報酬確認 その3
「ところで、お前は何かなかったのかよ?」
「ほ?」
俺に潰された頬を解しながら、トビが疑問の声を上げる。
……ちょっと言葉が足りなかったか。言い直そう。
「今回の報酬アクセの話だよ。何か、軽戦士向きでいいやつはなかったのか?」
「ああ、あるでござるよ! これこれ!」
そう言ってトビが示したのは……黄色の宝石が嵌め込まれた、シンプルな指輪。
どうやら、回避を連続で成功させることで攻撃力が微増していく『見切りの指輪』というアクセサリーのようだ。
忍者衣装に指輪はあまり合わないが……。
少し前のアップデートで、装備したアクセサリーは任意に見えなくすることが可能となっている。
装備品を見えなくした際の付け外しについては、ユーミルの『勇者のオーラ』と大体同じだ。
……それにしても、このアクセサリー。
「変わった性能してんな。他のアクセは無条件の能力アップが大多数なのに、こいつは条件付きかよ」
「その分、上昇量は大きいと踏んでいるのでござるが……」
報酬ページには回避する度に微上昇とあるだけで、数値が記載されていない。
他の同格アクセの性能を見るに、トビの言うことも間違ってはいないとは思うが。
「しかもこれ、被弾すると上昇分がリセットされるっぽいな。まさかとは思うが、分身とか空蝉が受けた分は被弾にカウントされないよな?」
「さ、さあ? でも、仮にそうだったとしても、その分だけ上昇量が……」
「……」
えらいしどろもどろだな。
だが、こいつが浪漫を追い求めていることは分かった。
ちなみにこの報酬の取得も野良限定、ランキングは回避ポイントという項目で競われるようだ。
それに伴い、トビが同時に多く取得できそうなものに陽動ポイントというものもあるが……。
これに関しては、騎士の防御型、重戦士の防御型辺りとの競争になるか。
陽動ポイントの目玉報酬は、『憎しみの蒼玉』……これは以前、トビがクラーケンイベントで獲得したものと同じアクセサリーだ。
他とは違い、これは再登場という形になっている。
「……この指輪。軽戦士の回避型もそうだけど、特に攻撃型に合いそうだな?」
「あー。ヒートアップと、このアクセで攻撃力マシマシでござるか? 立ち回りの難易度が爆上がりするけど、確かに嵌まれば強そうな」
「む?」
「あ、ユーミル殿の話はしていないでござるよ? スキルのヒートアップの話でござる」
「そうか!」
先程自分が口にしたヒートアップ、それから攻撃力というワードにユーミルが反応する。
しかし、トビの言葉ですぐに女性陣の輪に戻り……まだ終わらないのか? そっちの話は。
トビが、仕方ないのでこちらはこちらで話していようと苦笑を向けてくる。
「しかし、一概にそうとも言えないでござろう? 検証必須なれど、空蝉・分身割れが被弾にノーカンなら、回避型のほうが使いこなせるはず!」
「それなら、ホーリーウォールがどうなのかも気になるな」
「あれの仕様、SA付与以外は空蝉に大分近いでござるから。きっと同じだと思うのでござるが……」
ということは、空蝉が問題なければ問題なし。
空蝉が駄目ならば、あちらも駄目という可能性が高いか。
「他に、弓術士の前衛型や武闘家が使うっていうのもありだと思うが」
「装備品が身軽な物理職なら全て、択には入ると思うでござるよ。ただまぁ、他より説明が曖昧な分、性能が未知数でござるし。これ以上は皮算用になるので……」
「そうだな。取ってから悩めばいいな」
取れるなら、の話だが……忘れてはいけない。
最近そうでもないとはいえ、こいつは未だ廃ゲーマーに限りなく近い人種なのだ。
本人が取ると言えば、取るのだろう。
ただ、そうなると……俺としては、折角整ってきた秀平の生活が崩壊しないよう目を光らせる必要がある。
上がった学力、取れてきた目の下の隈に、減った遅刻回数……これらを整え直すのは大変だったが、崩壊するのはきっと一瞬のはずだ。
以前、秀平母に褒められた手前というのもある。
「……」
「あ、あれ? どうしたのでござるか、ハインド殿?」
「お前のお母さん……いや、お姉さんでもいいか。お姉さん、しばらく家にいるんだよな?」
「何か嫌な予感がするでござるが……ま、まあ。いるでござるよ?」
「そうか……」
連絡……取ってみるか。俺ができることは、限界があるし。
何番目のお姉さんが帰省中かは、まだ訊いていないが……一応、全員と面識はある。
――と、それはそれとして。
