ヒナ鳥たちの文化祭 後編
「満腹! 満足! 亘は、どうだった?」
教室を出るなり、未祐が笑顔と大きな声で訊いてきた。
周囲の人たちが驚いて見た後、やや長めにその視線が残る。特に男性陣。
それらを散らすように、未祐を廊下の端に押しやりつつ答えた。
「そうだな……メニューの種類が少ないのは仕方ないとして、既製品を上手に盛り付けていたのが好感触」
「おお!」
特にサンドイッチのセットは良かった。
まず、サンドイッチをやや小さめにカット。
誰かが持ち込んだであろう、綺麗な柄のお皿にパセリ・ミニトマトと一緒に乗っていた。
パンがしっとりしていて、具材ともよく馴染んでおり……おそらくだが、どこかのパン屋さんから仕入れたものだったのだろう。
ちらりと見えた調理場の中に、パッケージされたサンドイッチが幾つか見えた。
「あれなら、メイド服なしでも盛況だったかもしれないな」
「そうか! 私たちの次の文化祭の参考にするとしよう!」
「ああ……なるほど。生徒会は、出し物関係で相談を受けることもあるものな」
特に予算のやり繰りに関する相談は多いのだとか。
担任や顧問の先生は、基本的にノータッチである。
「中学生の出し物としては、かなり上等だったねぇ……うんうん」
と、これは秀平の感想。
何を思い出しているのか、ニヤついているが……。
「……ちなみに、配点内容は? 秀平」
「百点満点中、メイド服が五百万点! 食事が八十点!」
「クソ査定過ぎる……」
ついつい下品な言葉が出てしまう位に、採点内容が酷い。
軽く頭を振って、今度は理世へと視線を向ける。
「理世はどうだった?」
「兄さんが仰ったように、できる範囲での工夫がされていて好ましかったです」
「そっか。ちゃんとお腹は膨れたか?」
「はい」
理世は小食なので、マメな確認は必須である。
最後に和紗さん――
「眩しいよね、ああいうのって……クラスみんなで協力して文化祭、かぁ……」
遠い目をする和紗さんの姿に、俺たちは笑顔を引っ込めて口を噤む。
これは触れないほうがいいのだろうか? か、和紗さん?
下手なことを言うと、トラウマを刺激してしまいそうな予感が……。
「――ご好評だったようで何よりー。でも、先輩のとこの料理部はもっと、比べ物にならないくらい凄かったんですよね? ラテアート、私もその内やって欲しいですねー」
と、制服に着替えた愛衣ちゃんが合流。
実は、この制服姿のほうが俺たちにとってはよほど新鮮だったりする。
ブレザーか……俺たちの中学校の女子は、確かセーラー服だったな。
変わった空気にほっとしつつ、秀平が生じた疑問を愛衣ちゃんに投げかける。
「あれ? 何で愛衣ちゃん、わっちのとこの料理部の様子を知ってんの?」
「カズちゃん先輩が、先輩たちの文化祭の時の写真を私たちに送ってくれましてー」
今度は別の意味で、和紗さんに視線が集まる。
いつの間に……。
「えと、入口の扉に撮影自由って書いてあったから……」
「まぁ、ラテアートは撮りたがる人が多かったですしね……途中で貼ったんですよ、あの紙」
「あ、そうだったんだ」
撮っていいかという質問があまりにも多かったので、そういう処置にした次第だ。
愛衣ちゃんたちとの比較については……そもそも、二つを比較する意味などないのだが。
それでもあえて一言残すなら、こうか。
「高校の、それも料理部の出し物だからね。中学生のメイド喫茶にメニュー内容が負けていたら、問題だよ」
「それもそうですねー」
そんな話をしたところで、椿ちゃんが教室から顔を出す。
出てくる間際まで、何かを細かく細かく注意しているのが聞こえてきていた。
「お、お待たせしました……」
その姿を見ていると、不思議と共感の念が強く浮かんでくる。
俺が無言で肩を叩くと、椿ちゃんは少し疲れたような笑顔で応えた。
その後は二人の案内に従い、活気のある校内をぐるりと回り……。
ある程度、時間が経過したところで体育館へと向かう。
『――の魔の手から、命からがら逃げたお姫様は……』
「お、やってるやってる」
中で行われているのは文化祭の王道、演劇だ。
窓を暗幕で多い、舞台の上が複数のスポットライトで照らされている。
いい機材使ってんな……そこまで詳しくはないが、音響関係もいいような気が。
校内を見ている時も思ったが、設備が整っていて綺麗な学校だ。
「みなさん、こちらです」
椿ちゃんが先導し、愛衣ちゃんが最後尾から背を押す。
足元は暗く、人も多いので歩みは慎重になる。
「……生徒の席と、来客用の席が分かれていたりは?」
「しません。まずは、七人で固まって座れるところを探しましょう。無理なようでしたら――」
「あ、あの。椿ちゃん……」
和紗さんが椿ちゃんの肩に軽くタッチし、とある方向を指す。
目を凝らすと、前後に分かれることになるが、確かに七人で座れる数の席が空いていた。
「あ……では、あそこにしましょう」
「さすがカズちゃん、眼鏡なのに目がいい!」
「伊達眼鏡だからな……和紗さん、端っこどうぞ。そのほうが落ち着きますよね?」
「う、うん。ありがとう」
そして、俺はその隣へと……腰を下ろそうとしたら、後ろから追突された。
衝撃で一つ先の空いた席へ倒れ込む。だ、誰だ!?
