ベール、再び
「……?」
しかし、振り返ると、そこには誰もいなかった。
てっきり、ベールさんが来たものかと……。
左右に立つリコリスちゃんたちにも、念のため訊いてみる。
「今、俺の後ろに誰かいなかった?」
「はえ? 誰もいなかったと思いますが……」
「右に同じー」
「私も、特に気が付きませんでしたが……どうかしましたか? ハインド先輩」
「……あー、うん。それならいいんだ」
確かに、誰かに肩を触られた気がしたんだけどな。
不審に思いつつも、手に持った野菜の品定めに戻る。
「……先輩? 何か背中についていますけどー?」
「え? 背中? 肩じゃなくて?」
シエスタちゃんの言葉に、野菜を商品棚に戻して背中を探る。
……どこだ?
「ハインド先輩、届いていないです!」
「……そんなに真ん中のほうにある? この辺?」
「もうちょっと下です、下! 上からじゃなくて、下の――こう、腰のほうから手を回してください!」
「こう?」
リコリスちゃんの言葉に従い、手を動かす。
特に体は固くないはずだが……この、どこだよ!?
「わ、私が取りましょうか?」
「い、いや、サイネリアちゃん。ここまで来たら自力で……!」
「先輩、意地になっていません?」
「見りゃ分かるでしょ? なっているよ! ――っと、取れた!」
手にしてみると、想像以上に小さな二つ折りのメモのようなものだった。
小さい子がやる悪戯みたいだ……中に悪口は書かれていなかったが。
「先輩、何て書いてありました? 例の情報屋さんからですか?」
「うん、多分ね。中身は、えーと……武器屋通りの路地裏、アップルパイ……」
「……それだけ?」
「それだけ」
ベールさんの仕業なのは間違いないだろう。
武器屋通りの路地裏が集合場所か。
このアップルパイに関してはよく分からないが……。
「素直に受け取るなら、アップルパイを持って路地裏まで来いと読み取れるけど」
アップルパイのストックは……みんなで食べ尽くしてしまった普通のものではなく、特殊なものでいいなら、少しだがある。
だからこれを情報量に指定されたとしても、一応は大丈夫だ。
このまま路地裏に向かうとするか。
「もしくはー、アップルパイパーティやったんだろ? もう知っているぞ、的な情報屋流の力の誇示に見えなくも……?」
と、これはシエスタちゃんによる発言だ。
「あー、どうだろうね?」
「その情報屋さんの性格にもよりますよね……」
「行けば分かります! 行ってみましょう!」
その場でしっかりといくつかの野菜を購入してから、三人で指定された場所へ。
道すがら、先程のメモについての話になる。
「それにしても、どうやってハインド先輩の背中にメモを貼ったんでしょうね?」
「さすがに先輩は気が付いていましたよね? 犯人的なものは、見つけられなかったみたいですけど」
「うん、まあ、何かされたかも? くらいの感覚はあったね。でも、不思議なことに肩に触れられた感じしかしなかったんだよな……」
直接貼った、にしてはおかしな点が多いな……。
まさか、遠隔でメモを飛ばす手段でも持っているのだろうか?
もしくはそういうアイテム?
「本当はもっとスマートなやり方で呼び出したかったんだよねぇ。ほら、メッセンジャーを使ってみたり……」
「小さい子に、お金を握らせてやらせるアレですね!?」
「そうそう。何でハイハイは、商業区の現地人ほとんどと顔見知りかなぁ……それも子どもにまでだよ? おかしいって! メッセンジャー使えないじゃん!!」
「王都の中でも、商業区は特に先輩の庭みたいなとこありますからねー」
「あ、やっぱり? じゃあ私が得てるあれやこれやの情報も、おおよそ真実ってことだねー。恐れ入るねー」
「情報……? ――あっ」
「よっ、ハイハイ!」
なんか、気が付いたら女の子が四人に増えているぞ……?
