争奪戦・アリンガ岬 その1
まったり生産メインの止まり木が、今回イベントへの参加を決めた理由は二つ。
一つは、この収穫祭イベントが生産活動の成果に直結する要素を含んでいること。
「レアではないノーマルの林檎を田や畑の近くで多く捧げると、一定期間収穫量が上がるとのことなので」
「ああ、あのべらぼうに目標数が遠いアレですか……」
「ええ、べらぼうに目標数が遠いアレです。折角の機会ですから、狙ってみようかと」
別にその要素を忘れていた訳ではない。
単に、俺たち八人だけでは達成できそうもない数だったので無視していただけだ。
しかし、止まり木のみんなが参加するとなると話は変わってくる。
「それと、私たちも素材探しのお手伝いを。お布団を六十点と言われたのが悔しかったので……」
「それは俺もです」
「ですよね」
「ええ」
「……」
「……」
無言で握手を交わす俺とパストラルさんに、リィズが一瞬反応する。
これは単に裁縫を嗜む者同士のシンパシーである。他意はない。
そういった形で一つ目の理由はともかく、二つ目はシエスタちゃんの布団のためということになるが……。
「元々、止まり木は渡り鳥さん、ヒナ鳥さんたちを応援するための組織ですからな。異存はありませんとも。なあ、ばあさんや」
「ええ、ええ、もちろんですとも」
というバウアーさん、エルンテさんの言葉に始まり、
「パスティちゃんが言うならじじいどもは従うさ」
「ハインドちゃんたちにも、いつも孫たちが美味しいものを食べさせてもらっているしねえ」
「りんごがり、いきたーい!」
おじいさんズ、おばあさんズ、子どもたちとそれに続いた。
以上が、数十分前に止まり木のギルドホームで話した大体の内容である。
そして現在、俺たちは今日の発生率上昇フィールドであるマールの『アリンガ岬』に来ているのだが。
「必然、こうなるよな……」
増えた人数、そして同時入場にギルドの同盟・提携状態。
止まり木の全員ではなく一部の元気な老人たち、それから子どもたちという構成ではあるものの……。
対面にそれなり以上の規模のギルドを呼び込んでしまう条件は全て整っている。
「む、何だかいつもより人が固まっているな」
「そりゃそうだ。俺らが集団で入った以上、他も集団になるってシステムだからな。前に説明しただろう?」
「そうだった!」
周囲の状況に疑問顔だったユーミルも軽くつついたら思い出したので、再度詳細に説明する必要はなさそうだ。
ここも中規模のフィールドなので、定員は二百人だろう。
集団の数はざっと見たところおおよそ五つ……あ、今新しい集団が増えたな。
これで六つか、どれも三十人から四十人といったところ。
俺たちも子どもたちが十、大人たちも十くらいずつなので大体三十人ほどの集団だ。
ここは生成されたばかりのフィールドなのか、まだ樹木精霊の姿は見えない。
「しかし……ハインドさん」
今度はリィズが辺りを見回しながら歩いてくる。
降りた馬はサイネリアちゃんを中心にフィールドの隅に――リィズの視線は、崖の少し先に見える海へと向いた。
このフィールドに砂浜はなく、岬の名の通り海に丘がせり出している地形だ。
「こんなに潮風に晒されていると、木の種類によっては枯れてしまいそうなものですが」
「そこは、ほら。この大陸中を駆け回る精霊さんだしな……」
「……そうでしたね」
まだ出現していない樹木精霊の姿を思い出してか、リィズが小さく口元を引きつらせる。
これまで生命力溢れる全力疾走を見せている樹木精霊には、潮風などあまり関係なさそうだ。
もっと言うと先日は寒いベリの湖だったし、更にその前は砂漠だったしな……。
フリーダムに動き回る樹木精霊の話題に対し、ユーミルが腕を組みつつ首を傾げる。
「そもそも、あの樹木精霊はどういった存在なのだ? 現地人のみんなも当然のように林檎を乱獲しているが、特に問題は起きないのか?」
「私も先程知ったのですが……樹木精霊の林檎は通常の果実とは違い、大地から取り込み過ぎたエネルギーの結晶で、それを採るのは精霊にとってもいいことだそうですよ。枝葉の剪定のようなものだとか」
リィズがそうユーミルに説明して聞かせる。
さっきパストラルさんと二人で話していたので、きっとその辺りで得た知識だろう。
俺はイベント序盤でセレーネさんから聞いたな……そういった繊細なところに早期に気が付いて心配するのは、実にセレーネさんらしい。
「む……だったらどうしてあいつらは逃げるのだ? グイグイ来られると、逆に逃げたくなっちゃうのか? 恥ずかしがり屋さんなのか?」
「そんな複雑な恋愛心理みたいに言われてもな……そして実際にグイグイ来んな。近い」
