最上の寝具を目指して その1
「……どうですか?」
「うーん」
シエスタちゃんがモフッ、モフッ、と両手で押して感触を確かめてから顔を埋める。
場所は農業区内に存在する止まり木のホーム、傍で見守るのはパストラルさん。
「そうですねー。先輩の膝枕を百点満点とするとー」
「は、はい? えっと……?」
パストラルさんが困り顔でこちらに視線を送ってくる。
バタバタと後ろを子どもたちが歓声を上げながら走って通る中、俺は黙って頷いた。
とりあえず最後まで聞いてあげてください、という意味を込めて。
それが伝わったのか、パストラルさんが戸惑いつつも先を促す。
「は、ハインドさんの膝枕を百点満点とすると?」
「六十点くらいですかねー。まあまあ? 前よりはいいです」
ちなみにこれは、新作布団の試作品の評価である。
今日までに得た布製品に使えそうな素材を用い、パストラルさんと俺が共同で改良したものだ。
シエスタちゃんによる辛めの評価に、パストラルさんが考え込むように顎に手を添えた。
俺はまだ布団の感触を確かめているシエスタちゃんに声をかける。
「結構厳しめなんだね?」
「そりゃそうですよ、先輩。お布団ですよ? そして私ですよ?」
「……具体的なことは何も言っていないのに、妙に説得力があるなぁ」
今夜はシエスタちゃんに早めにログインしてもらい、布団の改良についての相談をしている。
そして、この場にリィズがいなくてよかったと心から思う。
ピクニックに行った際のことならともかく、過去にゲーム内でシエスタちゃんに膝枕したことを知ったら――
「へえ……では、このお布団が完成した暁には、シエスタさんがハインドさんにベタベタする必要は一切なくなるのですね?」
……!
背後から届いた低く抑えた声に、俺とシエスタちゃんはびくりと震える。
気が付くとそこには、リィズが冷めた目でこちらを見て立っていた。
「り、リィズお前……いつからそこにいたんだ?」
「シエスタさんが布団に顔を埋めた辺りからです」
「ほとんど最初からじゃーないですか……わざわざ色々と非通知にして潜んでいたんですか?」
シエスタちゃんの言葉を裏付けるように、メニュー画面を操作しながら近付いてきたリィズの頭上、それからミニマップ内などに次々と目印が表示される。
答えは口にするまでもないようだった。
そのままリィズは、シエスタちゃんの目の前まで来てから止まる。
「抜き打ち検査です」
「……それは先輩の?」
「いいえ、あなたの」
「私ですかぃ……分かっていましたけど……」
「ええ。私、ハインドさんには全幅の信頼を寄せていますので」
「さいですか……およよー」
リィズのにべもない態度に、シエスタちゃんがわざとらしく袖で顔を覆う。
それからずりずりと座ったままの体勢でこちらに寄ると、俺の腹の辺りに顔を押し付けた。
「先輩、妹さんが私を全然信用してくれなーい! 私は悲しい!」
「そういうことをするから信用されないんだと思うけど……」
「全くです――んっ!」
リィズがシエスタちゃんをさっさと引き剥がして正座させる。
当たり前だが、その顔に涙などは一滴も流れていない。
シエスタちゃんはけろっとした表情で視線を巡らせると、先程から俺たちの行動に無反応だったパストラルさんのところで目を止めた。
「そういや、パスティは裁縫得意なんですか? いつの間にか手伝ってくれていますけれど」
「――え?」
布団の改善について考えていたのか、パストラルさんが驚いたような顔でシエスタちゃんを見返す。
リィズはパストラルさんの前で怒りを維持する訳にもいかないと判断したのか、小さく舌打ちしてからシエスタちゃんから距離を取った。
上手く逃げたな……。
そこから数秒遅れて、パストラルさんは耳には入っていたらしい言葉の内容を思い出すようにしてから、ようやく口を開いた。
「あ、そ、そうですね。私、実はコス――」
「……こす?」
「あ、い、いえ! お、おばあちゃんが裁縫得意なので、色々と教わっていて!!」
こす……?
