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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
至高のお布団

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こたつとゲームと団欒と

 二頭身の体をドットで表現されたキャラクターが、平面的なマップを移動していく。

 やがて茶色っぽい洞窟内の奥に、六マスほどを占領するモンスターが表示される。


「おー、懐かしい……」


 確かこいつは主人公の肉親の仇で、ゲーム内で何度も戦うことになる相手だったはずだ。

 巨体で異形の存在ながら知恵があり、言葉も話す。

 このドット表現から俺は必要以上に恐ろしい形相を想像してしまい、当時は非常に怖がっていた記憶がある。

 それから――


「おお、このBGM……これこれ」


 意図的な不協和音が混ざった、不気味な音楽。

 今の高精細なゲームにはない、独特の味が昔のゲームには確かに存在している。

 使える映像にも音にも制限があるからこそ、それを最大限に利用してプレイヤーの心に訴えかけてくる。

 そして最終的にそれを補うのは、昔の俺がこの怪物に対して抱いていたような……プレイヤーの「想像力」だ。


「……よーし、やるか!」


 レベル上げにかけた時間は少しだが、今の俺なら当時は考えつかなかった戦術も使用可能だ。

 操作している自キャラをボスにいよいよ接触させる――そんな時だった。


「兄さん?」

「おっ? ……理世か。勉強は終わったのか?」


 理世が和室のふすまを開けて入ってくる。

 俺はコントローラーを置き、理世を手招きしてから用意しておいたお茶を注ぐ。

 理世は手招きに応じてゆっくりとこちらに寄りつつも、部屋の中の様子を見回している。


「今日の分は終わりました。……こたつを出したのですね?」

「ああ。まだ秋だけど、もう寒くなってきたからな」


 リビングで椅子に座って使える脚が長いこたつもあるのだが、やはりこちらのほうが落ち着く。

 真冬にはまだ遠く、定番の蜜柑などは用意できていないが……。

 どうも、ゲーム内――TBで、凍った湖などという場所にいたせいもあるような気がする。


「いいと思います。もう手先や足先は、朝晩になると冷えるようになってきましたし……」

「理世は冷え性気味だからな……風邪とかひかないように、気を付けろよ?」

「はい。ありがとうございます、兄さん」


 柔らかな笑みと共に、理世が俺の隣に腰を下ろす。

 そして、もぞもぞと足をこたつに半ばほど入れたところで――笑顔と動きが固まった。

 再起動するとこたつ布団をめくり上げ、眉根を寄せた表情で中を覗き込んで確認する。


「……未祐さん……いたのですか……」

「完全に寝ているけどな……」


 未祐の引き締まりつつも柔らかな脚が、やや邪魔な感じで反対側から伸びている。

 無駄に長い脚をしているから、そりゃつっかえるよな……。

 理世はそれに眉をひそめつつ、起きない程度に適当に未祐の脚を蹴っ飛ばしてスペースを確保する。


「……ちっ。折角の兄さんとのこたつめの、先を越されてしまいましたね」

「何だよ、こたつ初めって……? あ、いや、説明せんでも意味は何となく分かる」


 書初かきぞめみたいなものだろう、要は。

 今年の頭にも、こたつは置いてあった訳だが……シーズン最初のこたつ入りを「こたつ初め」と、きっと理世は定義して――何で俺は、こんなことを真面目に考察しているんだ?