「樹木精霊は逃がしても、お前は逃がさないからな!? 絶対に!」
「逃げてないだろ!? 腕を掴むな!」
照れを誤魔化すようにユーミルの異常に整った顔を手で遠ざけると、リィズが更に体当たりをかます。
樹木精霊の場合は……ああ、そうそう。
「――単に実った林檎を振り落とすために走っている説、大地が枯れている場所を目指して走っている説、人間をからかっているだけなど……諸説ありますね」
「……だそうだ。実質、真偽不明ってことになるが――説明どうもです、パストラルさん」
「いえいえ」
茶髪に青のメッシュという派手な髪色の少女が顔を出す。
星のピアスに杖は金属製、ちょっと濃いめのアイラインに、体のラインが出る少しタイトなドレス。
クラシカルな魔女スタイルのリィズと並ぶと、少し世界観の違った魔女といった趣のある格好だ。
「パスティ、装備を変えたのか? 格好いいな!」
「ありがとうございます、ユーミル。さすがに農作業用の装備のままでは戦えませんので」
「はー、なるほど。完成形はそうなるんですね。確かに格好いい」
作っているのは知っていたが、この目で見るのは初めてだ。
パストラルさんが少し照れたように、俺に会釈を返してくれる。
「……? ハインドさんが作ったものではないのですか?」
「いや、手伝いだけ」
小首を傾げるリィズにそう答える。
布団作製を手伝ってくれていることからも分かるように、彼女は裁縫が得意だ。
コスプレ衣装がその源泉というのはさっき知ったばかりだが……。
ユーミルがきょろきょろと周囲を見回し、こちらにぞろぞろと合流してくる止まり木の面々に目を止める。
「そういえば、チビたちやじいばあズの装備も新しくなっているか? そっちもパスティなのか?」
「あ、そっちは……」
「それは俺とご婦人たち。金属関係はもちろん、セレーネさんと俺」
「……だって、ハインドさんの裁縫速度は熟練者のおばあちゃんたちよりも凄いんですよ? 私だって丁寧さには自信がありますけど、ハインドさんのような速度との両立となると、とてもとても………………はぁぁぁ……」
私の存在価値ってどこにあるんでしょうね? と、パストラルさんが屈み込んで地面を指で弄り始める。
それに思わずといった感じでユーミルとリィズは顔を見合わせ、お互いに不快そうな表情になる。
実はちょっと落ち込みやすいんだよな、パストラルさん……どうやら二人は知らなかったようだけど。
そういうパンクな格好でナーバスになっているのは、中々にギャップを感じさせる光景ではあるな。
えーっと……ど、どう慰めればいいんだ?
「ま、まあ、パストラルさんがいないと子どもたちも一部のご老人たちも動きませんから……な、なぁ? ユーミル」
「そ、そうだぞパスティ! 求心力、求心力だ!」
「え、ええ。いつも、年齢がバラバラな集団を統率しているのは見事だと思います」
「……そうですか?」
体育座りになっていたパストラルさんが少しだけ顔を上げる。
感情の起伏が激しいというか、そこが彼女の唯一の弱点だと思う。
こういうときに頼りになりそうな、身内のバウアーさんたちは――って、井戸端会議してるっ!? 駄目だ、全然こっちに気付いてねえ!
し、仕方ない……ここは激励を続行するしか。
「土・水属性の魔導士も、俺たちの中にはいませんし!」
「そ、そうだ! 私たちにはできない攻撃の数々、期待しているぞ!」
「ぱ、パストラルさんの知識量ならば、的確な攻撃を期待できそうです!」
「――そうですかっ!?」
「そうでござるよ! 可愛い魔女っ娘は味方に多いほど良い! 多くて損をすることは決してないでござるっ!」
「ああ! 俺もそう思……え?」
「む?」
「……はい?」
……どっから生えた、この忍者。
こいつの低いステルス能力で接近に気が付かなかったということは、どうもパストラルさんを励ますのに夢中になってしまっていたらしい。
ついさっき、どういう訳かご老人たちの井戸端会議に混ざっているのが見えたし。
イラッとした様子のリィズに睨まれて小さな悲鳴を上げてから、トビが俺を盾にするように背後に回ってくる。
「は、ハインド殿! そ、それよりもあれ! あっち!」
「あっち?」
「セレーネ殿のほう!」
トビが指差したほうを見ると、セレーネさんがやや恥ずかしそうに縮こまりながら手を振っていた。
ヒナ鳥の三人、それから数人の子どもたちも一緒だ。
同じように手を振りつつ手招きをしつつ、今しがたのトビのように何かを指し示している。
「む、ハインド!」
「ああ。行こう!」
俺が背後のトビの肩を叩き、ユーミルとリィズはパストラルさんを助け起こすと、各自武器を手に駆け出した。
どうやら、樹木精霊たちのお出ましのようだ。