薄暗くてよく見えなかったが、バタバタという音が聞こえ……。
気が付くと、目の前にウェーブのかかったいい香りがする長い髪が。
「………………ちょっと? 愛衣ちゃん?」
幸い、暗いので周囲の注目は集めていない。
むしろ、先程までの物音がなくなったことで迷惑そうな顔でこちらを見ている人はいなくなったくらいだ。
「すみません、間違えました先輩ー」
「言葉の割に、動く兆しが感じられないんだけど……」
「ここは――」
「私たちの出番だな!」
左から理世の、右から未祐の声がして、立ち上がる気配。
バタバタしていたの、お前たち三人かよ……。
ともあれ、膝の上の愛衣ちゃんを二人が左右から捕獲。
「あー、またまたご無体なー……」
そのまま後方の席の椿ちゃん、秀平のところに愛衣ちゃんを置いて戻ってくる。
ようやく落ち着いた……。
こんなに騒がしくなるなら、休憩時間に入るべきだったかな。
ともあれ、やがて小春ちゃんのクラスの劇が始まり……。
「小春は何の役で出ているのだ? 裏方か?」
小声で背後に問いかける未祐に、椿ちゃんが答えようとする。
少し間があるのは、こちらも小声で相手の耳に届くよう、体を前に出しているためだ。
「小春は、その……」
言いづらそうにしているな。
どうかしたのだろうか?
……と思っていると、横から愛衣ちゃんが間延びした声で続ける。
「木ですよ、木。小春は木の役です、未祐先輩ー」
「は!? 木ぃ!? そんな、幼稚園のお遊戯会みたいな……」
その答えに、未祐だけでなく俺も驚いた。
木の役というと、舞台の後ろのほうで佇んでいるだけという、あの……?
「まー、木とはいってもちょっと特殊なんで。そこは乞う、ご期待というかー」
「そ、そうなのか……?」
やがて幕が上がって現れた小春ちゃんは――。
本当に木の着ぐるみのようなものに、顔だけが出ている格好をしていた。
おおう、マジで木の役なのか……小春ちゃん……。
ただし、その「木」は俺たちが思うような「可哀想な端役」とは大きく違っていた。
『ひっひっひ、こっちにおいで……子どもたち』
子どもを誑かして攫おうとする魔女が、森の奥で手招きする。
そんな時、突如として一本の木の幹から二つの手が生えた。
更には根から右足、左足と勢いよく飛び出し、閉じていた真ん丸で大きな目がカッと見開かれる。
そ、その動きはちょっと怖いよ? 小春ちゃん……。
『どりゃあああーっ!!』
そしてそのまま同じく着ぐるみの、大きな鷲鼻をしたいかにもな「悪い魔女」にドロップキックをかまし、主人公の少年と少女を助ける小春ちゃん――もとい、木の精。
この劇、一つではなく複数の童話を演目としてやる形のようだ。
だからなのか、非常にハイペースかつざっくりとお話が進んでいく。
しかもそのコンセプトが、しおりによると「バッドな結末・展開を回避して、ニコニコハッピーエンド!」とのことで――
『こっちに行けば、無事におうちに帰れますよ! 私が守ってさしあげましょう!』
『ひぃ!? 木が喋った! っていうか、走った! 跳んだ! 蹴ったぁ!?』
『こ、怖いよ、お兄ちゃん!』
その後も悪役への体当たりに始まり、ぶっちゃけ過ぎた助言などなど……。
かなりの力技で、次々と着ぐるみイン小春ちゃんが物語を崩壊させていく。
その度に、会場内はささやかな笑いに包まれた。
何だ、この劇……。
『どっせい! 森と人にあだなす、邪悪な魔女めぇ! 観念しなさーい!』
『負けるかぁーっ! 子どもたちはアタシのもんだよ!』
そして始まる、木の精霊と悪い魔女との再戦。
主人公たちは未だ舞台上にいるものの、すっかり蚊帳の外である。
そのカオスな取っ組み合いに、俺はしばし開いた口が塞がらなかったのだが……。
「……分かった。これ、劇っつーかプロレスだ……」
「む? では、魔女役と小春が着ぐるみなのは……」
「怪我をしないための配慮、じゃないか? あれなら、ぶつかってもモフッとするだけで、怪我に繋がりにくいからな……学校側や保護者の許可も得やすそうだ」
「なるほど! 面白いことを考えるな!」
未祐的には大変お気に召したようで、周囲の客に混じって木の精に向かって声援を送り始める。
どうもこの劇に関しては、観客が騒がしくしてもOKなようだ。
『あーっ!? 私の大事な枝が!? 何するんですかっ!』
『や、やめ、鼻! 鼻がもげる!』
そのまま木の精が魔女に勝利し、物語は終結。
この童話、バージョンによってはとても残酷だったり人死にが出たりもするのだが。
結局、誰も死ななかったし、不幸にならなかったな……。
悪役の魔女ですら、木の精とのバトルを経て更生。
鷲鼻をもがれ、普通のおばあちゃんに成り果てる始末だ。
「ふぃー! TBで見た、樹木精霊さんの動きが参考になりました!」
「そ、そう……よ、よかったね?」
「お疲れさまだ、小春! ナイス、木! 実質、主役だったな!」
「ありがとうございます、未祐先輩! 頑張りました! みなさんも、わざわざ観に来てくださってありがとうございましたっ!」
劇が終わって合流した小春ちゃんは、こんな感じでとても満足そうだった。
愛衣ちゃんのところもそうだったが、どうも小春ちゃんのクラスも変な子が集まっているようだ。
ちなみに、海が舞台のものでは昆布が。
お城や町などが舞台のものではお花がと、クラッシャー役が全て謎の植物縛りだったことも付け加えておく。
……案外、シンプルで着ぐるみを作りやすかった――などの、気の抜ける理由があったのかもしれないが。