「あー、でも、理世は部屋で勉強していたんだから仕方ないんじゃないか?」

「そうですね……勉強は兄さんと私の未来のための布石ですから、怠けるわけにもいきませんし」

「言い方にやや引っかかりは感じるが、その考え方はものすごーく偉いと思うぞ」


 勉強は未来への布石、かぁ……。

 これを口にして実際に行動に移せる人は、かなり稀だと個人的には思う。

 どうしても家にいると遊んだり、サボったり、そこまで酷くなくとも後回しにしたくなるものな。


「……そんな理世にはご褒美のチョコレートをやろう。減った糖分を補給せい」

「ありがとうございます、兄さん」


 お茶請けにしていた小さな包みのチョコを二つほど渡すと、受け取るついでに理世が体を寄せてくる。

 ……褒めたタイミングでそう来られると、駄目だと言い難いな。

 甘え上手というか、機転が利くというか。

 まだちょっとひんやりしている理世の体温をあまり意識しないようにしながら、寝ている未祐へと目を向ける。


「――こいつもさっきまでは起きて、雑談しながら俺のゲームを見ていたんだが」

「そうですか……兄さんの傍にいると揺り籠の中や滝の近く、静かな森の中もかくやという癒し効果を得られるのは確かですが……」

「い、いや、そういうんじゃなくて。単純にこたつの力だろう?」


 理世が俺に対してリラクゼーション機器か何かのような扱いをしてくるが、それはきっと未祐の眠りとは関係ない。

 と、そこで理世がつきっぱなしのゲーム画面に注目する。


「おや……? そういえば、随分と古いゲームをやっていますね」

「うん、父さんの形見。こたつでレトロゲームってシチュエーションは最高だしな……はー、落ち着くわー」

「は、はぁ……その気持ちは、残念ながら私には分かりかねますが。しかし、どうして急に……?」


 理世がこたつに収まったところで、お茶を差し出してコントローラーを握り直す。

 ボスとの戦闘は既に始まっているが、ターン制バトルのRPGなので慌てる必要はない。

 ゲームを再開しつつ、俺は少し考えながら理世の問いに答えを返し始めた。


「んー……簡単に言うと、TBの影響なんだが」

「TBの……?」

「ああ。このボス、本当はこの段階で撃破するボスじゃないんだ」

「……?」


 さしもの理世も、まだ話が見えてこないのか首を傾げる。

 順を追って話すと……


「これはゲーム的に言うと、いわゆる負けイベントってやつでな。負けてもゲームオーバーにならない、そのままストーリーが進行するっていうものなんだが」

「プレイヤーの行動如何に関わらず、最初から勝敗が決まっているということですね?」

「そう。でも、こいつに関しては工夫すれば昔から“倒せる”っていう噂というか、話があってさ」

「……なるほど。話が見えてきました」


 この超速理解、さすがは我が妹――というか、理世である。

 逆にこっちの邪魔な脚の持ち主は理解までに軽く倍以上の説明を要するので、三人で話している時は会話が長めになるのだが……それはともかく。


「つまり、兄さんは負けイベントを覆してみたくなった訳ですね。TBの影響というのは……あの乱入NPCの件でしょうか?」

「うん、そういうこと。到底勝てない、無理っていう相手に何度も何度も挑んでいく……そういうのも、ゲームの醍醐味だよなぁと思ってさ。前々から、心残りだったこのゲームのこいつを倒したくなってな」


 敵の攻撃でパーティメンバーのHPが赤く表示される。

 しかしギリギリで戦闘不能には至らず、回復が入ってターンが経過。

 乱数によっては戦闘不能になってしまうが、根気よくダメージを強大な敵に与えていく。

 ……まさかあの防具に、隠しステータスがあるなんて気が付かないっての。

 額面上の防御力は微妙なので、普通にスルーして一撃死させられていたなぁ。


「……まあ、オンラインゲームのTBにリセット機能はないし、正確に言うと影響を受けたのは――乱入NPCっていうか、未祐のメンタルな。凄いよな?」

「……そこには、あえて触れなかったのですが。そうですね……ちっ」

「うん、舌打ちすんな? 褒めるところは素直に褒めようぜ……」

「嫌です」


 理世が即答したところで、ゲーム内の回復アイテムの底が見えてくる。

 いけるか……?


「……そこだぁ!」

「あいだっ!?」

「勝てるぞぅ………………むにゃ…………」

「こいつ……」


 急に脚に衝撃が走ったのは、どうやら寝ぼけた未祐が蹴りを入れてきたかららしい。

 未祐が寝ているほうに置いてあるゲーム機本体は……あー、バグったりはしていないか。

 昔のゲーム機は衝撃に弱いからな……小さいころは、何度それに泣かされたことか。

 中でも、母さんの掃除機は特に強敵だった。


「……兄さん。未祐さんの首筋に、氷でも入れてやりましょうか?」

「やめてやれ。心臓に悪いし、それこそ跳び起きられたらゲームが止まっちまう……」


 未祐の勢いだと、こたつごと引っくり返されそうで怖い。

 不幸な事故が起こる前にと、しばらくゲーム画面に集中する。

 やがて幾度も繰り返した主人公の通常攻撃がボスにヒットし……。


「おっ」


 画面中央に鎮座していたボスの絵があっけなく消え、戦闘に勝利したとのテキストが表示される。

 それをぼんやりと見てから、理世がこちらに笑みを向けた。


「おめでとうございます、兄さん」

「ありがとう。何だろう、程々の達成感と――」

「はい?」

「――頭の隅にずーっとあった、長年の宿題をようやく片付けた気分だ。うん」

「は、はあ……? そういうものですか?」

「そういうもんです」


 折角なので、倒したデータは保存しておこう。

 このゲームはギリギリ、パスワード形式ではなくソフトにデータを保存できるタイプだ。

 内部の電池は交換したばかりなので、そうそう消える心配もないだろう。


「……?」

「ん、どした? 理世」

「いえ、あの……兄さんが倒したこのボス、マップ内に消えずに残っているようですが?」

「あー、これな? ちょっと待ってろ」


 理世の疑問を解消すべく、決定ボタンを押してテキスト送りをする。

 すると、


『ホウ、ヤルデハナイカ。ダガ――!』


 そんな片言風で読みにくいボスの台詞の後に、再び戦闘画面に入る。

 更に、真の力を一端を見せてやろうという旨の台詞の後に、激しいエフェクトの全体攻撃が放たれた。

 パーティメンバーのHPが全て0にされ、名前の部分が赤く表示される。


「……は?」


 呆気に取られた理世が、そのまま進行していくゲーム画面を注視して固まる。

 ……口、開いちゃっているぞ?

