争奪戦・アリンガ岬 その4 奔走
ユーミルの予想が外れたことが理由か分からないが、邪魔だった集団も四散。
てっきりどこかのギルドが一塊でいるのかと思ったら、そうではなかったらしい。
その後は、ユーミルの勘が中々当たらないまま時間が過ぎていく。
「そこ! ……じゃないっ!」
「また逆―……でも、何でタイミングだけは合っているんです……?」
もうぐったりと、ユーミルの後ろでされるがままのシエスタちゃん。
本当なら体重を預けてしまいたいのだろうが、何分ユーミルは動きが激しい。
居心地悪そうに腰を掴みながら、上体は右へ左へ。
「ハインドさん。あの位置なら、急行すれば間に合うかもしれませんぞ」
俺が馬に乗りつつ二人の様子を見ていると、既に馬上の人となっているバウアーさんからそんな言葉が。
乗るまでの動きが速い……今度はエルンテさんをパストラルさんのほうに乗せたのか、一人で馬に乗っている。
しかも、間に合うだって?
その言葉を確かめるべく、俺は周囲の様子を素早く確認した。
「……銀林檎、陸地側で馬の速度を活かすスペースは十分。崖近くの俺たちからは遠いけど、他のプレイヤーもそれなりの距離……」
「どうですかな?」
「……ありがとうございます、バウアーさん。パストラルさん!」
「はい、行きましょう! みんな、準備はいい!?」
老騎士――あ、間違えた。トビが悪い。
慧眼を持つ老紳士の言葉に従い、総勢約三十名で一目散に駆ける。
二人乗りの馬もあるせいか、少し速度は落ちるが……。
そこは止まり木・ヒナ鳥・渡り鳥が合同で手塩にかけた駿馬、名馬たちだ。
俺たちよりも近場にいた他のプレイヤーたちをグングン追い抜き、銀林檎を付けた樹木精霊に接近。
並走に移りつつ、もう一頭のグラドタークの傍へ。
「もう結構速度に乗っているな……シエスタちゃん、どう?」
「え? ……先輩、私がこの速度の木に飛びつけると思います?」
シエスタちゃんは無理だと主張している。
金林檎ではないにせよ、できれば採らせてあげたいが……。
「ハインド君、他のプレイヤーさんたちが……」
セレーネさんのやや焦った声、それにパストラルさんが素早く反応する。
「足止めは止まり木にお任せください! みなさんは林檎を! ……おじいちゃん!」
「分かっておるよ、パスティ。参りますぞ、子どもたち」
「はーい!」
「わーい!」
一部の元気な老人、そして子どもたちを中心とした近接職の面々が次々とプレイヤー集団に噛みつく。
俺たちと同じように馬に乗っているプレイヤーを中心に、次々と馬から引きずり降ろしては接近戦に持ち込んでいる。
子どもたちは体ごとぶつかるように諸共に落ち、受けた相手も人によってはやり難そうに――って、そりゃそうか。
よく考えたら子どもたちに参加してもらうの、ちょっとずるいかもしれない。
今回のイベントは特に痛みの反映が薄いので、吹っ飛びこそ派手なもののスポーツチャンバラのスポンジ棒で殴り合っているようなイメージに近い。
そう上手く脳内変換できれば……あ、何人かが割り切り始めた。
「わー!」
「ぎゃー! ……あはははは!」
吹っ飛んでも楽しそうにしている子どもたちの姿に、ホッとした様子のプレイヤーたち。
うん、こっちとしても何か……ホッとした。
安心したところで、こちらはこちらでバフを撒かねば。
本気で泣き始める子とかがいたら、イベントどころの話ではないからな。
ちなみにだが、現実で危ない行為をしないようVRで現実と同じ痛みに設定・教育するプログラムが今はあるのだとか。
……リアリティがあるだけに、そういった分別がつかなくなると大変だからな。
詠唱完了、杖を味方に向けて発動。
「シエスタちゃん、一応ホーリーウォールは張ったから。行けそうなら――」
「さあ跳べ! 跳ぶのだ、シエスタ! チャンスだぞ!」
「いやいやいやいや、ユーミル先輩なら可能でしょうけどぉ! 私じゃ木にビターンですよ、ビターン!」