「トビ。お前、渡り鳥でのダンジョン攻略は? その見切りの指輪に集中したいなら、ヒナ鳥に応援頼んだり、四人で塔に行ったりするが」
「ハインド殿が両方やるって言っているのに、それより時間がある拙者が行かない訳がないでござろう? 安心して、任されよ!」
これらの野良限定アクセは、上位複数人まで得ることが可能だ。
だから効率よくプレイできれば、自由時間の全てを注ぎ込む! ……とまで行かなくとも、取得することはできるはず。
トビの答えは、それを踏まえた上でのものなのだろう。
ゲームに関しての計算だけは、異常に早い。だから、信用してもいいはずだ。
「そうか。じゃ、いざというときは勇者のオーラを優先していいんだな? 時間になったら、遠慮なく呼びつけるからな?」
「当然! レアリティで言えば、間違いなくオーラのほうが上でござるし!」
「そうなんだよな……」
今回は二個あるとはいえ、である。
オーラについては明らかに、絞って絞ってここまで来ている。
要求が毎回、攻撃系統のランクトップというのも厳しいところだ。
俺も、ランキングの推移によっては『慈愛の腕輪』を早々に諦めることになるだろう。
「ま、ひとまず序盤のランキングを見ながらだな……」
「そういや、ハインド殿」
「何だ?」
「勇者のオーラの取得を諦めていない人たちって、どれくらいいるのでござろう?」
トビがランキングの動きを予想しようと、そんなことを俺に訊いてくる。
大器晩成型の特殊すぎるアクセ、『勇者のオーラ』の注目率は……正直、それほど高くはないはずだ。
何故なら――
「あー、そこは微妙なところだな。二個重ねたくらいじゃ、今となっては低級アクセ並の性能しかないからな……」
アクセサリーとして、即戦力となる性能を有していないからだ。
特に今回はオーラに拘らずとも、高い性能を有するアクセサリーが大量に報酬にラインナップされている。
自然、他プレイヤーの『勇者のオーラ』の取得優先度は下がることになるだろう。
「一個だと無能力でござったなぁ、そういえば。しかし、攻撃スコアというと……」
トビが思案顔で言葉を切る。
確かに、最初からオーラを狙うプレイヤーが少なければ、俺たちも楽にはなるが。
「ああ。強いパーティのアタッカーなら、自然と稼げるものだからな……しかもこっちは、固定パーティでのスコアも含まれるんだし」
「なるほど。折角高ランクにいるし、ついでに狙うか! ……となるであろうことは、容易に想像できるでござるなー。拙者がその立場だったら、あんまり要らなくても狙っちゃう」
「だろ? だから、最初から狙っているプレイヤーが、多かろうと少なかろうと――」
「最終的な競争率は変わらない、ということでござるか。難儀な話で……」
意識的に稼がなければならないポイントであれば、そうはならなかっただろう。
やはり、いつも通り全力で取りに行かなければ危険だ。
「――んがーっ!!」
「「!?」」
何だか知らないが、急に三人で話していたはずのユーミルが爆発した。
怒りに満ちた足取りでこちらに戻ってくると、俺の腕を取って強引に立たせる。
「お、おい?」
「ハインド、もう一回ダンジョンに行くぞ! 今度はみんなで!」
「……一体、何が――」
俺が視線を部屋の隅に向けると、ユーミルに近い表情のリィズが目に入る。
ただし、幾分かそれは弱いもので……。
「……」
珍しく、バツが悪そうな顔で俺から目を逸らすリィズ。
今度はセレーネさんに視線を向けると、困った顔でおろおろと……。
そこで俺の考えは、確信に変わった。
ああ、なるほど。
ユーミルがリィズに口喧嘩で負けたんだな……きっと。
「……やっぱりいいや。大体察した」
「ならいいだろう!? この怒り、戦闘で晴らしてくれる!」
「人、それを八つ当たりと呼ぶのでござるが……」
「黙れ、トビ助! お前を模擬戦で叩き伏せてやってもいいのだぞ!?」
「ほらぁ! 八つ当たり!」
「お前の場合は、余計なことを言うからだと思うが……」
ちなみにユーミルとトビが戦うと、大抵ユーミルの勝ちになる。
職相性に加えて、トビは読み合いを放棄してゴリゴリに押してくるユーミルの戦い方が苦手らしい。
過去に何度かやった模擬戦では、一方的に――あー、ブーツの踵がすり減りそう。
「は、ハインド君!? 妙に平静だけど、大丈夫なの!? その体勢!?」
「ええ、まあ。誰か、俺の杖を持ってきてくれー」
そして俺は、そのままユーミルに引きずられ……。
残った三人もそれに続き、俺たちは談話室を後にするのだった。




