極彩色の大森林 その3
ユーミルの言葉通り、なるほど……。
木々が減り、視界が一気に開けてきたのが分かる。
地面には、芝生に似た背の低い草が群生しているのが見えた。
自然物に見えるような不規則さを残しつつも、現実の公園に似た景色だ。
ユーミルが気分に任せ、跳びはねるように広場に入ろうとする。
「着いたぁーっ! わはーっ!」
「待て」
「うおっひょいっ!?」
散歩に来たわんこのような動きのユーミルに、リィズが無情にも足払いをかけた。
当然、盛大にすっ転び……FF判定により、ユーミルのHPに1のダメージが入る。
ゲームだからできる、怪我を考慮しなくていい大胆な止め方である。
「うわ……いたそー……」
「ほら、ローゼさんが引いてしまっていますよ? 反省しなさい」
「貴様!? 誰のせいだ、誰の!」
「それよりも、ユーミルさん。目の前、広場のふち。よく見てください」
「むっ……」
広場の外周、ラインを引くように少し幅のある毒草が茂っている。
色が広場の草に似ており、近くならいざ知らず、遠目には見分けがつき難い。
どうやら一瞬でHPを減らす猛毒タイプと……効果の長い麻痺の混合のようだ。
もし単独で来て引っかかると、動けず治療できずに詰むタイプの厳しい罠。
「ぬおっ!? こんなところに!」
「広場に意識を向けさせたところで、グサリでござるか……何ともえげつない」
「ええ。ユーミルさんのような単純な人は、引っかかって町へ帰されるというわけですね」
「悪かったな! 止めてくれてありがとう!!」
「そんなに険しい顔で礼を言うやつ、俺は初めて見たぞ」
とはいえ、リィズのおかげで最後の毒草の回避にも成功。
慎重な足取りで、俺たちは広場の中へと足を踏み入れた。
「おお……」
爽やかな風が、森の中の草原を吹き抜ける。
何かの綿毛のようなものが、フワフワと風に乗って流れていく。
あれだけ沢山あった毒草なども一切なく、今度は見かけ通り穏やかな場所のようだ。
空から差し込む日光は柔らかく、これぞ本当の――
「楽園……いや、天使の憩い場か」
「先輩、なに恥ずかしいことを急に言っているんです? ポエム?」
「場所! この広場の、場所の名前! っていうか、シエスタちゃんは一緒に聞いていたでしょ!?」
酷い濡れ衣を着せられた。
『天使の憩い場』という名は、事前にベールさんから情報として聞いていたものだ。
別に俺が今、即興で思い付いて口走ったとか、そういうことは断じてない。
「まぁまぁ、いいじゃないかハインド。僕は悪くないと思ったよ、天使の憩い場」
「てめえ、リヒト!」
俺の肩を慰めるように叩いて、頷きながら言うリヒトを怒鳴りつける。
すると、何か悪いことをした? といった様子のキョトンとした顔に……。
「くっ……右下! 右下を見ろ! ミニマップにも書いてあるだろうが! 極彩色の大森林・天使の憩い場って!」
「おお、本当だね! 書いてある!」
「こいつ……」
薄々察してはいたが、相当な天然だ。
ガーデンの面々が俺に同情的な視線を向けてきていることからも、それが分かる。
……それはそうと。
広場の様子に目をやり始めたみんなをよそに、俺はトビに近付いて小声で話しかける。
目的地に到着した直後ということで、今は全体的に休憩ムードだ。
「――トビ。お前、何でみんなと一緒になって笑っていたんだ……? リヒトのこと、よく思っていなかったんだろう?」
俺がさっきリヒトに色々と話していた時も、そもそも最初にリヒトの姿が見えた時点でも、トビは目立った反応を示していなかった。
そんな俺の問いに、トビの答えは単純明快。
「周囲にキャーキャー言っている女の子たちさえいなければ、後に残るのはあの通り。ただの天然ボケ男でござるし? 特に何とも思わんでござるよ! 明鏡止水!」
「……。じゃあ、女の子たちがいる場合は?」
「滅!」
「ただのやっかみじゃねえか。どこが明鏡止水だ」
駄目だこいつ、相変わらず自分からモテない要因をせっせと増やしてやがる……。
俺の呆れたような視線に、しかしトビは反撃するようにニヤリと笑う。
