フィーバータイムの結果
「……そっちは何個採れた?」
木からなので「採れた」なのか、争奪戦だから「取れた」とするのかは微妙なところだが。
フィーバータイムとやらが終わり、俺たちはフィールドの端に集合していた。
他のプレイヤーたちも切り上げて帰還するものが大半で、激しい争いはあまり起こっていない。
「金が三個、銀が五個だ!」
問いに真っ先に答えたのはユーミルだ。
って、お前は俺と一緒にいたじゃないか……言わんでも知ってるっつーの。
リコリスちゃんが「凄いです!」と称賛を送る中、別動隊の結果はサイネリアちゃんが答えてくれる。
「こちらも金は三個、銀は十個ほど取得できたのですが……」
「……」
サイネリアちゃんが視線を向けると、シエスタちゃんは露骨に目を合わせないように横を見た。
続いて、トビが申し訳なさそうに前に出る。
「あー、ハインド殿……シエスタ殿は、その……」
「駄目だったか……」
「すまんでござるよ……」
トビのフォローも実らず、か……。
詳しく話を聞くと、どうもスキルが上手く噛み合わなかったようだ。
「拙者――というか軽戦士の回避型、自分が採りに行く能力は高いでござろう? しかし……」
「人に取らせるのはちょっと難しかったか。精々、影縫いくらいだもんな? サポートに使えそうなスキルって」
「影縫いでは、一人しか拘束できないでござるし」
「それでもトビ先輩、焙烙玉を駆使して銀林檎は採らせてくれましたけどねー。なんかすみません、私が鈍臭いばっかりに」
シエスタちゃんがそこでようやく会話に参加する。
自分が責められる流れにはならないと悟ってか、かえって申し訳なさそうにしている。
「いやいや、シエスタ殿。拙者たちは十分頑張ったでござるよ」
「俺の配置ミスって面もあるしな……成果が上がらなかったのは残念だけど、今夜のところは仕方あるまい」
「む? 配置ミスだと?」
ユーミルの疑問の声に、俺は頷きを返す。
スケート靴についていける速度があるということでトビに頼んだが、能力面で考えればユーミルが最適だっただろう。
シエスタちゃんに帯同して、最後に『バーストエッジ』で邪魔者たちを吹き飛ばしてやる――という流れが、最もシンプルで効果的だ。
「なるほど……だが、ハインドは私のやる気を汲んでラルフに当たらせてくれたのだろう?」
「そうなんだけどな。それ以外にも、シエスタちゃんをスパイクブーツに履き替えさせて、リコリスちゃんに敵をブロックしてもらうとか」
「あー、それはやったんですけど駄目でしたねー……滑走から徒歩に変えると、私の足が遅くなりすぎて」
「あ、やったんだ……作戦を変えてみただけ、普通に偉いと思うよ」
ちなみに他のメンバー……セレーネさん、サイネリアちゃんによる競争者の妨害や吹き飛ばしはそれなりに成功していたらしい。
ただ、それも最初の内の話で、後半になるにつれ――
「目を付けられちゃって、スキルを発動できないように近接職のマークが……ごめんね。ハインド君……」
「そうでしたか……」
うーん、と全員で微妙な成果に思い思いの反応を示す。
しかし、そんな空気を嫌ってユーミルがその場で大きく手を叩く。
「なんだなんだ? 暗い顔をするな、お前たち! フィーバータイムでの動きが微妙だったのはともかく、レア林檎がこれだけ採れたことは喜ばしいではないか!」
