ヒナ鳥たちの文化祭 前編
「いらっしゃいませー、ごしゅじんさまー、おじょうさまー」
間延びした、眠そうな声が俺たちを出迎える。
……ご主人様? お嬢様?
愛衣ちゃんたちの中学校に到着した俺たちは、彼女と椿ちゃんが所属するクラスを訪れていた。
「おー、先輩方。さーさー、どーぞどーぞ。遠路はるばる、よくぞ来てくれましたー」
「あ、うん……って、何で俺だけ引っ張るのさ!? 入る、入るってば!」
「邪魔するぞ!」
愛衣ちゃんに促され、ぞろぞろと五人で教室の中へ。
すると父兄でも同年代でもない俺たちの姿に、やや注目が集まって……。
覚悟はしていたが、中々に居心地が悪いな。
和紗さんは平気か? 座れば多少は視線が散るだろうし、さっさと席についてしまおう。
「……」
落ち着いてから周囲を見回すと、先程の愛衣ちゃんの言葉の意味が分かってくる。
席は、机を固めたものにテーブルクロスをかけたもの。
少しちゃちい感じもするが、学校の文化祭というとこんなものだ。
俺たちの学校でも似たようなものだったし……相手は中学生なので、むしろこの手作り感が微笑ましいとすら思える。
メニューも手書き、そして――
「メイド喫茶か……中学校の出し物としては、中々に攻めたチョイスだな……」
給仕や接客をして回っているのは、可愛らしいメイド服を身にまとった女生徒たち。
男子生徒は裏方で、教室の一部をカーテンで覆って調理担当……そこまで広くないのに、よくやるな。
メイド喫茶というものは大概、勇気ある男子と度量の広い女子、双方が揃わなければ成立し得ない出し物だ。
大抵は男子の下心を見透かされ、「気持ち悪い」と女子に却下されがちである。
俺たちの中学時代、メイド喫茶を提案して即座に却下された長井君、元気にしているかな……?
「いいな、このみんなで作った感が! やはり祭りはいい!」
「うは、これはいい目の保養……でもさ、わっち。俺、長井君のことを思い出したんだけど……」
「お前もかよ……」
「む? 長井? 誰だ?」
あの時は未祐も同じクラスだったし、男子からは勇者・長井と……まぁ、いいか。
そんなことで同じ称号を得ていたと知ったら、未祐は怒りそうだし。
とにかく、予算も熱意も低かった俺たちの中学時代の文化祭と比べると……。
愛衣ちゃんたちのメイド喫茶は、かなりの熱意と頑張りが感じられる。
他のお客さんたちも楽しそうにしているし、女の子たちも愛想がいい。
「……ふむ。細部が違うとはいえ、愛衣のメイド姿は二度目だな!」
「そうだな。愛衣ちゃんのあれに似た格好は、前に見ているし」
未祐の言うように、TB内で愛衣ちゃん……シエスタちゃんのメイド姿は既に見ている。
シリウスから教わった製法で作った服一式は、ヒナ鳥の三人にも供給済みだ。
「「「――!?」」」
そんな話を未祐としていると、愛衣ちゃんの同級生らしき男子・女子ともに驚いたような顔でこちらを見る。
そしてひそひそと――これだけで、愛衣ちゃんがクラスの中でどんなポジションにいるのかが分かる。
女子もか……なるほど……。
「まー、私のゲーム内での服は、先輩色に染め上げられていると言っても過言じゃありませんしー」
「人聞き悪いな!? 過言だよ!」
そりゃ、君の服飾関係の作製者は俺だけれども!
クラスメイトからの視線が厳しくなり、特に男子は完全に敵に回ったのが分かる。
愛衣ちゃんのメイド服は、他よりフリルが多めで彼女のふわふわとした雰囲気を更に引き立てている。
腰についている「ひるま」とひらがなで書かれたネームプレートが、また気の抜けた感じで彼女にマッチ。
もしかして、そのフリルは一人だけ特別製か? 自分でアレンジなんて、絶対にしないだろうし。
……というか、どうして君は接客もせずに一緒に座っているのかな?
「――あ、あの!」
愛衣ちゃんに抗議していると、別方向から声がかかる。
……誰だ? てっきり、同じクラスだという椿ちゃんかと思ったのだが。
黒髪で、勝ち気そうな瞳の可愛い子だが……。
ネームプレートには、ひらがなで「たなか」と書かれている。
……たなか? 田中? 俺たちを知っていて、田中というと――
「ああ、君はもしかして……」
「おおっ!? 髪色とか髪型とかが違うから、一瞬分からなかったぞ! アラッ……!?」
今の未祐のおかしな叫びは、噛んだわけではない。
理世が絶妙なタイミングで、未祐の腹に横から肘打ちを入れたためだ。
いいところに入ったのか、ちょっと涙目で未祐が理世を指差しつつ、俺に酷くないかと訴えかけてくるが……。
それに対しては、黙って首を左右に振った。
駄目だって、大声でプレイヤーネームを呼んじゃ。
「その節は、どうも……そ、その。ご注文は?」
「愛衣ちゃんと同じクラスだったんだね。えーと……サンドイッチセットと――」
「ポテト、山盛りで! それと――」
お腹が空いていることを思い出したのか、未祐が次々と注文を追加していく。
食べきれるかな、これ……?
