。私たちみたいなのは、最初の会釈と最後の会釈だけで済ませられれば、それで幸せだから……話しかける勇気もないし、できたとしても変に思われるのが怖いし……」
お店で買い物する時とかもそうだよね……と、セレーネさんの言葉が続く。
セルフレジとかが置いてあれば真っ先に行くんだろうな、この人は。
それにしても――
「何だか勿体ないですね。セレーネさん、こんなに話していて楽しいのに……」
俺がそう呟くと、セレーネさんは目をしばたたかせた。
そして眼鏡を外し、きゅっ、きゅっ、と布で磨いてからかけ直す。
その後で……。
「……!?」
驚いたような顔をしてから、真っ赤になった。
時差が!? 酷く言葉の浸透が遅かったぞ、今!
「は、ハインド君!!」
「はい?」
「そ、そうやって年上をからかうのは、よくないと思います! 照れちゃいます!」
「は、はあ……そう言われても、偽らざる本音なんですけどね……」
「じゃ、じゃあ不意打ち! 不意打ちはよくないと思うんだ! でないと、私の心臓がもたないよ!?」
予告してから相手を褒める人って、いるのだろうか……。
今からお前を褒めるぞ!? いいな! とか……あ、これユーミルだ。
あいつの場合は、自分を褒めることを要求する側だろうけど。
「すみません。以後、程々に気を付けます」
「わ、分かればよろしい! ……ほ、程々!? 程々ってどういうこと!?」
まあ、しかし今更だよな。
セレーネさんはこういう奥ゆかしいところが魅力的なのであって、社交的なセレーネさんなんてもう誰それ状態である。
「こ、こほん! こほん!」
慣れていないのか、咳払いもちょっとへたっぴだ。
だが、これ以上ツッコミを入れるのもどうかと思ったので、ここは自粛。
どうやら仕切り直したいらしい……どうぞと手に平を天井側に向け、話を促す。
「えと……野良で頑張るハインド君に、ここは先輩らしく追加のアドバイスを……」
「おお、ありがとうございます」
追加、というのはトビと一緒にくれたアドバイスに上乗せという意味だな。
最初に比べて多少はマシになってきたが、それでもまだ俺の野良パーティでの立ち回りは拙い。
タメになる助言は、あればあっただけありがたい。
「今回のパーティ戦闘って、貢献ポイントが可視化されているじゃない?」
「されていますね。数値が全てではありませんが、ある程度はプレイヤーの強さが測れるとか」
イベントダンジョンでは10階層進むごとに、リザルトが表示される。
荒れる元ということで賛否両論だが、このリザルトは他人のものも見ることが可能だ。
「うん。野良パーティで変な人に当たるのは避けられないことだけど……そのポイントをなるべく多く稼いでおくことで、難癖をつけられる可能性がかなり減ることになるよ」
「……なるほど」
言い方は悪いが、誰かを地雷認定したがる人は分かりやすい数字に飛びつく傾向がある。
やれ俺よりここが低いんだから駄目だ、言うことを聞け、何でそんな数字しか出せないんだと……というか、セレーネさん。
もしかして、そうやって気を張ることで他のVRゲームでもエイム力だとか、PSを上げてきたのだろうか?
有り得るな、この人の場合……有り得る。目に浮かぶようだ。
「は、ハインド君? 納得してくれたのは嬉しいんだけど、ちょっと頷き過ぎじゃない……?」
「ああ、すみません。でも、なるべく目に見える数字をしっかり出しておく……そうすることで、自分は悪くないんだという自信にも繋がりますね」
「さっきハインド君が言ったように、数字に出ないところで駄目な部分がなかったかっていう視点もとても大事だと思うけどね。数字さえ出ればいいっていうのは、間違いの元だから。でも、そうだね……何て言ったらいいのか……隙を見せないって言うのかな……?」
「分かります。二日前ですかね? 自分のミスを棚に上げて、些細な他人の失敗を異常に責める人っていますよね。俺、実はもう……」
「あ、その……遭遇済み?」
答えは、イエスである。
決して気持ちのいい話題ではないので、詳しく話すことはしないが。
「でも、確かに大事ですよね。数字があることで、取り合わずに毅然とした態度でいられることもあるでしょうし。どちらに非があるのか判断に迷っている中立の人も、そこで決めてしまう可能性がありますから」
「うん。どうしても、数字の魔力ってあるよね。皆にその是非を説いて回るよりも、味方につけちゃったほうが楽だから」
「シエスタちゃん理論ですね?」
「シエスタちゃん理論だね」
ささやかに笑い合い、その話題はそこまでとなった。
それにしても、いいことを教わったな。
常日頃から、なるべく目に見える成果を出しておく……早速、次の野良パーティ参加から意識してみるとしよう。




