野良パーティのはぐれ神官
あの後も、ヒナ鳥の三人から沢山のおもてなしを受け……。
特に食べ物関係は、三人がいることでおまけやら何やらが大量についてきた。
ただ、愛衣ちゃんのお父さんにばったり会った時には、心臓が止まるかと。
娘さんの前以外では、顔が怖いんだよな――と、今はそれを思い返している場合じゃなかった。
回復魔法の詠唱が完了する。
ターゲットは……さっき会ったばかりの、重戦士のおっちゃん!
「おっ……サンキュー!」
『ヒーリング・プラス』によって馬鹿高いHPが、ググっと回復する。
均等型の彼は盾役兼アタッカーとして平均以上の動きをしているので、これでしばらくは大丈夫だろう。
問題は、こっちの軽戦士だ。
種別は回避型、ヘイトを引きつつ石でできた通路を走る。
しかし、通路一杯に広がって迫る敵から逃げ切れず……苦し気な表情の後、その姿が掻き消える。
おお、『縮地』か!? あるなら、もっと早く使えば――
「あ、足が埋まっ――びびびびび!?」
「ちょっ!?」
周囲に響いた声の発生源を辿ると、敵の背後で痺れながら倒れていた。
『縮地』に失敗し、ペナルティを受ける軽戦士の青年。
トビが使いこなしているものだから、忘れていた……『縮地』の使用難度は並のスキルの比ではない。
間に合うか!?
敵――どこかで見た光の天使とそっくりな『塔の衛兵』の隙間を通って、同年代の彼の前に駆け込み、
「せいっ!」
杖でその攻撃を受け止める。
まだ低層でよかった……上の階層では、こう簡単に物理攻撃は受け止められまい。
何せ、相手は人型な上に素手だ。
攻撃リーチが短いので、回避や防御はそう難しくない。
「大丈夫かぁ!?」
おっちゃんの安否確認の言葉に、俺は声を張り上げる。
こっちの数は四体だが……レベルは30も下だ、問題ない!
「大丈夫、しばらくは持ちます! 殲滅してから合流、お願いします!」
「おう、分かった!」
耐えるだけなら、俺にだってできる。
今回のイベントダンジョンで、気を付けるべきは蘇生猶予時間の短さ。
となれば、二人以上が同時に戦闘不能にさえならなければ問題ない。
回避と回復に専念し、間違っても色気を出して敵を倒そうなどとは考えないことだ。
「っしゃ、今行くぜ!」
しばらくすると、重戦士のおっちゃんが三体の『スライム』たちを倒して戻ってきてくれた。
軽戦士の青年は、戦闘が終わってから気まずそうな表情で立ち上がった。
「すまん……地雷プレイかまして、すまん……」
「い、いや、まぁ……気にしないでください」
空気を悪くしないためには、こう答えるしかない。
トビが相手なら怒ったり罵ったりもできるだろうが、会ったばかりの他人にそれはご法度だ。
「縮地、むずかちい……でも、取っちゃったからには使いたい……」
「……」
むずかちいって……大丈夫かな、この人。
レベルはカンストしているものの、決闘ランクは低いようなので、プレイヤースキルはそれほどでもないのかもしれない。
うーむ……俺も、そう偉そうに言えた立場ではないが……ここは軽く助言を。
「まだ低層なんで、軽戦士でも回避は程々でいいかもしれないですね」
「あ、そ、そう?」
「はい。ダメージは回復しますんで、しばらくは普通にいきましょう」
「……分かった、やってみるぜ!」
知り合いでもない相手にどうこう言えるのは、この辺りが限度だろう。
身内ならともかく、野良で指示ばかり出す面倒な奴にはなりたくないし、踏み込み過ぎてヘソを曲げられでもしたら致命的だ。
それに――
「がっはっは! いいってことよ! ヘイト引いてくれるだけで、充分、充分!」
現在のパーティの主戦力がこう言っている以上、俺が嫌な顔をできるわけもない。
でかい矛を担いで髭面をくしゃくしゃにする様は、歴戦の戦士の風情を感じさせる。
……無粋なことは分かっているのだが、普段は何をしている人なのだろう?