反省点も多いし、これからに向けて考えることは多いが……。
確かにユーミルの言う通り、成果を喜ぶことも大事だな。
「……まあ、そうだな。NPCの撃退で、急に出現率が上がったのには驚いたが……」
「本当でござるな。この事実が広がれば、イベントの様相が変わるかもしれぬでござるよ!」
「後で掲示板を確認したほうがいいかもしれないね……」
『特殊乱入NPC』の範囲がどこまでなのか、撃退条件はそれぞれ違うのか、また、他の地域で条件を満たせたプレイヤーがいたのかどうかなど……。
次の機会自体があるのかどうか微妙な項目だが、知っておいたほうがいいだろう。
ただ、情報収集に熱心なトビとセレーネさんの二人が知らなかった時点で、まだあまり浮き上がっていない――プレイヤーたちの間で浸透していない要素である可能性が高い。
「撃破、ではなく撃退とありましたが……ラルフとの戦い、どういう内容だったのですか? ハインドさん」
リィズの質問に俺が答えようと口を開きかけると、それよりも早くユーミルが口を挟んでくる。
「私とハインドで、あのすかしたラルフに華麗に一撃を入れただけだが?」
「華麗……?」
「……ハインドさんが首を傾げていますが?」
あれは華麗とは程遠い、泥臭い一撃だったと思うが。
俺なんて、ユーミルにバフを使用した上で、コンパスの軸のような役目を担っただけだしな。
アイスダンスのペアのように、華麗に相手を回転させるのは無理な話だ。
無茶苦茶な動きだったし、あの時は腕がもげるかと……現実だったらきっと痛めている。
俺の発言を受けてのリィズの白い目に、しかしユーミルは胸を張る。
「――ともかく、やつの袖を斬り裂くことに成功したのだ!」
「袖を斬っただけ、ですか……? ハインドさん?」
「接近自体が困難な相手だったからな……動きそのものを見て、総合的に評価していたんだろう。一応、それで合格点はもらえたみたいだ」
「あー、いいでござるなー! それだったら、拙者も戦ってみたかったような!」
一撃を入れれば撃退成功というのなら、軽戦士が最適! とトビが腕を振り回す。
そのままシャドウボクシングのような動きをしながら、こちらに――やめろ、来るな。
頭巾を被っている頭を抑え付けていると、やがて失速して手を下ろす。
しかし、仮にトビがラルフと戦ったとして……先程と同じ流れにはならなかったような気がする。
「どうかな……ユーミルのは不発とはいえ速度と威力の乗った一撃だったし、そういうところも考慮されていた――かもしれないぞ」
「……? どういうことでござるか?」
俺の曖昧かつ感覚的な意見に、リィズが考え込むように指を額の辺りに触れさせる。
補足説明しようかと思ったが……その様子を見て、少し待ってみることに。
やがて、少し長く目を閉じた後にリィズがこちらを向く。
「……TBの今までの傾向からして、各AIの――つまり、現地人毎の好みや性格が撃退条件に反映されていると、ハインドさんはそう仰りたいのですね?」
シエスタちゃん、サイネリアちゃん、それからセレーネさんはその説明にそれぞれ頷いた。
しかしリコリスちゃん、ユーミル、そしてトビの三人は余計に分からなくなったという顔をする。
あー、リィズの言葉は的確だったのだが……簡単に説明すると、こんな感じか?
