争奪戦・アリンガ岬 その8 最終局面
魔法の詠唱を終えたエルデさんの体が、光の膜で覆われる。
俺から先頭集団への距離はまだ遠く、このタイミングで仕掛けられたらどうしようもなかったが。
「よかった……ただの支援魔法だったか……」
冷静になってみれば、彼女は神官の支援型……俺と同じ職業だったはず。
とすると、今のは『ホーリーウォール』を自分に使っただけか。
……この場面で、アラウダちゃんに『ホーリーウォール』を使わない理由としてはいくつか考えられる。
「……」
一つ、既にアラウダちゃんには『ホーリーウォール』がかかっている。
あの魔法が作用しているかどうかは、味方と、それから発動時以外は実際にダメージを与えてみるまで分からない。
だが、エルデさんは特にアラウダちゃんの支援に反対していなかったはずなので、単純に自分を優先するということは考えにくい。
アラウダちゃんに『ホーリーウォール』がなければ、きっとアラウダちゃんに使っただろう。
「――おわっちょ!?」
スキルの光を帯びた矢が、近くを通過していく。
思わず変な声が出てしまった……が、考察を続けよう。
二つ、アラウダちゃんには『ホーリーウォール』がかかっていないが、エルデさん自身の『ホーリーウォール』を利用して金林檎を採らせる算段がある。
「うひいっ!?」
今度は属性違いの魔法が二つほど、至近距離に着弾して火柱と水飛沫が上がる。
誰だよ!? 明らかに俺だけ狙っていないか!?
……と、とにかく、こういった場合に想定すべきは、常に一番悪い状況だ。
それに対して備えているかどうかで、いざというときに差がついてくる。
だから、この場合は既にアラウダちゃんに『ホーリーウォール』がかかっている上に、エルデさんが自分にかけた『ホーリーウォール』を利用して何かしてくる……そう考えるのがいいだろう。
「ゆ、ユーミル先輩、この方向で本当に合っています? 樹木精霊、遠いんですけど」
「大丈夫だ、シエスタ! 私の予想ではあの辺でターンして、また崖沿いに戻ってくる……はずだっ!」
「わーい。ユーミル先輩お得意の、ただの勘任せだぁ……はぁ、先輩の理詰めの選択が恋しい……」
考えながら移動している間に、どうにか二人の声が聞こえる距離まで追いついた。
ユーミルたちが樹木精霊の移動に合わせて速度を調整していたおかげか、どうにか最後の競り合いには間に合ったか。
先走って樹木精霊に突っ込んでいった先頭集団の一部は、大半が止まり切れずに崖の下へと落ちていく。
あの辺りは、馬の性能に因るところもありそうだな……グラドタークは速度だけでなく、制動力も一級品なので問題なしだ。本当に初期イベントの報酬か? と問いたくなるレベルである。
「ユーミル、シエスタちゃん!」
「ハインド!? よくリヒトを振り切って……」
「先輩先輩、同じグラドタークなら乗り換えさせてくださいー。是非とも先輩のほうにー」
「……シエスタ。そう何度も乗り換えたいと言われると、いくら私でも少しは傷付くのだが?」
「あ……そ、それはすみません。で、でもですよ? だったら、私の体力にもう少し合わせてくれると――」
「残念ながら、話をしている暇も乗り換えている暇もないようだぞ」
崖のギリギリで待つと、他のプレイヤーに崖下に落とされる恐れがある。
二人にもう少し下がるように指示しつつも視線で示すと、樹木精霊がユーミルの目論見通りにUターンしようとしていた。
それを見たユーミルとシエスタちゃんが気を引き締め直すのを確認してから、ちらりと最大の競争相手――エルデさんとアラウダちゃんの様子を探ってみる。
「――」
「……!」
少し離れた位置で、俺たちと同じように飛びつくタイミングを計っている二人。
何かをエルデさんがアラウダちゃんに早口で伝えている。
そんな二チームのやり取りは一瞬で……。
