怠け心と挑戦心
ラルフは初撃こそ派手だったが、以降は明らかに攻撃を加減していた。
水系統の派生である氷魔法こそ頻繁に使うものの、それはあくまで道を作るため。
それ以外は己に向かってくる者の迎撃に専念し、部下の兵士たちが林檎を採りにいく。
ラルフが本気になれば金林檎が一瞬で採られてしまうだろうが、そんな状況もあり、まだ金林檎は場に残っている。
「むぅぅ……」
ユーミルが唸る。
向けている視線は樹木精霊に対してではなく、ラルフへのもののようだ。
「……お前“涼しい顔をしおって! 気に入らん!”とか考えているんだろう……」
俺の言葉に、ユーミルは上に向けた手の平にポンと拳を落とす。
それだ! それ! という表情をしている。
次いで、ラルフを指差して叫ぶ。
「涼しい顔をしおって! 気に入らん!」
「便乗して、まるっとそのまま言ったでござるな……」
「自分の気持ちを上手く言葉にできていなかったようですね……」
トビとリィズのそんなツッコミの声に対しては、どこ吹く風だ。
混戦になっている場所の周囲を走りながら、俺たちはチャンスを窺っている。
混戦に対応できるようフォーメーションには変更を加えており、今は密集隊形だ。
「ハインド、ちょっと勝負を挑んできていいか!?」
そして、案の定の言葉がユーミルの口から発せられた。
即座に却下したい衝動に駆られるが、ユーミルの場合はこういう闘志を上手くぶつけさせてやるほうがいい結果を得やすい。
ただ、今日ばかりは相手が悪いからな……。
「……状況次第だな」
「場合によっては行ってもいいのだな!? よし!」
今にも歯止めが利かなくなりそうだな……早いところ動き出さないと、暴走するかもしれない。
そんな中、シエスタちゃんが首を傾げる。
「ええー……手加減してくれているなら、それでよくありません? わざわざ刺激するような真似をしなくても」
「よくない! 舐められているのだぞ、私たちは!」
分からない、という顔でシエスタちゃんがこちらを見る。
楽して勝てるならそれでいいじゃないか、と。
普段のシエスタちゃんなら同じように思ったとしても適当に流すのだろうが、今回は林檎を取る役が自分だから気になるのだろう。
そう改めて考えてみると確かに、シエスタちゃんの感性からすると分からない話だろうなぁ……。
「まあ、そういう人もいるってことで。ユーミルの場合、負けん気があってこそだし」
「うーん……あんまり納得できないですねー……」
「納得はできなくてもいいんじゃない? でも、折角長いこと一緒にいるんだし、理解はしてやってくれると嬉し――」
「慌てた顔の一つも見てやらねば気が済まぁぁぁん!!」
「うるせーな……」
ユーミルの声に顔をしかめつつシエスタちゃんを見ると、考え込むような顔になっていた。
……と、残念ながら今は考えている暇はない。
シエスタちゃんの横顔から目を離した直後、甲高い音と共に氷の壁の一部が壊され、プレイヤーがそこから金林檎付きの樹木精霊に向かって雪崩れ込んでいく。
戦況が動いたか!?