アルベルトみたいに、意外と肉体を使う系じゃなかったり……。
「ところで、本体!」
「あ、は、はい。なんでしょう?」
「本体」呼びということは……俺のプレイヤーとしての身元、バレていたのか。
ここまで二人ともノーリアクションだったから、そうでもないのかと思っていたのだが。
話し込む前に、念のため周囲を確認しておく。
付近に敵影……ないか。
神殿の雰囲気に似た通路の前にも後ろにも、何かがいる様子はない。
おっちゃんが俺の様子に笑みを深くし、青年が感心したような顔をしたところで話が継続。
「で、本体。何で固定でやれるメンバーがいるのに、こんなところで野良の救援してんだ? 趣味か?」
「あ、それ俺も聞きたい。フレへの土産話にする」
「ええっと……」
急にフレンドリーに来るな、この人たち……。
野良でこれだけ親し気なのは、かなり珍しいんじゃないだろうか?
VRゲームでは互いの姿がリアルに見えるので、昔のオンラインゲームとは事情が異なるそうだが。
俺が野良パーティに参加している理由か……。
「そうですね……簡単に言うなら――」
「長くなって良いぜ! 道中のいい慰みになるし、攻略しながら話してくれよ!」
「そうだそうだー! おっちゃんの言う通り!」
二人の顔に浮かんでいるのは、純粋な興味と好奇心だ。
弱みを握ってやろうだとか、それを広めてやろうという邪心は、俺の目で見る限りは存在しない。
しかし……余計なことを話して仲間に迷惑をかけるわけにもいかない。
会ったばかりの相手を、全面的に信用するのは色々とまずいだろう。
念のため、保険を付け加えておく。
「……じゃあ話せる部分だけ、なるべく詳細に」
丸々ではなくきちんと選別して話すなら、別に構わないだろう。
……そうやってコミュニケーションを取れば、攻略に長く付き合ってくれるかもしれないし。
まずは話す内容を決める前に、一通り昨日からの出来事を思い出してみるか……。
今回のTB・新イベントの告知が来たのは、愛衣ちゃんたちの文化祭が終わった数日後。
公式サイトの更新に一早く気が付いたのは、例によって秀平だった。
「わーーーーーーっち! わぁぁぁぁぁぁっちぃぃぃぃやぁぁぁぁっ! ――オルァ!」
「うるせえ、この馬鹿! 仕事中だ!」
喧しく叫びながら、扉を開けて生徒会室に入ってくる秀平。
俺がここにいると確信して叫んでいたようだったので、誰かに「ここにいる」と聞いて来たのだろう。
現在は昼休み……俺は絶賛、放課後ノー居残りに向けて生徒会の執務中だ。
秀平が扉を開けた拍子に、手元のシャープペンシルの芯が折れて転がる。
「そんなことより、新イベ! TB!」
あーあー、書類に強めに跡がついちゃったよ……。
消しゴム、消しゴムと。
「そんなことって……これが終わっていないと、俺は早く帰れないんだぞ? それこそ、TBだってできなくなるんだが……」
「じゃあ、仕事しながらでいい! 俺がわっちに内容をまとめて話しちゃる! 聞けやぁぁぁぁぁ! うおぁぁぁぁぁ!」
「未祐よりうるせえ!?」
「――いや、未祐っちよりはさすがに」
急に冷静になりやがった、こいつ……。
スマートフォンを取り出し、了解してもいないのに既に話す体勢だ。
っていうか、机の上に乗るな。
「分かった、話せよ……ただ、片手間になるのは承知しておけよな」
「おうよ!」
衰えねえなぁ、こいつのゲームに対する愛は……。
TBはもう、サービス開始から半年以上経過したっていうのに。
まるで始まったばかりのころと、持っている熱量が変わらない。
……だから、一緒に遊んでいて楽しいのだろうけれど。
「わっちはマルチタスクが得意だし、二つくらいの並列処理は平気平気! 現に、複数の女子に好意を寄せられても――」
「部屋の外に転がされたくなかったら、さっさと本題に入れこの野郎! ぶっ飛ばすぞ!」
「さーせん! うぇっへっへ」
「……」
絶対に本人にそれを言う気はないが。
延々と似たような弄り方をしやがって、こいつは……。




