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椿の攻略データ

 自室に戻ると、机の上に置いたスマートフォンの通知ランプが点滅していた。

 確認すると、どうもメールやメッセージなどではなく電話による着信のようだ。


「……愛衣ちゃんから?」


 着信時間を見ると数分前になっていた。

 あまり間が空き過ぎると性格上、出ない可能性が増すか。

 ということで、即座にこちらからかけ直す。

 すると……。


「……出ないな」


 十コール分ほど鳴らしたが、応答はなかった。

 仕方がないので、一旦スマートフォンを置いて別の作業をしていると――着信音が鳴る。


「お……はいはいっと――あ、愛衣ちゃん?」

『ふわぁーい、せんぱーい』


 返事ともあくびともつかない声で、愛衣ちゃんが言葉を返してくる。

 ものぐさな愛衣ちゃんが単独で連絡してくるとは珍しい。

 大概、小春ちゃんか椿ちゃんの連絡に便乗という形なのだが。


『愛衣ですよー』

「うん、電話に出られなくてごめん。部屋にスマホを置き忘れていたよ……で、どうかしたかい?」

『何だと思いますー?』


 質問に質問で返されてしまった。

 しかし、電話に出られなかったのはこちらの落ち度だ。

 少し待つように言ってから、椅子に腰かけて考える。

 椿ちゃん発で、愛衣ちゃんが連絡しなければならない話というと……。

 やはり、TBのイベント関連だろうか?


『当たったらこの場で、私の子守唄をご進呈ー』

「いや、今はまだ昼間だよ? 夜ならまだしも……」

『じゃあ、私にモーニングコールする権利を差し上げます』

「それ、俺は何も得していないよね?」


 当ててほしいのかほしくないのか、愛衣ちゃんはこちらの思考を妨害するように言葉をかけてくる。

 愛衣ちゃんの子守唄……何だろう、物凄く効きそうでちょっと興味が湧くが。


「……普通に考えて、TBのことかな? 乱入NPCに関する相談とか、まだ半端になったままだし」

『先輩、大正解ー。実は椿に連絡するようにせっつかれましてー』

「……そんなことだろうと思ったよ」

『わははー、はぁー……』


 愛衣ちゃんの笑いは途中で失速し、溜め息へと変わった。

 どうした? 


『にしても、何でこんなことになっているんですかねー。本当なら、イベントに緩く参加しつつ、お布団の素材を集めるだけでよかったのに……』

「あー、まあねえ……今回、誰かが特定のイベント報酬に反応していた訳でもないしね……」

『それもこれも、全部田中が悪いです。はぁー……』


 ……そういや、布団の素材も集めないとだよな。

 イベント攻略のついでにやっている探索とは別に、掲示板で情報を集めたり――場合によっては、自分から情報を募ってみてもいいな。

 愚痴が多いながらも愛衣ちゃんは頑張っているし、後でこっそりやっておくことにしよう。


「で、具体的にはどういう話なんだい? 情報交換? それとも戦術相談?」

『えーと、それなんですけど。TBの話と実はもう一個、現実でのお話がありましてですねー。TBの話が終わったら、そっちも聞いてもらえます?』

「……うん? もちろん、聞くけれど……」


 もう一つ……? 何だろう?

 気にはなるが、愛衣ちゃんなりの話の順序もあるだろうし、黙って言葉の続きを待つ。


『じゃー、先にTBのお話から行きますねー。まずは椿が乱入NPCに関する情報をまとめてくれたので、データを……先輩、パソコンってすぐに起動できます?』

「ああ、大丈夫」

『でしたら、パソコンの音声チャットで話しましょー。こっちで通話し過ぎると、料金がかさんで親に怒られるのでー』

「あ、ごめんね、気が回らなくて」

『いえいえー』


 まー、よっぽどじゃない限り、私はあんまり自分から電話しないんですけど――という愛衣ちゃんらしい言葉を聞きつつ、PCを起動する。

 程々のところで通話を切り、PCを起動して準備完了。

 ボイスチャットと言いつつ、小春ちゃんに編み物を教えていた時のように映像付きで通話がつながる。

 ほとんど机に寝そべっているな。

 顔は見えるので、映像付きの意味は一応あるが。

 ゆったりした服を着ていて、いつでも眠れます! みたいな状態だが……きっとこれが普段通りの部屋着なのだろう。


『で、何でしたっけ……映像共有? 画面共有? みたいな機能がありますよね?』

「あるね」

『今から椿がくれたデータを出しますんで、まずはそれを一緒に見てください。例によって攻略サイトは情報更新が追っついていないらしーので、情報源は掲示板が主体だそうです』


 前に秀平がまとめてくれた、掲示板の切り抜きのようなものだろうか……?