 画面はそのまま、助っ人キャラクターが主人公パーティを逃がしてくれるイベントが発生。


「……とまあ、話の進行には影響ないんだよな。戦闘に勝っても負けても、どっちみちこうなる」

「え? ど、どういうことですか?」

「負けイベントを覆せるほとんどのゲームで、勝ってもこういった処理がされるな。たまーにそのまま進むゲームがあったりもするが、そういうゲームのボスはあまりメインストーリーに関わっていない場合が多い」

「……」


 理世、沈黙。

 ボスの退場が近い場合はそれが早まったりと、大きな影響がない場合は負けイベントを覆せたりする。

それらは全て開発スタッフの遊び心と、采配次第だ。

ちなみに開発が想定していない倒し方をした場合、フリーズしたり重大なバグが発生したりということも、ゲームによってはあったりなかったり。


「昔の自由度が低い一本道のゲームだと、そういった些細な違いでもプレイヤーは嬉しかったりしたもんだよ」

「は、はあ。それって、倒す意味は……」

「ないな。倒したっていう事実が残るだけだ」


 理世が困惑を深くする。

 合理的な思考を得意とする理世には、確かに難しいところかもしれないなぁ……。

 あくまで個人的な意見だが、俺の考えはこうだ。


「――でも、ゲームって楽しいかどうかが大事だと思うんだよ。だから、一々意味なんて考えなくていいんじゃないかな?」

「……そういうものですか。後に得られるものは、程々の――」

「そう、程々の達成感と満足感」


 オフラインゲームでは一人でゲームの世界観に没頭したり、誰かと実際に顔を合わせて対戦したり協力したり。

 オンラインゲームなら遠方の人とも、同時にそれらを手軽に共有できるところが魅力……だろうか?

 どちらにも、それぞれ違った魅力があると思う。


「はー、楽しかった」


 父さんのデータを消さないよう慎重にセーブして、ゲーム機の電源を落とす。

 立ち上がってゲームを片付けようとすると、小さな手が服の袖を握って引き止めていることに気が付く。


「あれ、どうした?」

「あの、兄さん。私も兄さんのお父様のゲーム、何かやってみてもいいですか?」

「お……!」


 理世がゲームに興味を示すのはとても珍しい。

 昔から、俺がゲームをやっていると退屈そうにしていたあの理世が……!


「ああ、いいぞ! そうだな、理世がやって楽しそうなゲームっていうと――」


 興奮気味にタイトルを挙げてはゲーム内容を説明する俺を、理世が優しい笑顔で見返してくる。

 理世と古いゲームの話をできる日が来るなんて……。

 やはり、話題を共有できる相手が増えるのは楽しい。とても楽しい。


「ふふっ……兄さんのそういうお顔が見られるなら、もっと早くこうすればよかったですね」

「――っていう、可愛い動物が主役で……え?」

「いえ、何でもありませんよ」

「そ、そうか?」


 もっと早くと聞こえたが、自分の声のせいできちんと聞き取れたかどうか怪しい。

 その後は俺が一通り候補を挙げ終え、理世が興味を示したタイトルをいくつか持ってくることに。

 第一候補は二人で協力プレイが可能な、横スクロールのアクションゲームだ。

 部屋を出ようと、再度こたつから立ち上がろうとすると――


「……んみゅ?」


 未祐がこたつの熱で少し上気した顔で、むくりと起き上がった。

 ……あー、どうしよう? 起きて事態を把握したら、未祐は絶対に自分もやりたいって言い出すよな。

 理世に目を向けると、小さく嘆息してから苦笑を浮かべた。


「……三人でできるゲームにしましょうか? 兄さん」

「……うん、そうしよう。例のゲームはまた今度な」

「はい。楽しみにしていますね」

「……ほえ?」


 それからおよそ二時間、三人一緒にこたつでのレトロゲームで盛り上がった。

 理世と未祐はゲーム中も相変わらず喧嘩ばかりだが、二人にとってはこれが普通で、そこまで険悪という訳でもない。

 むしろ対戦ゲームにおいてはそれが燃料となるのか、互いに手を抜かないため接戦が増えて大いに盛り上がった。

 シエスタちゃんとアラウダちゃんも、TBっていうゲームを通じて多少関係が変わるといいんだけどな……。

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