高レベルフィールド・トーアの森 前編
位置としては、グラド帝国の北東。
ルスト王国からは西北西にあたる、目的地のフィールド名は『極彩色の大森林』。
名前からして、危険な香りが漂う――モンスターの平均レベル、なんと80超えの高レベル帯だ。
しかしながら、ここも樹木精霊が発生する確率が上昇するフィールドに含まれている。
常識的に考えれば怪しい、あからさまに怪しい場所だ。
ただ、他のフィールドでも十分稼げそうなボーナス付きの最終日に、そんな博打を打つプレイヤーがどれだけいるのかという話だ。
攻略と移動にかかる時間、行けたとして苦労に見合う報酬があるのかどうか、更には道中でやられてしまった際のデスペナルティなどなど……。
「といっても、まだ入り口に到着してもいないんだけどな……俺たち」
「何をブツブツ言っているのだ? ハインド」
馬上のユーミルが、同じ視線の高さの俺に問いかける。
現在地は該当フィールドから数えて二つ前、グラド側のフィールドとなっている。
「ああ、フィールド情報の復習をしていてな。声に出ていたか?」
「うむ。ちょっとどうかと思うぞ! 正直、気持ち悪かった!」
「おい、こら」
気持ち悪いとはご挨拶だが、それだけビビり――もとい、慎重になっているということだ。
ユーミルを軽く睨みつけていると、何の話かと渡り鳥のみんなが集まってくるのが目に入る。
「一人で呟くくらいなら私と話せ! 沢山話せ! 燃え尽きるまで!」
その間にも、ユーミルは力強い手振りと共にそんな主張を始める。
人に話すことで、頭の中が整理されるということもあるだろう。
だから、その意見には大いに賛成するところだが……。
「燃え尽きるような会話って、どんなのだ……?」
「むふふ、ユーミル殿。それはつまり、ラブな会話であっつあつ! という意味ござるか?」
「ぬあっ!?」
「……」
「ひぃっ!? り、リィズ殿!? こ、今回は拙者、何も悪くない! 悪くないはず!」
リィズが冷たい目でトビを見据える。
そんなリィズとは対照的に、ユーミルは焦ったような表情で顔を赤くする。
「あ、い、いや、その、だな………………か、会社の存亡にかかわるプロジェクトの会議、とか?」
「――急に嫌なリアリティ出してくるなぁ!? 確かに熱の入った意見交換が必要だろうけれども!」
「全員で燃え尽きているなら大変結構ですが。大抵、各人の熱量に悲しくなるような差があるのが世の常ですよね。上司の無茶な注文、頭痛を抑えながらの予算・アイディア捻出、すり減る現場の――」
「そ、そこまでにしない? リィズちゃんまで乗っかると、収拾つかなくなっちゃうよ……?」
「大体、学生だしな。俺たち……」
何にせよ、この日のために色々と準備してきたのだ。
失敗は今イベント中に散々してきたので、最後は綺麗に終わりたい。
……できれば終わった後、シエスタちゃんに何だかんだで楽しかったと言わせられるよう――
「先輩先輩。今からそんなだと疲れちゃいますよ? 私と一緒にリラックスしましょー、リラー……」
「……シエスタちゃん?」
「ぐう……」
「えー……」
リラックスが極まって、あっさりと馬の上で寝入るシエスタちゃん。
すると巧みに馬を操り、手を伸ばしたサイネリアちゃんがその背をぎゅっと押す。
「むえっ!?」
海老反りのような体勢を取ってから、シエスタちゃんが一気に覚醒する。
気絶した時の、気付けみたいな……。
それほど強く押したようには見えなかったが、そこにシエスタちゃんが起きるツボでもあるのか?
……一応、俺が使う機会があるかもしれないし、憶えておくことにしよう。
「今日くらい起きていなさいよ、シー。天王山よ?」
「それは分かるけど、まだ力むには早くない?」
「早くないよ、シーちゃん! ベールさんに聞いたこと、忘れちゃったの?」
「え? ……あー。そっか、早くないのか……」
グラドお約束の国境沿いの山を下る途中で、急激に森が深くなった。
――そう、レベルが上がるのは該当フィールドだけではない。
その周囲のフィールドも、それに準じて厳しいものとなる。
「着いたでござるよ!」
ようやく到着した、該当フィールド『極彩色の大森林』の一つ手前にある――『トーアの森』。
この辺りから既に、人の手が入った施設の維持が困難なほどモンスターたちが強力になる。
当然、該当フィールドに国境砦は置かれていない。
モンスターが形成する天然の緩衝地帯、という触れ込みだ。
「……やっぱり、赤か」
“ここから先は危険ですよ”ということを分かりやすく示すため、プレイヤーよりも高レベルのフィールドは、境界に色の付いたエフェクトが表示される。
PK行為などを働いたプレイヤーと同じように、黄色から赤に向かうほど危険――といった具合だ。
今日のメンバーは……今回のフィールド攻略の性質上、止まり木を除いたいつもの八人となっている。
「この先が例の何とかの森か!」
ユーミルが腕組みしつつ、赤いエフェクトの先に強い眼差しを向ける。
言葉もその仕草に伴っていれば格好いいのだがなぁ……。
「全然フィールド名を覚えていないじゃないか。トーアの森な。その先にある極彩色の森が今回の目的地だ」
「して、ハインド殿。練りに練ってきたであろう、ここの攻略法は?」
「そうやって無闇にハードルを上げないでくれるか? それで失敗したら、立ち直れなくなるから」