 そう思って画面を見ていたのだが、次いで表示された椿ちゃん製のデータは、そんな予想を軽く上回ってきた。




 掲示板で発見が報告された有名NPC、国別一覧です

※上に行くほどランクが高く、出現率が低いと思われます!


(ベリ連邦)

連邦元帥・ラルフ ※私たちが戦った相手で、掲示板でも話題に上っていました!

連邦少将・マッド ※ラルフに次ぐ実力者、との噂です

参謀本部大佐・コルソ ※詳細不明ですが、戦闘向きな人物ではないとの情報が

先任軍曹・イセベルグ ※小隊指揮能力が高く、必ず部下たちを率いて出現するとのこと

新人兵士・グレイシャー ※HPを減らすと潜在能力を発揮するそうです。ティオ殿下のような成長型との噂も……


(サーラ王国)

※サーラについてはおおよそご存知かと思いますが、未見の二名もいますので念のため

女王・パトラ ※言わずと知れたTB随一の大魔導士ですね。常軌を逸した範囲魔法が非常に強力です

戦士団団長・ミレス ※高い身体能力を有しており、指揮もお上手です(指揮能力については、もしかしたらハインド先輩やカクタケアのスピーナさんによる軍事教練の影響かもしれません)

聖女・ティオ ※回復能力が高く、位置取りが良いため周囲の親衛隊を退けることが非常に困難です(こちらは特にハインド先輩の影響が強いように思えます)

南方部族長・クラーテル ※強力な火属性が付与された、独自の武器を使う部族の長です。同族と共に出現します

キャラバンリーダー・ロカ ※こちらも詳細不明ですが、金銭を支払うことで撃退扱いになるという噂が……

    ・

    ・

    ・




 このようにまず一覧があり、しかも簡単ながら注釈が付いている。

 続けてその下部には参考にした掲示板のレスがいくつか載せてあったり。

 端的に言うと……。


「わ、分かりやすい……それもかなり……」


 秀平のそれとは一線を画す内容だった。

 同じ授業で書き取りをしていても、その人によってノートの見やすさが全く違うような――例えるなら、そんな感じだ。


『ねー、馬鹿丁寧ですよねぇ……ちょっとやり過ぎなくらい?』

「馬鹿は酷いんじゃ……しかし、これは凄いよ。自分でも後で確認しようと思っていたけど、これを見ると必要ないなって思うもの」

『ただ、この掲示板のレスの切り抜きはやり過ぎかなーって思います。削ぎ落し過ぎっていうか、切り詰め過ぎっていうか』

「そうなの? ……あー、確かに。言いたいことは分かる」


 言われてみれば、椿ちゃんのデータは掲示板などの流れは無視して情報だけを抜き出している感じだ。

 非常に分かりやすく見やすく、短い時間で目を通すことができる優れモノではあるのだが。

 とても出来の良い調査結果書だったり、報告書を見ている気分。

 その点、秀平は前後のレスを入れたものを送りつけてくるので、他のプレイヤーの状況や心情なども伝わってくるという利点がある。

 要点だけに絞って見た場合、それらはただのノイズになりかねない情報ではあるのだが。


『ということで、ですねー』


 ごろん、と愛衣ちゃんが転がって体を起こす。

 ちょ、こぼれるこぼれる! 胸元!

 ドキドキというよりはハラハラしている俺に対し、本人はノーリアクションで――いや、わざとか!?

 前にもあったな、似たようなことが! とにかく平常心、平常心……。

 やがて愛衣ちゃんは動いた拍子にずれたヘッドセットを直し、にへら、という緩い笑みと共に親指を立てる。


『私が椿の抽出したレスの前後にある、面白系のレスを拾って足しておきましたんでー。今度はそれを一緒に見ましょーぜぃ、せんぱーい』


 そんな言葉と共に、共有している愛衣ちゃん側のPCの画面内にレスの塊が表示された。

 椿ちゃんが抽出したものの前後、かぁ……。

 やった作業が最低限の労力で済むコピペだけな辺り、非常に彼女の性格が表れている。

 それでも、愛衣ちゃんがわざわざそんな手間をかけたということは……?


「……ちょっと嫌な予感がするんだけど? 見なきゃ駄目?」

『まーまー、そうおっしゃらずに』

「……」


 愛衣ちゃんに促され、視線をカメラ映像からレスの表示された画面に向ける。

 間違いなく、俺たちのことがピンポイントで書き込まれているんだろうなぁ……ヤダなぁ……。

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