「いやいや、さっきのハインド殿のお説教で大分すっきりした面もあるでござるから? 結果はハインド殿が思っていたものと大きく、大ーきく違っていたようでござるが? くふふ」
トビの言葉に、自分の顔が想定以上に渋いものになったのが分かる。
弄られるとは思っていたが、ダメージが一瞬で許容量を超えてしまった。
「……俺が悪かった。だから、あんまりその件を蒸し返すんじゃねえよ……もう思い出したくない」
「わっはっは!」
俺が降参のポーズを取ると、トビは勝ち誇ったように笑った。
それから笑いを引っ込めると、声を小さくしつつリヒトのほうを窺う。
「……しかし、モテるということだけでなく、なーんか見ていてイライラしたのでござるよなぁ。あの御仁」
「そりゃ、あの鈍さが人を――特に、ローゼを傷つけかねない方向に作用していたからだろうな……俺が口出ししたのも、それがあったからだし。反面、いい方に作用している時は、それが優しさとか包容力に繋がるんだろうけど」
「ほほう、なーる」
やや攻撃的な性格のローゼと幼少から付き合って来られたのは、リヒトのそういうプラスの面によるものが大きい……と、思われる。
付き合いが短いので、半ば想像でしかないが。
そういう優しさ――と、容姿の良さに惹かれて、他の女性たちも集まってくるという寸法なのだろう。
「あの……」
「おや? いかがいたしたのでござるか? アラウダ殿」
アラウダちゃんが、何か言いたげな顔で近付いてきたのをトビが見つける。
シエスタちゃんは――ヒナ鳥三人で、ユーミルたちと何か話しているな。
……シエスタちゃんがこの場にいないのに、俺たちに何の用だろう?
アラウダちゃんは少し居心地悪そうに、視線を彷徨わせてから俺の顔を見て話し始めた。
「さっきの、ハインドさんとリヒトさんとの、その……」
「ハインド殿のポエムでござるか?」
「そ、そっちじゃなくて!」
トビの野郎、後で覚えておけよ。
しかし、アラウダちゃんのこの態度……またさっきのお説教モドキについてか……。
俺としては、さっさと忘れてしまいたい恥辱の一つなのだが。
「は、ハインドさんは、話が終わった後に恥ずかしそうにしていましたけど……ハインドさんからローゼさんへの思いやり、私にも一杯一杯伝わってきました! だから、その……元気出してください! 私の目には、とっても素敵に映りましたからっ!」
一息に、一方的に話を終えると、アラウダちゃんは逃げるようにエルデさんのもとに駆けていった。
エルデさんに何事か話した後で、キャーキャーと恥ずかしそうに顔を覆っている。
その様子を見て、俺たちはしばし呆気に取られる。
……トビが口を開いたのは、ようやく事態を飲み込み終え、更に少しの間を置いてからだった。
「……ハインド殿」
「……何だ、トビ」
「……アラウダ殿、確か面食いだって話でござったよな?」
「……それっぽい感じではあったな」
確かトビの素顔を見て、熱っぽい視線を送っていたと思う。
リヒトのことも多分、憎からず思っていただろうことは想像に難くない。
「……拙者、なんか、なーんか負けた気分なのでござるが?」
「そ、そうか?」
目付きが怖いんだが……リィズほどではないにせよ。
「……別に拙者、アラウダ殿が気になっていたとか、恋愛対象として見ていたとか、そういうことはないのでござるよ? でも、告白してもいないのに振られた気分というか……」
「……」
「ハインド殿……一発、ぶん殴ってもいい?」
「嫌だよ!?」
しっかりと拳を固めて距離を詰めてくるトビに、俺は慌てて後ろに下がった。
その時――
「……うん? 何やら、固い感触が……」
手に何かが触れる。
少しひんやりとしているのに、同時に温かみを感じる不思議な心地。
節くれだっていて、固さの中にも弾力のあるこれは……。
「……!! ハインド殿、後ろ! 後ろ!」
トビの声に、後ろを振り返ると――。
先程まで何もいなかった場所に、樹木精霊が生えていた。
……こいつらの場合「生えて」というと語弊があるが。
動いている時は立って、というほうが近いか?
