収穫祭・イベント掲示板 後編
「亘!」
「何だ、未祐?」
あれから約一時間後、出発した俺たちは電車に揺られている。
ボックス席のある車両で、しっかり学割を使った上で往復券を購入済みだ。
特急ではないので、到着までには少し時間がかかる。
俺は呼びかける声に、化粧も服装もばっちり決まった対面の未祐を見返した。
元から高い美人度が、更にしっかりと底上げされているな……。
普段から嫌っている割に、こういうところは手を抜かないのが実に理世らしい。
「小腹が空いた! あと、お前と秀平がさっき話していた掲示板の内容が気になる! それから――」
「一個にしろ」
紙コップにお茶を注ぎ、窓の傍にある小さなテーブルにそれを乗せる。
文化祭で愛衣ちゃんたちが、何か食べさせてくれるんじゃないか? との一言も加えつつ。
ついでに、ボックス席とはいえ、電車内での飲食はあまり良い目で見られないという注意も添えておく。
飲み物や、精々が飴くらいまでだろうか? というところが、明確なルールはないものの俺個人の意見。
すると、未祐は紙コップのお茶に口をつけてから一つ頷く。
「……掲示板!」
「よーし、じゃあ俺がいい感じの部分をチョイスしてあげるよ! 未祐っち!」
「いらん!」
「何故に!?」
すげなく提案を却下された秀平が、俺の横でショックを受ける。
ちなみに、通路を挟んだ反対側のボックス席には理世と和紗さんが座っている……という配置。
車内は空いているので、四人用の席に三人と二人ずつという、やや贅沢な使い方をしている。
席順については、適当にくじびきで決めた結果だ。
「……秀平さんが抜粋すると、碌なことにならないのは目に見えていますしね」
と、理世が秀平に追撃の一言。
以前のレスの抜粋は、的確ながらも秀平らしさに溢れたものだったしな……それを踏まえてのものだろう。
未祐が珍しく同意するように、理世の言葉に何度か頷く。
「ということだ、亘! さっきお前たちが見ていた部分はどの辺だ? その中でも、私たちに関係している話題があると嬉しい!」
「ああ、それならちょうど……って、秀平。俺に向かって変顔すんな。お茶飲め」
「サンキュー、わっち! 酷いと思わない!? 折角の人の厚意を!」
「その中に悪意が一ミリたりとも含有されていないと言い切れるなら、今の言葉をもう一度繰り返すといい」
「………………。あれ、このお茶やたらと美味い!? わっち、また腕を上げた!?」
俺は未祐にスレタイトル、スレ番号と大体のレス番号を教え……。
ちょっと邪魔な感じに伸ばされた秀平の脚を避けて、理世と和紗さんにもお茶を差し入れる。
「二人もどうぞ。外は寒いんで、今の内に体の中から温めておきましょう」
「あ、ありがとう、亘君」
まずは和紗さん――って、これ携帯将棋か?
渋いな……だからこの二人、やけに静かだったのか。
マグネット式で駒が小さく、少々扱い難そうではある。
スマートフォンのアプリのほうが、対戦するなら楽――いや、野暮なことは言うまい。
俺もこちらのほうが好きだし。
盤上を見るに、互角のいい勝負のようだ。飛車角落ちなどのハンデもなし。
「ありがとうございます、兄さん」
対局の最中だというのに、理世は体をこちらに向けて両手で紙コップを受け取った。
和紗さんも大概丁寧だが、理世はやり過ぎなほど――まあいいか、雑に対応されるよりは気分がいい。
……それにしても、知的な時間の使い方をしているな。
「わたるー! 秀平がうざいから早く戻ってこーい!」
「わっちー。未祐っちがキレる前に早く戻ってきてー」
「あー、はいはい」
呼ばれ、二人のもとに戻る。
そして、座った途端に始まる気の抜けた会話……落差が凄いな!
「亘、亘。さっき亘が言っていた箇所を見たのだが、私たちに関係があるとは思えない内容なのだが? ギルド勧誘に関するお悩み相談だったぞ?」
「あれ、ズレていたか? ちょっと貸してみろ」
女子にしては飾り気の少ない、未祐のスマホの画面をスクロールする。
えーと……ああ、もうちょっと下だ。この辺、この辺。
703:名無しの軽戦士 ID:j6wJtaT
俺、最終日は丸一日張り付いていたんだけどさ……
どう考えても、
追い上げ勢の中に取得ペースがおかしかったのが幾つかいるんだよね
704:名無しの武闘家 ID:cReztkJ
そう? 具体的には?
705:名無しの重戦士 ID:Xs7YHgY
・フィールドごとのブレ
・乱入NPC撃退の成否
・撃退した乱入NPCのランク
この辺をちゃんと踏まえた上で言っている?