「むぅ、ともかくハインドが来たからには尚更心配なし! 後ろを気にせず突っ込むぞ、シエスタ!」
「あぁぁぁ……」
シエスタちゃんの魂がやや抜けかけているようだが、状況は待ってくれない。
樹木精霊の後ろをひたすら追いかけているプレイヤーたち、俺たちと同じように戻りを待って駆け出す者たち、そして後ろから追いついてきた数人が、折よく時間経過で速度を低下させた樹木精霊へと――
「今だ!」
「GOGOGOGO!」
「うおおおおおっ!」
一斉に集まり始めた。
樹木精霊の移動経路は依然として崖のギリギリ。
輝く金の果実が、これ見よがしに天辺付近でプラプラと揺れている。
「ぬおおっ!? 何だ、こいつら!」
「乱戦後の割には、意外と数が残ったな……ユーミル、ここは我慢のしどころだぞ」
「!? ……そ、そうだったな!」
シエスタちゃんを送り届ける際の手順は、今までの反省を踏まえてユーミルに色々と伝えてある。
MPを回復している暇がない以上、大型スキルは最後の“詰め”に。
それまでは他より有利な、グラドタークの足を使ってポジションを確保する。
妨害や防御については――
「さあ、シエスタちゃん!」
「はいはいー、では一緒に」
同時に投擲アイテム……『焙烙玉』で競争相手を吹き飛ばす。
俺は事前に腰のベルトに、シエスタちゃんはユーミルの後ろに乗っているので、馬の手綱を繰る必要がない。
シエスタちゃんは体勢が安定しているとき限定だが、その気になれば両手を使うこともできる。
――と、そこで異変に気が付いた。
俺たちが走る近くで、何かが小さく爆ぜる音。
「ユーミル、左に逸れろ!」
「――!」
直感に任せ、叫びつつ自分のグラドタークをユーミルの反対側に。
すると、上からネットが降ってきて二頭のグラドタークがいた地点――地面へと落下する。
「ああっ!? すみません、エルデさん! ――わっ、っとと!」
アラウダちゃんの悔しそうな声と、慌てて手綱を握り直す気配。
今の『ネット玉』を使用したのは、どうやらアラウダちゃんのようだ。
そして愛想の良いエルデさんがそれに答えないということは……来るっ!
少しだけ離れた地点で、瓶が割れるような音が聞こえ――
「むお、煙幕か!?」
「ユーミル!」
視界が大量の白い煙幕によって塞がる直前、ユーミルに向けて声を出さないようにジェスチャーで指示を出す。
エルデさん、酷く難しい状況を作ってきたな……今から目の前を通過するだろう樹木精霊はスルーする気か? 通るルートが分かっているとはいえ、崖沿いの樹木精霊に飛びつくのはリスクが大きい。
敵を全て排除してから、更に速度を落として戻ってくるであろう樹木精霊を捉まえる算段だろうか?
……どちらにしても、支援型神官であるエルデさんの戦闘力は決して高くない。
採れる手段は俺と大体同じはずなので、投擲がメインだろう。
ここは頭を使って、エルデさんがするであろう行動を読み切らねば。
使った煙幕は瓶タイプだったので、種別は薬品……。
投擲アイテムは同じカテゴリのものはWTの都合で連続使用不可なので、残りは玉系、そして――
「……まさか」
先程、エルデさんが自身に使用した『ホーリーウォール』のことが頭をよぎる。
玉系の妨害アイテムで最も普及しているのは『閃光玉』だが、この煙によって既に視覚の自由は奪われている。
樹木精霊の足……と言っていいのか分からないが、移動音が近付いてくる中で、俺は自分に『ホーリーウォール』を使いながらグラドタークを走らせた。
魔法の光で位置がバレる可能性はあるが、狙いは間違いなくあっちだ。
頭をフルに回転させる。
ユーミルが進んだであろう方向、エルデさんが仕掛けてきそうなタイミング、自分が走り込む位置……。
やがて煙の中から、誰かの気配を進路上に捉える。
気配は横合いからもう一つ……間違えていたら赤っ恥だが、迷っている暇はない!