「……聞こえていないな」
樹木精霊の速度のピークは過ぎたはずなので、もう少し時間を稼げればあるいは。
セレーネさん以外の攻撃も当てられるようになるので、連続ヒットストップで一気に速度を落とせるはずだ。
しかし、その前に……妨害組を『焙烙玉』で援護できないかと、後ろを振り返る。
「――遠距離攻撃、斉射!」
「はいよぉ」
「よっこいせ……」
「せいしゃー!」
十分な量の弾幕が、パストラルさんを中心とした後衛部隊から放たれる。
更にはバウアーさんが華麗に馬上から攻撃・投擲を繰り出し、一騎当千の動きで二回り以上も若いプレイヤーたちを圧倒している。
その馬上槍、いつの間に用意したんだ……滅茶苦茶格好いいな、バウアーさん。
どうも、援護は全く必要なさそうである。
「見えているでござるか、ハインド殿? あれ、お年寄りと小さな子どもたちなんだぜ……」
「見えているよ。特に後衛、魔法に身体能力は関係ないとはいえ……」
「ふ、普通に使いこなしています……! ウチのおじいちゃんなんて、ゲームはおろか新しめの家電も全然使えませんよ!?」
「リコのおじいちゃん、アナログ派だもんね……」
後ろを気にしつつ話しながらも、樹木精霊の動きにも気を払う。
とはいえ、速度が必要なだけ落ちれば――
「みなさん、話はそこまでです。速度が十分に落ちました、一気に決めましょう」
リィズが声をかけてくれるという寸法だ。
俺が視線を向けると、まずはそれに頷いたセレーネさんが当然のように『スナイピングアロー』を樹木精霊にぶち当てる。
「次、行きます!」
小柄なリコリスちゃんが飛び出し、馬から跳び下りつつサーベルで斬りつける。
これで更に速度が低下。
「――んぎゃっ!?」
……残念ながら、着地は上手くいかなかったようだが。
そしてサイネリアちゃんが少し緊張した表情で矢をつがえ――
「ナイス、リコ! 私も!」
スキル『ダブルショット』でサイネリアちゃんがヒットストップを追加。
こちらも一矢外してしまったが、俺が『シャイニング』を当てて心ばかりの補助に成功。
「す、すみません!」
「大丈夫大丈夫。セレーネさんが異常に当てるもんだから麻痺しているかもだけど、当てただけ凄いよ」
とにもかくにも、本命を当てるにはこれで十分なはず。
満を持して、強く光を放つ魔導書を掲げ、リィズが狙いを定める。
「……!」
『ダークネスボール』を林檎取得の邪魔にならない絶妙な位置に設置し、一気に樹木精霊が鈍足化。
金林檎を付けたものは耐性があってこうはいかないが、銀林檎をぶら下げた樹木精霊相手であれば効果的だ。
後は取得役の三人、特にシエスタちゃんの出番だ。
「よーし、これだけやれば行けるだろうシエスタ!」
「え? いや、セッちゃん先輩に落としてもらったほうがよくありません? セッちゃんせんぱーい?」
「えっと、ごめんねシエスタちゃん? 太い枝が密集していて……位置が悪いから、ここから矢で狙うのは難しいよ。ちょっと難しいけど、よじ登って採るほうが確実だと思う」
「と、いうことだ! 跳べ! 跳ぶのだ!」
「わ、分かりましたよー……」
ユーミルの言葉に、シエスタちゃんが嫌々ながらも覚悟を決める。
馬を可能な限り寄せるユーミルの後ろから、シエスタちゃんが――
「んぎゃっ!?」
リコリスちゃんとよく似た声を上げながら、本人の言の通りビターンと樹木精霊の幹に顔から激突した。
うわー、痛そう……。
そのままずるずると、枝を掴むことなく落下してしまう。
「ぬあっ!? どうしてそうなるのだ!」
「ほとんど跳んでいなかった――っていうか、グラドタークの上で足を滑らせたように見えたな……」
知っているつもりだったが、思っていた以上に厳しい運動神経だ。
同じく徒歩になっていたリコリスちゃんが駆け寄り、シエスタちゃんを助け起こす。
しかし、そんなことをしている間に他のプレイヤーたちが妨害を突破して迫ってくる。