「要は、乱入してきた現地人を満足させればいいんじゃないかな? 例えば俺らのとこの女王様だったら、戦わずに豪華な金のアクセサリーを献上しても帰ってくれそうだし……」
「そういえば、闘技大会でグラドの皇帝も“連携”がどうのと言っていたな!」
「あれは闘技大会がタッグ戦だったからではござらんか?」
「あ、でも何となく分かりました! 必ずしも勝ったり強さを示さなくてもいいってことですね、ハインド先輩!」
「うん、まあ……多分、だけどね」
もちろん、普通に倒せるならばそれでも構わないと思う。
……それが叶う相手なら、ではあるが。
フィーバータイムはラルフを防壁に使っていた同国所属のプレイヤーも同じく恩恵を得ていたので、その辺りの都合なども情報収集する必要があるな。
出現したNPCと親しければ説得して帰ってもらったりなど、他のアプローチもできる――ような気がする。
「とまあ、現時点では不確定要素だらけで気持ち悪いけれども。今夜のところはひとまず帰ろう」
「うむ。では、馬を呼んで――」
「待ちなさい、ユーミルさん」
リィズが足を踏み出しかけたユーミルのコートを、呼びかけつつ強く掴む。
ユーミルの声に従って動き出そうとした俺たちも、足を止めてそちらに注目した。
「な、何なのだ? 話なら、帰りながらでもいいだろう?」
「私に渡すものがあるのではありませんか?」
「……何のことだ?」
リィズが手を上に向けて差し出しながら迫り、ユーミルがじりじりと後ろに移動していく。
俺たちが首を傾げる中、シエスタちゃんだけがのんびりと一歩前に出て口を開いた。
「あー、それってユーミル先輩がさっき撮ってた? かもしれないスクショのことです?」
「――!? シエスタ、貴様! ……あ」
……何の話かと思えば、そのことかよ。
セレーネさんが引力でも作用しているのかと思うような足取りでフラフラと三人に近付く中、俺は残ったメンバーの背を押して「先に行こう」と馬のほうに誘導する。
「やはりあるのですね! 観念して渡しなさい!」
「し、知らん! あったとしても、あれは私だけのものだ!」
「……セッちゃん!」
「え?」
「セッちゃんからも、ユーミルさんに何か言ってやってください!」
「わ、私?」
リコリスちゃんが後ろを気にして何度も振り返っているが、これ以上話がややこしくならないよう背を押す。
トビが「逃げるの? 逃げちゃうの? ハインド殿?」と煽ってくるが、あの中にお前だけ置き去りにするぞと脅かしたら大人しくなった。
「え、えと……実はさっき、ハインド君に抱えられているユーミルさんが見えちゃって……手元のメニュー画面らしき光も、その……」
「む!? み、見ていたのか!?」
「う、うん……ズルい言い方だけど、スクショはなるべく共有するっていう協定もあるし。それを渡してくれたら、リィズちゃんも許してくれるかも――」
「いえ、それは許しませんが。ハインドさんの腕の中は現在・過去・前世、そして来世に至るまで、未来永劫私だけのものです」
「は? スクショを渡した上に、許されないとはどういうことだ!? 私の丸損ではないか!」
「……あなたはもう十分に、一人でいい思いをしたではないですか。分かったら、黙ってスクショを私たちに渡しなさい!」
「それはそうだが、これはこれだろう!?」
「あー、でも私も欲しいですねー。その先輩のスクショ」
「わ、私も……」
「お前たちまで!? ――くっ、こんな茶番に付き合っていられるか!」
「待ちなさい!」
そんな会話が聞こえ――ユーミルを先頭に、四人がこちらに向かって移動してくる。
氷で転ばないといいけどな……さて。
「じゃあ、改めて。みんな、帰るかー」
グラドタークに跨りつつ、誰にともなく声をかける。
リコリスちゃんが鬼の形相で追われ追いかけしている先頭の二人の姿に怯えつつ、驚いたようにこちら見た。
「ふえ!? いくらなんでもいつも通りすぎますよぅ、ハインド先輩! スクショって、ハインド先輩のスクショのことみたいですけ――」
「やめなさい、リコ」
「サイちゃん!?」
「ハインド先輩はハインド先輩で、色々とあるのよ……察してあげて」
「え、ええ? う、うーん……」
サイネリアちゃんの言葉に、リコリスちゃんは大量の疑問符が乗っかったような表情ながらも、黙って従った。
すまん、サイネリアちゃん……ありがとう。
そしてこういう時、俺を見て一番楽しそうな顔をしているのはいつだって、隣にいる忍者野郎だったりする。
「……くふっ」
「……」
反応したら負けだ。ここは耐えるしかない。
……なんかもう、腹が立つやら恥ずかしいやら、まとめて色々と思考放棄したい気分だ。
はぁ……明日の朝食、何にしようかなぁ……。