みんなにはもう、ここを抜ける方法はざっと伝えてある。
それでもあえてトビが訊いてきたのは、確認の意味も込めてのものなのだろう。
手順がちょっと複雑だからな。
「……えーと、まずはだな――」
フィールド『トーアの森』に入って、最初のエリアに多く生息しているのは『レッサー・アースドラゴン』という竜種のモンスターだ。
レッサーと付くだけあって、ボスクラスの竜種よりは小型である。
が、それでも体長5メートル超……大体ゾウと同じか、それ以上は大きいモンスターだ。
そいつが巨躯を揺らしながら、やや退化した鼻先を俺たちの傍に近付け……。
「……」
「………………」
「………………っ」
背中の排気口から土の混ざった空気を吐き出し、周囲の樹木を揺らしながら去っていく。
それを確認してから、全員たっぷり三呼吸以上は置いた。
恐怖心を抑えるのが人より得意であろうユーミルですら、である。
「ふーっ……」
草木模様が描かれた布――『カモフラージュ・クロス』をどけて、土を払いつつ体を起こす。
ここまで乗っていた馬はフィールドの端にある小さな安全地帯に係留、徒歩での移動となっている。
やつはあの巨体でありながら非常に速い動きを取るため、グラドタークといえど振り切るのは難しい。
森という地形も馬には少し不利だ。
「いやー……声を出しても大丈夫ということが分かっていても、つい黙ってしまうでござるな! テレビの水中シーンを見ながら、一緒になって息を止めちゃう謎現象と一緒!」
「……一瞬同意しかけたけど、何か違くないか? それ」
緊張が解けて真っ先に声を上げたのは、トビだ。
自分の職業が逃げ切ることに特化しているためか、現在のシチュエーションに対して普段よりもどこか余裕がある。
そして、今のドラゴンについてだが……。
「あの地竜、鼻も耳も退化しているらしいからな。近くで叫んでも、バレないことはバレないだろうよ。絶対という保証はないが」
「そう言われると、ついやってみたくなるでござるな!」
「……やるなよ? イベント最終日だからな? ……ユーミルも!」
「な、何故やろうとしているとバレた!?」
ゲーム的にギリギリを攻めたくなる気持ちは分かるが、時間的制約がある。
イベント終了が近いため、そう何度もリスポーンできない。
だからこそ、俺たちのように高レベルフィールドに来るプレイヤーは少数派だ。
ハイリスクハイリターン……に、なっているといいなぁ。
それすら不確定なので、正直馬鹿な賭けと言われても仕方のない行動だ。
「ヤツの耳が悪いことは分かったのだが、ハインド。目は?」
「目はそこそこ。それを誤魔化すためのクロスだな。知能もあんまりだから、風景の変化にも鈍いし」
多少、見える景色に違和感があっても気付くことはない。
このようにあっちこっち退化していらっしゃるドラゴンさんだが、それは偏に「強いから大丈夫」で片付いてしまう問題らしい。
目と並んで皮膚感覚などは普通なため、少しでもダメージを与えると、プレイヤーが力尽きるまで暴れ続ける――とのこと。
「暗いと直ぐ寝る、がキャッチフレーズの私ですが。今のはさすがに、眠るまではいかない緊張感がありましたねー」
「……待って、それでもクロスの下で少しは眠気が増したの? 嘘でしょう?」
さすがに冗談だと思いたいが……。
そういえばシエスタちゃん、一人だけ起き上がるのが遅かったような。
――と、今のモンスターのやり過ごし方から分かるように、目的の『極彩色の大森林』まではずっとこんな感じである。
すなわち、戦っても勝てないモンスターたちから隠れて、隠れて、ゆっくりゆっくりと進む。
ただし、ずっと『カモフラージュ・クロス』一本で攻略できたら誰も苦労はしない。
「ハインド、次は? さっき、何と説明していたっけ?」
「――次は、まず金属類を装備から外してくれ。動いても、音があまり鳴らないように」
「おっ! ということは、聴覚鋭い系が出るのでござるな! 今のに続いて、拙者の得意分野!」
拳を握って白い歯を見せるトビに、みんなの視線が集中する。
っていうか、シエスタちゃんやリィズなんてもう見てもいないぞ。
あまりにも、既視感ありありの言動過ぎて。
「……俺は、お前が一番何かやらかさないか心配だよ」
「えっ」
「さっきから一番多く喋っているし、説得力ないだろう……本当に大丈夫か?」
俺の肩に乗っているノクスのほうが、トビよりもよほど静かだ。
クロスをまとっている間も、縮こまってじっとしてくれていたし。
今回は、ノクスにも役割があるので連れてきたが……できれば、出番が回ってこなければそれに越したことはない。
「ですねー。疲れますし、お喋りも程々がいいですよー」
「うむ。私も、過度にお喋りな男は嫌いだぞ!」
「でも、ユーミル殿。さっきハインド殿には、もっと喋れって……」
「ハインドは別!」
「差別&理不尽ッ!」
「どうでもいいですけど、みなさん。そろそろ本格的に黙ったほうがよいのでは?」
リィズがセレーネさんに視線を誘導するようにしながら、みんなに呼びかける。
すると、セレーネさんはどのタイミングでみんなに注意喚起しようかとあたふたしていて……。
どうやら、新たなモンスターの姿を既に捉えていたらしい。
俺たちはそこでようやく口を閉じ、静音用の装備に素早く変更。
ユーミルを先頭に、慎重に森の中での歩みを再開した。