「うわっ!? って、こいつは……」
「ちいさっ!? 小さいでござるよ! ミニ樹木精霊!」
その樹木精霊は、今まで見たものたちとは様子が違っていた。
体は人間サイズかそれよりも小さく、葉はあるものの林檎は一つも成っていない。
歩きも遅く、ゆっくり……ゆっくりと広場を進むと、そいつはやがて……。
静かに、光になって地に溶けるように消えていった。
「……え?」
トビが間の抜けた声を上げる。
みんなもその様子を見ていたのか、慌てて俺たちの近く――樹木精霊が消えたところに集まってくる。
「ハインド! 今のは一体何だ!? 他のフィールドでの消え方とは違っていたようだが!」
「おそらくだけど……ここ、もしかして樹木精霊が還る場所……なんじゃないのか?」
「何っ……!?」
ユーミルと話している間にも、小さな樹木精霊がどこからともなく現れては、広場の中で光になって消えていく。
その様子は、やはり力を使い切って眠りにつく姿に見えるのだ。
俺の推測を聞いて驚いた後、周囲を見てローゼが表情に焦りを浮かべる。
「ええっ!? じゃ、じゃあ、もしかして私たちがここに来たのって……」
「無駄足……だったのかい?」
リヒトの言葉に、その場の全員が沈黙する。
元々、ここに他のフィールドを超える何かがあるという保証があったわけではない。
いや、しかし、しっかりと公式に告知された活性フィールドには含まれて……ぐるぐると、答えの出ない思考が巡る。
それを打ち破ってくれるのは、いつだって――
「とにかく、林檎をつけた樹木精霊を探そう!」
――ユーミルだ。
その力強い声に、その場で下を向いていた者は全員、顔を上げる。
「この広場は広い! 諦めるのは、この中をあちこち走り回ってからでも遅くはあるまい!」
「……そうだな。お前の言う通りだ」
「やってみましょう」
俺とリィズが追随すると、みんなも肯定の声を上げてくれる。
そのままユーミルの勘に任せ、広場の中央へと走った。
「大丈夫だ! きっとシエスタのような、お寝坊さんの樹木精霊もいるはず!」
「えらい重役出勤ですねー。最終日ですよ? 気持ちはよーく分かるので、否定はしませんが」
「そうだろう! そして、還る場所なら生まれる場所でもあるはずだ! 多分!」
先頭、ユーミルが肩で風を切ってグイグイと進んで行く。
その姿に、ローゼが感心したような声を漏らす。
「今はその、根拠のない言葉が妙に頼もしく感じるわね……」
「格好いいですよねぇ。ローゼちゃん、統率の参考にしちゃいます?」
「いやいや、エルデ。あれは誰がやってもいいやつじゃないでしょ……ユーミルだからでしょ」
果たして、ユーミルの言葉は……そう、的を射ていた。
やがて辿り着いた、広場の中央。
そこに移動を終えた直後、異変は起きた。
「むっ……見ろ! 地面が!」
広場の地面、その一部が大きく隆起する。
まず出てきたのは、天辺の青々とした葉と、しなる枝。
そして一瞬の間を置き、「それ」は水を含んだ黒土を弾きながら、一気にその全容を現す。
たっぷりの丸々とした林檎を多数付けた枝、太い幹と歩行に使われる長い根。
生命力に満ち満ちた樹木精霊が、地面を爆発させるように目の前に出現していた。
「――うおう! 本当に出たぁ!? ハインド、みんな!」
「ああ!」
喜びと驚きがミックスされたユーミルと俺の声を掻き消すように、異変は次々と周囲に波及していった。
そして立ち並ぶ、生まれたてで多数の林檎を付けた大型の樹木精霊たち。
――これなら、他のフィールドを超える大収穫が期待できるかもしれない……!