三つ編みを前に垂らした、ヒナ鳥三人たちよりは年上に見える少女。
路地裏……よりも、ここは少し手前なんだがなぁ。
待ち切れなかったのか、大通りから路地裏に向けて俺たちの背中をどんどん押してくる。
手で押すのはともかく、体当たりはやめてほしい
「いやー、ハイハイは状況の変化に敏感だから、メモを背中に貼るのに苦労したよ!」
「え? 自分で直接、俺の背中に貼ったんですか……?」
「そうだが?」
「何ですか、その無駄な手間は。そして口調をコロコロ変えないでください。話していて混乱するので」
直接声をかければいいじゃないか、近くにいたのなら……。
そしてよく分からないが、彼女が俺たち四人に全く気付かれずにメモを貼ったこと自体は凄い技術だ。
気配断ちやら注意逸らしやら、きっとこれを使って自分で情報を得ているのだろう。
トビに――って、もういいか。
そもそも「自称忍者」でしかないあいつの隠密技術を、こういうことがある度に引き合いに出すのは色々とおかしいし……。
そして、ベールさんは俺が無駄と評したことについて不満があるらしい。
「無駄じゃないよ、無駄じゃ! 分からないかなぁ。会うのに面倒な手順が必要な方が、いかにも情報屋っぽいでしょ?」
「最初の時もそうでしたよね……わざわざ占い少女をやっていたり――」
「分かります!」
突如、頬を紅潮させたリコリスちゃんが話に割って入ってきた。
ベールさんはその言葉に笑顔になり、リコリスちゃんにしっかりと向き直る。
「分かるか、リコリコ!」
「分かります! 変な暗号を知っていないと呼び出せないとか、仲介人の仲介人の仲介人くらいから辿る必要があるとか! そして得られる、衝撃的で重要なんだけど今一つ不確定な情報! ……みたいな感じですね!?」
「分かっているね、リコリコぉ!」
「仲間が何故か、敵と一緒にいたとかの目撃情報だったり! 鉄板ですよね!?」
「超分かる! 大概、真相は人質を取られているせいとかで、無理矢理協力ってパターンが多いけど!」
「揺らぐ信頼関係、それでも主人公は……!」
「俺はあいつを、信じてるぅぅぅ! たはーっ!」
「痺れますねーっ!」
「うるさー……」
路地裏に元気に響く二人の声に、シエスタちゃんがげんなりした表情で愚痴をこぼす。
こんなに騒がしくして、人目を避けて路地裏に来た意味があるのか? これは。
しかし、ベールさんがわざわざ面倒な手間をかけた理由は理解できた。
理解はできたが……。
「……その割には、今回は演出的な意味ではちょっと雑なような。初回じゃないから……?」
「シャーラァーップ! ハイハイ!」
ベールさんの様子に、シエスタちゃんとサイネリアちゃんは最初のうちこそ驚いていたが……。
この段に至り「ああ、こういうタイプか……」と、それぞれあくびと苦笑をこぼす。
……表面的には、そうなんだけどね? まだ判断を下すには早いと思うよ。
「ま、とにかくとにかく。ハイハイ、リコリコ、シエシエ、サイサイまとめてアジトにご案内―」
「シエシエ……」
「さ、サイサイ……?」
「あるんですか!? アジト!」
「あるよー。今回はこの路地裏の奥にしたねぇ」
「今回は!? 移動式なんですか!? 格好いい!」
会話は意気投合しつつあるリコリスちゃんに任せ、俺を含む残りの三人は後ろをついていく。
そこからは複雑な経路を辿り、とある建物の一室へと到着。
アジトの中に関しては、トビと商業都市を訪れた時のものと似ているので割愛。
単刀直入に、イベント最終日のフィールド選びに関して面白い情報がないかと尋ねる。
すると、ベールさんはお前の発言のほうが面白いという顔になる。失礼な。
「面白い、ねぇ……どう面白いかによるかなっ!」
「単純に、シーちゃんが稼ぎやすいフィールドを訊いたら駄目なんです?」
「ああ、シエシエと例のアラウダとの勝負の件だね? 最近ガーデンに所属した」
「「「……」」」
どうやって知ったのだろう? その情報。
知っているのは当事者とその関係者である俺たちと、偶然フィールドで一緒になったプレイヤーたちの中で、よほど察しがいい人だけだと思うのだが。
俺たちの恐怖をよそに、ベールさんは話を続ける。
「でも、だーめ。ずばりここ、何て範囲が広くてとても言えないし……私が提供するのはあくまで純粋な“情報”だよ。イベントの攻略法を、手取り足取り教えられるわけじゃあない」
不意に鋭さを帯びてきたベールさんの表情に、ヒナ鳥の三人が驚いている。
こういうところがあるので、外面で判断するのは危険な人なんだよな……。
さて、それを踏まえた上で、どう言えばベールさんから有益な情報を引き出せるかな?
今回のイベント全体の記憶を軽く整理しつつ、まずは探るように。
「……やっぱり、フィールドごとに出現しそうな現地人が誰か……ですかね?」
「おっ? その心は?」
僅かに、ほんの僅かにベールさんが笑みを深くした気がする。
引っかけとかでは……ないな。
手応えがあるのでこのままいくことにしよう。
「撃退した現地人の強さや難易度によって、その後のフィーバータイムの内容が変わるという噂がありますから。それが真実だと仮定した上で、最終日しか出ない乱入NPCがいたりした場合……」
「撃退に成功した後に、物凄いフィーバータイムがあると。ハイハイはそう思ったんだね?」
「そうです。どうでしょう?」
そんな俺の言葉を聞いたベールさんは、座った状態の自分の両腿をぺちっと叩いて立ち上がる。
棚からワールドマップを手に取ると、俺たちとの間にあるテーブルにそれをざっと広げた。
更に両手をテーブルに着き、前のめりで宣言した。
「よしよし、了解だよハイハイ! ずばり今日のお題は、どのフィールドからレアな乱入NPCの“におい”がするかに決定っ!!」
リィズもこの「におい」の使い方ならツッコミを入れないだろうな……などと、俺がくだらないことを考えている前で。
ベールさんは、ペンを手にマップに印を付け始めた。
俺たちが既に得ている知識や噂なども加味しつつ、ベールさんが候補を次々と挙げていく。