「……っ!」
意を決し、グラドタークを足場に、大きく盾になるように両手を広げつつ跳んだ。
目に飛び込んできたのは、至近距離で何かを投げたような体勢で驚いた顔をするエルデさん。
後方からは――
「は、ハインド!?」
「へ? 先輩?」
ユーミルとシエスタちゃんの声。
よかった、人違いとかではなかった。
そして自分の胸元には、ゴツンと硬い何かがぶつかる感触。
激しい爆音、閃光、衝撃の後に俺とエルデさん双方の『ホーリーウォール』がそれぞれ割れる。
自爆も辞さない、確実を期すための至近距離での爆発とは……エルデさん、こういう苛烈な手を使ってくる人だったのか。
次いで――いや、俺がまともに知覚できたのはそこまでだった。
そして気が付くと、俺は地面と平行するような物凄い勢いで横滑りしていた。
「はぁ!? な、何でぇ!?」
「ハインドォーっ!!」
推測しかできないが、他プレイヤーの魔法か何かの流れ弾が偶然当たったらしい。
……流れ弾だよな? まさかとは思うが、この煙の中だ。
さっきまで俺を狙っていた誰かのものじゃないよな?
爆発系の投擲物によるヒット数は全て1で、あれだけだったら俺は地面に落下して――『ホーリーウォール』のスーパーアーマーによる効果でノックバックなしに落下できていたはずなので、おそらく間違いない。
更に悪いことに、飛んでいる方向にあるのは崖だ。
……崖である。
「あああああ!? 落ちる、落ちるぅぅぅっ!」
特に高所恐怖症だったりはしないのだが、それと落ちることへの恐怖は別物である。
必死に足を使い、擦るのを承知で腕を使い、体を地面に当ててどうにか転がり始めることには成功した。
しかし、かなりの勢いがついてしまっている。
「だっ、でっ、ぐぅぅ! ……っ、……!」
軽く舌を噛んでしまい、その後は声も出せずに転がり続けた。
地面への激突ダメージは、イベント仕様による緩和が弱いため……ダメージがどんどん入り、服が汚れ、場所によっては地肌が当たっているような感触もある。
やがて長い長い吹き飛びの後、俺は……。
「はぁ、はぁ、はぁっ……げほっ」
崖っぷちの土くれを蹴とばしながら、陸地側に向かって必死に這っていた。
ひでえよ、今の悪質なコンボ……。
そ、それよりも、シエスタちゃんとユーミルは……?
「あっ」
何かを弾くような金属音が響き、次いで霧の中でも見える眩い光線が上空へと飛び出す。
その光は、見覚えのある人影を陸地のほう……遥か遠くへと運んで行った。
『ヘブンズ・レイ』……? ということは……。
「行けぇ、シエスタ! ハインドの犠牲を無駄にするな!」
続けて遠くまで届く馬鹿でかい声と共に、激しい破裂音と共に魔力が周囲に拡散するエフェクトが発生。
『バーストエッジ』で散らしたであろう煙の中から、二人の少女を乗せたグラドタークがその姿を見せる。
っていうか、落ちていないし、死んでねえ! 誰が犠牲だ、あの阿呆!
「樹木精霊は、どこに……?」
ユーミルが煙を晴らしたことと、他のプレイヤーが放った風魔法などによって視界が確保される。
樹木精霊は思いの外近くにおり――というよりも、こちらに向かって姿がどんどん大きくなってくる。
あ、もしかしてこの位置……やばい?
「シエスタぁぁぁっ!!」
「うげぇ……アラウダ……」
更には、アラウダちゃんが気合の声を発しつつ煙の中から登場。
出てきた方向がこれだけドンピシャということは、何かしらエルデさんから樹木精霊の位置が分かるような策を授けられていたようだ。
……しかし、ローゼといい、ガーデンの連中は戦っている相手の名前を叫ばないといけない決まりでもあるのだろうか?
名を呼ばれたシエスタちゃんがげんなりとした顔をし、当事者ではないユーミルが応えるように戦意に満ちた笑みをみせる。
対立する二頭の馬が、樹木精霊を捉えて最後の走りに入った。