さすがに一般兵よりはプレイヤーのほうが強いのか、それとも壁を壊したことで不意を突けたのか。
ベリの兵と、それと一緒に進んでいたベリ所属のプレイヤーが一気に薙ぎ倒される。
「わわっ、金の林檎が取られちゃいますよ!? ハインド先輩!」
「落ち着いて、リコリスちゃん。今、突入経路を――」
「ま、待って、ハインド君! あれ……」
セレーネさんが指差した先、金林檎をぶら下げた樹木精霊周辺に到達したプレイヤーが――
「ごっ!?」
「ひゃっ!?」
湖面から突き出してきた氷塊に、次々とプレイヤーが吹き飛ばされていく。
一部の魔導士が火魔法で対抗するものの、レベルが違うのか、氷は中々融けない。
明らかにラルフの仕業で間違いなかった。
あー、これは……。
「……。どっちみち、ラルフの魔法を止めに誰かがいかないと駄目みたいだな……」
「――!」
ユーミルが物凄い勢いで自分のことをアピールしてくる。
そんなに鼻息を荒くせんでも、ちゃんとお前はそっち担当にするって……。
きつい状況だが反面、ラルフのディフェンスが鉄壁なおかげで、作戦を立てる時間は十分にありそうだ。
誰かが金林檎に到達しそうな気配は、まだない。
「――よし、それじゃあシエスタちゃんは金林檎に」
「えー。一人で、ですかー?」
「トビ。お前の足と縮地なら、スケート靴での滑走についていけるだろう? フォローを」
「承知いたした!」
「乱入でレア林檎の出現率が上がっているから、採れても採れなくても“次”を狙うのを忘れないように頼む。で、俺とユーミルがラルフに突っかけて魔法を止める」
「ハインドォォォ! 信じていたぞぉぉぉ!」
「うるさいですね……」
リィズが不満を露にユーミルに目をやった後、俺たちの足元を見て溜め息を吐く。
うん、この人選なのは移動速度の問題だ。
『縮地』を持っているトビはともかく、スケート靴とそれ以外とではちょっとな。
「残りは競争相手のプレイヤーと、ベリ一般兵の足止めを。シエスタちゃんとトビを援護してやって」
「はいっ!」
「気を付けてくださいね、ハインド先輩。ユーミル先輩」
「うむ、任せろ!」
リコリスちゃんとサイネリアちゃんの声を背に受けつつ、俺とユーミルはラルフがいる場所に向かうために氷を蹴った。
途中、同じようにラルフの魔法を止めに行ったプレイヤーの姿が見えたが……。
「あいつめ、剣すら抜いていないぞ!」
「圧倒的だな……」
魔法だけであしらわれ、俺たちの横を吹っ飛んでいく。
って、金林檎周辺を見つつ、自分の周りの敵を掃討している……?
短詠唱・短WTの魔法を連発しているのか、それとも二重詠唱的なスキルでもあるのか。
いずれにしても――
「いや、圧倒的っていうか化け物だな。どんな視野の広さと余裕だよ」
「ふん! 私たちが来たからには、その余裕もここまでだ! 行くぞ、ハインド!」
「ああ。しかし、無茶はするなよ? 魔法が止まれば十分だからな。状況に応じて、スパイクブーツにも切り替えながら戦うようにな」
「分かっている!」
二人とも、ショートカットに装備変更を登録してある。
これを使えばWTこそあるものの、戦闘中でも簡単に装備を変えることが可能だ。
接近する僅かな時間を利用して、ユーミルにバフを使用しておく。
やがてラルフが近付き――滑走状態で勢いをつけたユーミルは、湖面のギャップを使いジャンプを敢行!
――って、おい!?
「せいやぁぁぁっ!!」
「無茶するなって言ったよなぁっ!? なぁっ!?」
空中でスパイクブーツに装備を変えつつ、そのままラルフに向かって突きを放つ。
激しい破砕音――砕け散る氷の盾の向こうに見えたラルフは、それでも眉一つ動かさない。
着地後、ユーミルはそのまま猛攻をかける。
「たぁぁぁぁっ!」
氷が弾ける、弾ける、弾ける。
ゆっくりと後退しつつ、ラルフが次々と氷の盾を出現させる。
背後で金林檎周辺の魔法がどうなっているのか、確認する余裕はもうない。
ユーミルが攻撃している間に、俺はラルフの背後へと回り込む。
「……!」
『焙烙玉』に似た玉が空中で小さく破裂し、中から拘束用ネットが広がる。
それまで涼しい顔をしていたラルフが、足を止めて魔法を放つ。
氷の刃がネットを切り裂き、スケートで滑る俺へと迫る。
「げっ!?」
動揺からくるりと一回転しつつ、慌てて体勢を立て直す。
う、上手いこと外れてくれた……?
ほう、と感心したようにラルフが口元を僅かに動かし――すみません、ただの偶然なんです……。
しかし、その隙を見逃さんとユーミルがラルフに肉薄する。
「そこだぁっ!」
「捉えたか!?」
『ヘビースラッシュ』が至近距離から放たれる。
これで少しでもダメージが入れば――俺は、そんな淡い期待を抱いたのだが。
「ぬっ、ぐっ!?」
「……!?」
次の瞬間、ラルフの腰元のサーベルが鞘だけになっていることに気が付く。
ユーミルの長剣を細身のサーベルで受け止めたラルフが、そこで初めて大きく表情を崩した。
「面白い……!」
不意にラルフが浮かべた獰猛な笑みに、ユーミルが慌ててその場から飛び退く。
異変を察してラルフの下に駆け寄ってきた『ベリ連邦』の兵に、彼は手を上げて加勢は不要との意志を示す。
あ、嫌な予感が……物凄く嫌な予感が……。