俺の勘違いでなければ、今パストラルさん“コスプレ”とか言いかけたような気がしたが。
この共同製作は彼女のほうからの申し出で、何かいい素材がないかと相談した際に裁縫が得意だという自己申告があった。
その言葉に嘘はなく、目の前にある試作品の製作に当たってはかなり楽をさせてもらった。
「ふーん……」
シエスタちゃんは興味があるのかないのか、しどろもどろなパストラルさんに微妙な返事をする。
それを見てパストラルさんがほっとしたような表情になった瞬間、シエスタちゃんがにへっと笑う。
「――で、一番最近はどんなキャラのコスを作ったんです? アニメ? ゲーム?」
「それはもちろん、前クールにおける覇権アニメの大魔法使い! 黒の……ハッ!?」
簡単に乗せられ、パストラルさんがその覇権アニメにおけるキャラクターに似たポーズの途中で目を見開く。
ちなみにそのアニメ、俺も知っているくらい知名度があり――相変わらず、パストラルさんのそれは子どもが砂浜に作ったお城よりも脆い防波堤である。
秘密にする気が本当にあるのか、時折疑問になるレベルだな。
「も、もう! シエスタっ!」
「あははー。パスティは見た目に全然合っていない素直さですよねー」
言葉と共にシエスタちゃんは、ちらりとリィズに目を向ける。
妹さんと違って……という言葉が聞こえてきそうな視線だ。
もちろんリィズは、そんなものは完全に無視してパストラルさんに言葉をかける。
「パストラルさん」
「な、何でしょうか?」
「いいではありませんか、コスプレ。誰に迷惑をかけるでもなし、ここにはそれを馬鹿にするような人もいませんし」
「そ、そう……ですかね?」
照れたような表情のパストラルさんの後ろで、試作品の布団に子どもたちが転がって入っていく。
あーあー、皺くちゃに……。
シエスタちゃんが同意するように鷹揚に頷く中、リィズの言葉は続く。
「ええ。ですから、その技術を存分に活かして一刻も早く布団を完成させてください。私が、シエスタさんをそのお布団の中に封印しますので」
「ふ、封印!?」
パストラルさんが困惑と中二ワードたる「封印」との板挟みになり、視線を彷徨わせる。
そして結局封印というワードに負けたのか、急に口元が楽しそうな形に緩む。
簀巻きにして鎖を巻き付けて、仕上げにお札を貼ればそれらしくなるかも……などと、本気で『封印布団』なるものの作製を検討し始めた。
……シエスタちゃんは邪神か何かなのか? お昼寝魔神?
「あのー……妹さん?」
「何ですか? シエスタさん」
「さっきも布団の完成で私が満足するようなことを言っていましたけどー」
「はい」
「――さすがの私も、どれだけ凄いお布団ができ上がったとしても、それが先輩の代わりにはなるとは思っていませんよ?」
「……えっ?」
「……えっ?」
そんな馬鹿な! というリィズの表情に、シエスタちゃんも似たような表情になる。
何だ、このやり取り……。
「――本格的な封印となると、布団を安置する場所が必要になりますね。洞窟……いえ、神殿と祭壇のほうがTBの世界観に合って……」
パストラルさんはパストラルさんで、思考があさっての方向に暴走している。
神殿の奥、祭壇の上にお布団を設置?
パストラルさん……考えようによっては、それはもうただの『ベッド』なのでは……?
やがて鳥同盟の全員が集合したものの、俺たちはまだイベント攻略に行かずに止まり木のギルドホームに留まっている。
理由としては、パストラルさんから話があるということで……。
「全員揃ったぞ、パスティ! 話というのは何だ?」
せっかちなユーミルがパストラルさんに話を促す。
止まり木のメンバーもパストラルさんの祖父母であるバウアーさんやエルンテさんを始め、大人たちが徐々に集まってきている。
そんなメンバーたちの間で、少し前まで止まり木は何事かを相談していた。
パストラルさんは年寄りたちと視線を交わし合い、頷いてからこちらに向き直る。
「はい……実はですね――」
「おねえちゃん、おなかすいたぁぁぁ!」
「おかしのお兄ちゃん、おみやげはー?」
「実は――」
「ゆうしゃちゃん、あそんでーっ!」
「あー、のくすがにげちゃうー!」
「にんじゃー、ちゅうがえりやって! ちゅうがえり!」
「じつ、は……」
子どもたちの声に何度も言葉を掻き消され、パストラルさんが震え始める。
爆発が近いことを察してか、子どもたちが急に黙る。
この場に連れて来ていたノクスとマーネもそれぞれ、俺とシエスタちゃんの肩に戻ってきた。
おお、子どもたちが学習している……。
「すー、はー……はぁぁぁぁ。もう、勿体つけずに言っちゃいますね……」
怒りを鎮めるためか、深呼吸後の溜め息と共にパストラルさんが苦笑する。
その保育所もかくやという状態に、俺たちも苦笑を返すしかない。
「鳥同盟の皆さん。今回のイベント、私たち止まり木も参加しようと思うんです。ご一緒させていただけませんか?」
「――おおっ!?」
パストラルさんのそんな言葉に、ユーミルが驚きと喜びの混じった声を上げた。




