報酬確認 その2
ここのところのTBには、ある傾向が存在している。
初期に比べギルドやフレンドなど、プレイヤー間の横のつながりが増えてきたからなのだろう。
「野良パーティ限定のスコアに、限定の報酬か……」
今回、職別アクセサリーの多くはここにラインナップされている。
ソロプレイヤーに配慮した結果か、個の能力を重視した設定だ。
繰り返しになるが、固定メンバーでの攻略は共通の上位報酬取得、高階層への進出に有利である。
しかし、その野良限定アクセサリーを得るためには……。
「いつもの五人で行くだけじゃ、駄目か。悩ましいな……」
仮にこれらの報酬を狙いにいくとなると……。
みんなと一緒にプレイする時間を削って、そちらに時間を割かなければならない。
横から同じ画面を覗き込んでいたユーミルが、小さく首を傾げる。
「むぅ……私たちにとっては、微妙な話だな!」
「だが、こういう報酬を用意するってことは、それだけ要望があったってことだろうからな」
「兄貴の影響なのか、TBは傭兵的なソロプレイヤーが他ゲーよりも多いでござるし!」
「あ、そうなのか? ……そうなんですか?」
トビはアルベルトを大層尊敬している。
そのため、やや色眼鏡になってしまうだろうということで……。
ここはフラットな視点を持つであろう、ノーマル眼鏡なセレーネさんにも意見を訊いてみることに。
「あ、うん。もっとも、相当な実力者以外は形だけっていうか……アルベルトさんみたいな人は、かなり少数なはずだよ?」
「えーと……つまり大多数は、自称傭兵ってことですか」
「ご、誤解を恐れずに表現すると……そう、なるのかな?」
自他共に認められるプレイヤーというのは、限られるものらしい。
とはいっても、ソロ寄りのプレイヤーが多いこと自体は確かなようだ。
「……ハインドさん。ハインドさん」
「何だ、リィズ?」
と、静かに画面を注視していたリィズが俺の肩に軽く触れる。
そしてある一点を指差しつつ、告げた。
「この報酬、ハインドさんに必要なものではありませんか?」
たおやかなリィズの指が下ろされる。
その下にあったのは、件の報酬アクセサリー。
名前は『慈愛の腕輪』、効果は――通常魔法の回復量上昇と、蘇生時のHP回復量上昇。
「うわ、これは……」
「PvPもPvEも、環境が壊れるほどの上昇ではなさそうでござるが……神官なら誰でもほしい! という鉄板効果でござるなー」
通所魔法の回復力については、魔力を上げることで代替可能だ。
だが蘇生時のHPが多くなるというのは、このアクセサリーのオンリーワンだろう。
蘇生時のHPは通常、最大HPから算出された割合で固定である。
これは魔力をどれだけ上げようとも、蘇生を行う側で増やしてやることはできない。
「唯一のデメリットは、重戦士の“起死回生”スキルに合わせ難くなるといったところでしょうか。もっとも、私たちの中に重戦士はいませんが」
「蘇生からの起死回生は鉄板だものな。しかし、そうか……」
「む?」
ユーミルが戦闘不能になる頻度を考えると、これは是非ともほしいアクセサリーだ。
戦線維持が楽になり、パーティ崩壊の可能性を大きく減らすことができる有能アクセと言っていいだろう。
ちなみに、その取得条件は……。
「救援ポイント報酬……で、やっぱり野良限定か……」
「い、行くのか、ハインド!? 行ってしまうのか!?」
ユーミルが、リィズが触れたほうとは反対側の俺の肩を強く掴む。
痛い痛い、力が入り過ぎだっての!