706:名無しの軽戦士 ID:j6wJtaT
言っているつもりだけど、
うーん……書き込み方が悪かったか
チートとかを疑っているんじゃなくて、
どれくらい条件が揃えばそうなるのかって話をしたかった
707:名無しの魔導士 ID:TzA9Fjn
まあ、このゲーム、チーター摘発は早いしな
ラグでワープしているやつは未だにいるけど、
低速回線が有利だったことは一度もないし
708:名無しの騎士 ID:MnKxdzm
ちゃんと残像……残像? をぶっ叩いてもダメージ通るしね
って、要は追い上げ勢の中でも凄かった人らの話だよね?
709:名無しの軽戦士 ID:j6wJtaT
うん、だからそっちの話がしたいんじゃないのよ
ごめんね
金林檎1位は伝説の生産職さんの逃げ切りっていうアレだけど、
自分より上の追い上げしていた人なら、今後の参考になるかと思って
ちなみに自分はランク二桁ギリギリでフィニッシュ、
終了前日までは三桁前半で、最終日に粘ってかなり伸ばした感じ
(つまり、その俺の伸びよりも断然上の人が何人か)
710:名無しの神官 ID:n4CLUKC
結局は金林檎の取得数なわけだから、
どれだけ質の高いフィーバータイムを
何回起こせたか、にしかならないと思うけど
711:名無しの重戦士 ID:Xs7YHgY
各国の首都から行きやすいフィールドが、
高ランクが来やすくて当たりだったって聞いたけど
712:名無しの神官 ID:LhVkELV
あったな、そんな話
夜の段階で、かなりのプレイヤーが集まっていたんじゃないかな?
713:名無しの騎士 ID:MnKxdzm
もっとも、乱入NPCの撃退率はお察しだったけどな……
運よく強いプレイヤーと一緒のフィールドに入れるのを
お祈りするゲームだった(体験談)
714:名無しの弓術士 ID:YmCZC7A
烏合の衆じゃそんなもんか……
715:名無しの騎士 ID:MnKxdzm
烏合の衆言うな! 事実だけど!
716:名無しの弓術士 ID:YmCZC7A
ごめんごめん
結局、ある程度強いプレイヤーと、
いい感じのフィールドが揃えば高効率になるんじゃないかな?
717:名無しの魔導士 ID:x2tHQp6
料理やアイテムをあげて撃退もあったから、
一概に強さだけが大事でもなかったような気はするけどね
(1位を見つつ)
718:名無しの騎士 ID:RVgsgj5
だよなぁ……
こういうときは、大正義ソールを基準にすると色々と見えてくると思う
あ、ルーナとかラプソディでもいいけど
719:名無しの魔導士 ID:8xVwQkh
ラプソディもすっかり強豪ギルドだよなぁ……
でも、確かにそこら辺に所属しているプレイヤーは、
元からランクインしていた上に大幅に取得数を伸ばしているね
720:名無しの弓術士 ID:d9d3rAH
ランクトップの国家首脳系を複数回撃退できていれば、
>>703 の言う異常な伸びの説明はつくんじゃない?
721:名無しの軽戦士 ID:j6wJtaT
やっぱそうかなぁ
強運と実力の両方があれば、あれくらい余裕なんかな?
722:名無しの武闘家 ID:Ut9k7rX
なんか、もっとこう……
正攻法じゃないのはなかったのかな?
それだと、普通に強い人たちが要所を抑えただけって話なんだが
723:名無しの神官 ID:WesszB2
高レベルフィールドは?
駄目元で特攻した人、このスレにも何人かいたでしょ?
724:名無しの神官 ID:TTkknDz
大多数は普通に失敗したと思うけど?
725:名無しの魔導士 ID:TzA9Fjn
行ってみたけど、ありゃいかんわ
目的のフィールドに辿り着く以前に、
道中のモンスターが強過ぎる
726:名無しの武闘家 ID:7T8dSau
全滅! 全滅です!(途中の一般モンス相手に)
727:名無しの神官 ID:WesszB2
あ、駄目だったのね
何のために活性フィールドに指定されていたんだろう……
728:名無しの弓術士 ID:2rsyLZL
成功者が少数いるとしても、何か出たって話は聞かないが……
729:名無しの魔導士 ID:tsKux5p
不自然なくらいに、何も出てこないよな
730:名無しの軽戦士 ID:j6wJtaT
到達したのがソロ系のプレイヤーとかなら、
情報を出したがらないと思うけど?
731:名無しの騎士 ID:myrtbZf
どんなに強かろうと、
ソロで高レベフィールドまで行けるのかなぁ?
まぁ、目立つ大規模ギルドは
どこも行かなかった可能性はあるね
732:名無しの重戦士 ID:22DWDhZ
そりゃ、大きいとこほど確実な成果を取りたがるだろうし……
失敗したときのギルメンの不満とかも考えるとね
733:名無しの重戦士 ID:YArE35S
結果から見ても、組織力で押せば成果が挙がったんだし、
無駄なリスクだもんな
やらんよ、おっきなとこは
734:名無しの弓術士 ID:MdRg3bT
そう言われると、
高レベルフィールドがどうなっていたのか気になってきた……
行けばよかったかなぁ?