最後に各自、好きな飲み物を注文すると、アラウダ……じゃない、田中ちゃんが注文用紙を畳んで頭を下げる。
「はい、では少々お待ちください」
「早くねー、たなかー」
「……。あんたは働きなさいよ! 何、客みたいな顔して寛いでんのよ!? ほら、立つ!」
「あー、ご無体なー」
事前にした話では、自由時間に校内を案内してくれるとのことだが……。
うん、確かに約束の時間にはまだだな。働こう、愛衣ちゃん。
ずるずると引き摺られていく愛衣ちゃんは、去り際に一言。
「そうそうー。ドリンクは私からのサービスですんでー、どうぞごゆっくりー」
「ありがとう、愛衣ちゃん」
「おお、気が利くな! ありがとう!」
そしてしばらくすると、別の子が料理を……って、荒々しいな!? 置き方が!
愛衣ちゃん、きちんと説明――あ、もう一人、見覚えのある子が制服姿で歩み寄ってきた。
息がやや弾んでいることから、どうも外から走ってきたようだ。
「す、すみません先輩方! 愛衣がご迷惑をおかけしませんでしたか……?」
「あー、その……愛衣ちゃん本人っていうか、その……」
俺が言い淀むと、椿ちゃんは素早く視線を巡らせる。
それを受けて、先程、料理を運んできた子を含む何人かのクラスメイトが気まずそうに視線を逸らす。
……うん、こっちはこっちで。
クラス内で椿ちゃんがどんな立場か、分かりやす――
「い、いいんちょ、休憩中じゃ……?」
「愛衣からメールもらってね。私たちの大事なお客さんたちが来たっていうから、急いで戻ってきたのよ……」
「そ、そか……あはは……」
あー、察するに学級委員長なのか、椿ちゃん。
あっという間に場を引き締めると、奥に引っ込んでメイド服に着替えて戻ってきた。
その手には、残りの注文品が乗ったお盆を持っているようだ。
「お待たせしました! ……愛衣はあんな性格ですが、不思議とみんなに慕われていて……」
「え、えと、椿ちゃんも同じくらい影響力があると思うよ……?」
「え、そ、そうですか?」
「うん。鶴の一声っていうか、びっくりしたよ」
と、和紗さんが控えめな声量でそう返す。
そうだな、一発で浮ついた空気がなくなったものな。
ただ、ちょっと締まり過ぎで楽しい文化祭には似つかわしくない。
クラスの子たちは、やや委縮してしまっている。
「……俺も和紗さんに同意だよ、椿ちゃん」
「あ、そ、そんな」
「それに、メイド服も愛衣ちゃんに負けないくらい似合っていて、可愛いし」
「――っ!」
こういうときは理世に話を振るに限る。
顔を理世のほうに向けると、理世はじっと視線を絡ませ頬を赤く――って、違う違う。
「冗談です」と小さく笑むと、理世は俺の意図を汲み取り、即座に首肯しつつ加勢。
「そうですね。椿さんに完璧に合わせるなら、大正風メイドが正解なのでしょうが……上背がそれなりにありますから、洋風スタイルでも似合いますね」
「ど、どうしたのですか? そ、そんなに褒められると恥ずかしいです……」
不自然なヨイショに疑問を抱きつつも、椿ちゃんは頬に手を当てて笑う。
その様子に、愛衣ちゃんがいた時と同程度のどよめきがクラスメイト間で起きる。
「い、いいんちょが照れ笑いしてる……!」
「あの委員長が……」
「堅物のいいんちょが……」
俺たちの前では、割と素直に感情を見せる椿ちゃんなのだが……。
同級生の前だと、やはり少し意識が違うのだろう。
彼ら、彼女らの前ではレアらしい表情に、教室内の空気がまた違ったものに。
「何か、あの人たちすげえ……!」
「特にあの地味メンの先輩さんが……」
「ああ。いいんちょ、あの人の言葉に一番照れていたよな?」
「愛衣ちゃんが休み時間によく電話している“先輩”って、もしかしてあの人……?」
誰が地味メンだ!? 失礼な!
それはそうと、このクラスちょっと変だな……今のやり取りで、急に俺たちを見る目が疎んじるものから尊敬へと変わった。
愛衣ちゃんと椿ちゃんがクラスの中心人物なのは分かったが、ちょっと極端ではないだろうか?
……そういや、それとは別の派閥を持っていたはずの田中ちゃんが愛衣ちゃんと普通に接していたし……そこらの影響もあるのだろうか?
「亘? 食べないのか?」
「あ、ああ。食べる食べる」
考えを巡らせていると、ポテトを摘んだ未祐に不思議そうな顔をされた。
……まぁ、得るものもあれば失うものもあるということで。
俺が彼女らのクラス内の勢力変化を気にしていたところで、仕方のない話だ。
ただ、願わくは、その変化が田中ちゃん――ひいては愛衣ちゃんや椿ちゃん、小春ちゃんにとって好ましいものだといいのだが。
……うお!? このポテト……塩が固まっていて、ちょっとしょっぱい!