「っ、待て待て、慌てるなって!」
優先順位を付けるなら、無論『勇者のオーラ』のほうが上だ。
できるだけのことはすると言った舌の根も乾かない内に、それを翻す訳がないじゃないか。
……だが、そう考えると、そうだな。
「勇者のオーラの取得条件は、両方ともこれまで通りこのメンバーとか、ヒナ鳥を加えたパーティで達成可能な項目だ。となれば、みんなとプレイできないような隙間時間を使って……」
「い、行くのか、ハインド!? 行ってしまうのか!?」
「お、おう? ――って、さっきと全く同じ台詞じゃねーか!? どういうことだよ!?」
ユーミルの不安は、まだ晴れていないようだ。
浮かべた表情の種類はやや変わったが、それがマイナス方面のものであることに変わりはない。
「だってハインド、お前……高校生にしては、馬鹿みたいに忙しいくせに……」
「馬鹿って……」
以前も似たようなやり取りがあった気がするが……。
ユーミルに同意するように、次々とその場のメンバーが頷きつつ発言する。
「これは……倒れるでござるな」
「倒れるね……」
「倒れますね……」
「倒れるな!」
「信用ねえな……」
これだけ体調管理に関してどうこう言われるのは、夏休みの別荘以来だ。
ユーミルを始め、どう止めようかと四人で視線を交わし合っている。
しかし……俺だって、体を壊すような真似をする気はない。
「心配すんな。実は、バイトがしばらく休みになりそうなんだ」
「何っ!? それはどういうことだ!?」
ちゃんと計算を立てた上で、チャレンジしたいという希望を述べている。
そうでなければ、再登場を祈って即座に見送る決断をしていたはずだ。
「喫茶ひなたは、しばらくお休みなんだ。マスター夫妻の、結婚40年目の記念旅行があるんでな」
「おっ……!?」
不意に聞かされためでたい事柄に、ユーミルが驚きと笑みが混ざった表情で声を漏らす。
実はその旅行、古なじみの常連さんの一人が企画・協力を求めたもので……。
俺は、四人に喫茶ひなたが休業になった経緯を簡単に話して聞かせた。
「――という流れで、多くの常連さんたちの了承と協力で、旅行をプレゼント……と、相成った訳だ。放っておくと、マスターは絶対に店を優先しただろうからな。その店にいつも来てくれる常連さんたちが主導ってことで、どうにか折れてくれたよ」
あの時のマスターの、ちょっと複雑だけれど嬉しいといった顔、忘れられないなぁ。
いつも陽気な麻里子さんも、泣き笑いで何度も何度も感謝の言葉を言いつつ喜んでくれた。
その二人が旅行に出発したのは、ちょうど今朝のこと。
「ぬおお!? 何というほっこり話……! 私はそういう話に弱い! 弱いぞーっ!」
「あ、ああ……分かったから、ユーミル。もう少し静かに。な?」
「……ここ最近、ハインドさんが丁寧口調で電話していた相手。もしや……」
「えっ?」
まさか、聞かれていたのか!?
リィズ……理世には聞かれないよう、なるべく自室で話をしていたはずなのだが。
それを聞いたトビが、ニヤニヤと俺をからかいたくて仕方ないという顔になる。
「おやおやぁ、ハインド殿? 自分は関係ない、常連さんのおかげみたいな話し方をしておいて……」
「ふむ、がっつり噛んでいるようだな! さては、リコリスに影響されたのだな? そうだろう?」
「――べ、別にいいだろう!? 発案者が俺じゃないのは、本当のことだし!?」
編み物を頑張る姿に影響され、両親の結婚記念日を祝う姿勢に影響され……。
いつも一生懸命な小春ちゃんに、学ぶことは多い。
が、ユーミルにそれを指摘されるのは、何だか妙に気恥ずかしい。
大体、俺は二人の結婚記念日のことは知らなかったのだ。
中田さん……その常連さんがいなければ、普通にスルーしてしまっていたことだろう。
「隠さなくてもいいのに。ハインド君のそういうところ、だいす……」
「はい?」
「う、ううん! と、とっても素敵だと思うよ!? うん!」
一瞬、優しい顔をした年上のお姉さんらしいセレーネさんの顔にドキッとしたが……。
すぐに、普段の慌てた様子に戻ってしまった。
「ええ、そうですね。本当に。愛していますし、素敵です。気がかりだったことも、これで解消されましたし……」
「おおい、何をサラッと言っているのだ!? 協定違反だぞ、リィズ貴様!? セッちゃんも未遂だったが、今、何か言いかけただろう!?」
「え? えーと……」
「何のことですか? むしろ、私は二人でダンジョンに行ってしまった件について、色々とあなたに言いたいことがありますが」
「ぐっ……! と、とにかく、ちょっとお前たち! こっちに来るのだ!」
三人が肩を寄せ合い、部屋の隅っこで何かを話し始める。
そして、咎める口調に、反論、謝罪と仲裁という三者三様の声が聞こえてきた。
三人とこちらとの間で視線を往復させるトビが再びにやけ始めたので、とりあえず……。
その鬱陶しい顔を、俺は手で握りつぶしておくことにした。
「ちょ!? ごめんってば、ハインド殿! 許して!?」
「うわ、何でお前の顔、片手でこんなに簡単に掴めるんだよ!? 小顔か!? 小顔だからなのか!? ふざけんな!」
「やめふぇ、ハインド殿!? 拙者のイケてるフェイスが、タコみたいになって戻らなくなるから!?」
掴んだのは、あまり痛くないであろう頬の辺りだ。
もちろん、手を離すとトビの顔は、元の端整な形へとあっさり戻るのだった。
……ちっ。