まぁ、どうせ突破不能なんですけどね(レベル未カンスト)
735:名無しの武闘家 ID:cReztkJ
カンストしていても、レベルが足りん気がするのだが……
736:名無しの軽戦士 ID:5f8Ti2Y
誰か、到達に成功した人がスレに現れないかなぁ
……ちらっ、ちらっ
737:名無しの騎士 ID:hnHJXUi
おう、低レベルフィールドで
ひたすら一般兵士を撃退していた俺を呼んだか?
738:名無しの魔導士 ID:tsKux5p
呼んでねえ!
っていうか、どっか他でも見たぞ! この流れ!
739:名無しの重戦士 ID:22DWDhZ
一般兵士って、銅の林檎しか増えないやつじゃんか……
740:名無しの神官 ID:WesszB2
お客様、お出口はあちらになります
741:名無しの騎士 ID:hnHJXUi
あ、あれ?
「……」
未祐が鼻をちょっと膨らませて、笑みをこらえるような顔をしている。
このドヤ顔……。
「……満足したか?」
「した! 私たちだけが知っているという、この優越感! 悪くない!」
「素直で結構だが、俺たちだけってことはないと思うぞ」
秀平が俺の言葉に、うんうんと頷く。
少なくとも情報屋のベールさんは知っているし、他のプレイヤーで魔王ちゃんたちに会ったという者もいるだろう。
この掲示板の様子を見る限り、口が堅かったり利に聡い人ばかりのようだが。
ちなみにランキングだが、俺たちの中で金林檎を集中させていたシエスタちゃんは……。
圏外から大きくジャンプアップしたものの、それでもランキング下位なので注目されていないようだ。
「情報を封鎖しているのって、ベ……もとい、俺たちがお世話になった情報屋さんなのかな? わっち」
「かもな。ま、それをどう使うのかまでは分からないけど」
時間が経てば誰かから漏れる可能性はあるので、時間との勝負――いや、釈迦に説法か。
ベールさんならそんなこと、分かっているだろうしな。
俺たちは俺たちで、一から十まで彼女に全て話したわけではない。
もらった情報の対価に相応しい分だけなので、話していない「あの情報」についてはこちらの手札として大事に使わせてもらおう。
以前にも触れたが、俺たちは彼女の顧客であって情報を得るための駒ではない。
その線引きは重要だ。
「そういえば、亘。お前たちが会っているという情報屋とは、一体どんな奴なのだ? まだ私は、商業都市でしか会ったことがないぞ! 素顔も知らん!」
あ、折角秀平が珍しく配慮してくれたというのに、未祐がベールさんのことを気にし始めてしまった。
未祐は彼女が占い師に扮していた時に、一瞬会ったことがあるだけだ。
どうだろう……? タイミングとベールさんの出方次第で、面倒は避けられそうだが。
何となく、未祐・理世と彼女の相性は悪い気がするのが怖いところだ。
しかしまあ、ベールさんの情報屋という立場を考えると……最悪、未祐や理世が敵対状態にあっても構わないか?
「あー……うん、折を見て会えるようにするよ。彼女は別に仲間ってわけじゃないし、会うなら、それを踏まえた上でにしてくれよな?」
「む? ……ふむ。亘がそう言うのなら、そうしよう」
「「……」」
「……理世にも、和紗さんにも。情報屋なんてものは敵に回ることも有り得るから、早めに会ってもらって二人の知恵も借りたい」
すっかり対局の手を止め、聞き耳を立てている二人にもそう言っておく。
二人はしばし、俺の顔をジッと見……な、何だ? 落ち着かない気分になるのだが……。
しばらくして俺から視線を外すと、互いの顔を見て肩の力を抜いた。
「け、警戒する必要ないんじゃないかな? 理世ちゃん……」
「……そうですね。心を許せる相手ではない、というのは本当でしょうし」
「うむ。クラリス未満といった感じだな! あそこが危ないラインだと私は思うぞ!」
「あの人はNPCですが……そうですね。非常に遺憾ながら、料理部の部長さんといい、兄さんは年上に弱い気がします。そんなもの、私が捻じ曲げるまでですが……ね? カズちゃん」
「え? そ、そこで私に振られると……えっと……」
「む? カズちゃんは守られ系だから、年上としてはノーカンではないか?」
「そ、それはフォローなのかな? 未祐さん……」
未祐まで加わり、何やら“大丈夫そう”だとか何とか言っているが……。
秀平、何を笑っていやがる。そんなに可笑しいか? なあ?
――と、そこで電車が速度を落とし始め、車内アナウンスが流れる。
どうやら、目的の駅に到着したようだ。