「ま、まずいぞハインド! どうする!」
「ゆ、ユーミルはシエスタちゃんを急いで拾ってきてくれ!」
「わ、分かった!」
ユーミルが馬首を巡らせ、シエスタちゃんの下に走る。
間に合わ――ないか、突破してきた人数が多い上に樹木精霊も遅くなっている。
俺はここまで、攻撃を我慢して待機していたトビへと視線を巡らせた。
「……仕方ない。トビ、もう採っちまえ!」
「あれ、いいのでござるか?」
「折角の銀林檎だもんよ。このままむざむざ他人の手に渡すくらいなら、貰っておこうぜ」
「……承知っ!」
シエスタちゃんよりも大分スムーズに鞍の上で体勢を変えると、トビの姿がその場から掻き消える。
次いで、『縮地』によって入り組んだ木の上側に出現。
空中で綺麗に体を捻り……枝を掴んで一回転した後、着地。
その手にはしっかりと銀色に輝く林檎が握られていた。
「おー、珍しくイケメンムーブ。やるじゃないか、さすが体操部に勧誘されるだけあるな」
「本当ですね、珍しい」
がっかりした様子で散っていく他のプレイヤーたちを尻目に、俺とリィズはトビの近くで馬を降りた。
ほとんど争奪戦から締め出されたこともあり、フィールドを去っていくプレイヤーたちも何人かいるな。
単にゲームを終える時間になったという可能性もあるが……あのちょっと恨めしそうな顔を見る限り、どちらかといえば別のフィールドに向かったような雰囲気だ。
「あ、あの? お二人とも? そこは素直に褒めてくれていいのでござるよ……?」
「お前のことだから、転倒芸の天丼をしてくれるものかと」
「転ばないのですね……それはそれで残念です」
「いや、褒めてよ!? 何なの、この兄妹! 拙者のことを何だと思っているの!?」
「……」
「……」
「せめて何か言って!?」
言葉にしないほうがいいこともある、きっと。
そんな訳で、銀林檎はトビが取得。
シエスタちゃんに関しては……とにかく試行回数を、ということで今の体制を続行。
それからはまた、ユーミルの勘に任せたサーチへと戻る。
何度か外した後、とうとうその瞬間がやってきた。
「そこだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ユーミルが馬上で手を伸ばした先、ドンピシャで精霊出現の光が収束する。
そしてその腕を引き寄せると、そこには金色の光を放つ林檎が手の中にあった。
出現した樹木精霊は、一瞬だけ金林檎がある時と同じように異常に加速した後、通常速度へと移行した。
と、採るのが早過ぎて変な挙動に……。
「よぉぉぉし、採ったぁぁぁぁっ! 林檎ぉぉぉぉっ!!」
「あのー……ユーミル先輩?」
「む? 何だ、シエスタ?」
「私は別にいいんですけど……それ、先輩に怒られるんじゃ?」
そんな会話が聞こえてくる中、俺は二人の傍に駆け寄った。
そして息を肺一杯に吸うと、思いっ切り叫ぶ。
「お前が採ってどうすんじゃあああああ!! しかもよりにもよって金!? 金!? 勝敗に直結する金だぞ!? 金んんんんっ!」
「怒られた!?」
「ほらぁ……」
「凄いけど、確かに凄いけど! 正直、今の神技じゃないか!? びっくりした!」
「今度は褒められたぞ!? ど、どっちなのだ?」
「半々ですかねー」
二人で組ませた意味が全くない、そんなユーミルによる金林檎の取得だった。
金林檎を手に右往左往するユーミルの下に、俺よりも少し遅れてみんなが集まってくる。
どうしてこうなるんだ……。
「くっ……でもまだ、今日の内に何とか一個……一個だけでも、シエスタちゃんに……!」
「……何か、私より先輩のほうが熱くなっていません? ありがたいっちゃありがたいですけどー。でも――」
「――あーっ!」
突然上がった声に、驚いて俺たちは視線を向けた。
すると……。
何人かがフィールドから出て行ったのと入れ替わるように、女性ばかりの集団――ギルド、ガーデンの面々の姿がそこにあった。




