参戦開始と異変
練習の結果、スケート靴を使うことになったのは三人。
イコールスケート靴を使いこなせる人間ということではなく、サイネリアちゃんなどは弓の狙いを付けながら滑るのは無理だということで、スパイクブーツに。
「すいー……」
「滑らか!? サイちゃん、シーちゃんが!」
「随分と省エネ走法ね……ただ、それだけにあまり速くはないような……?」
「そりゃー、私が速い訳ないじゃん?」
「素早く動くシーちゃん……見たいかも!」
「無茶言うなよー、リコー。そんな私は、もう私ではなーい」
それでも普段の走りよりは速いということで、シエスタちゃんが一人目の着用者だ。
スケートがよほど気に入ったのか、珍しくスイスイと動きながら話に応じている。
動き自体はスローだが。
そして……。
「結局、ちゃんと止まれるようにはならなかったな……なのに、マジで使うのか?」
「なーに、どうにかなる! 問題ない!」
「その自信は、一体どこから来るのですか……?」
本人の強い主張により、ユーミルがそのままスケート靴を使用。
ぶつかられた俺たち二人としては、その自信に首を傾げるばかりだが。
何にせよ、シエスタちゃんのフォローに回れるよう、誰かしら速度を出せる者は必要だ。
これで二人となり、最後の一人は……。
「シエスタ、何も心配はいらないぞ! 大船に乗ったつもりでいるがいい!」
「……」
付近をのろのろと滑走していたシエスタちゃんが、ぴたりと動きを止める。
ふわっと浮いていた髪も、それに応じてその場に止まる。
「……先輩、くれぐれもよろしくお願いしますね?」
「……うん、まあ。ユーミルが暴走しても、止められる限りは止めるよ……」
「あれっ!? 何だそれは、二人とも!?」
残る一人はシエスタちゃんの強い要望により、俺ということになった。
ユーミルと二人だけだと、どんな無茶をさせられるか分からないからだろう。
きっと。
「むぅ……失礼ではないか?」
「そういう言葉は、ちゃんと止まれるようになってから言おうな?」
「一回できたではないか!」
「あれは地形のおかげだろうが!? できた内に入るか!」
止まり方自体は教えたのだが、どうにもスピードに乗り過ぎる。
進行方向に対してブレードを真横にし、氷を削りながら止まるのだが……ユーミルがきちんと止まれたのは、窪みのようになっていた部分にブレードがはまった時だけだ。
不安定なスケート靴のまま、組みついてくるユーミルを押し留める。
この……っ!
「あのー、お二方? さすがにそろそろでござるな? 参戦を……周囲の目も……」
トビの言葉にハッとしてセレーネさんを見ると、居心地が悪そうに周囲の様子を窺っていた。
力を抜いたところでユーミルがバランスを崩しそうになったので、近くにいたリィズと一緒に立て直させる。
確かに、随分と視線が集まってしまっている。
イベントフィールドで関係ないことをしているのは、良くも悪くも目立つ。
さっき、それを気にして練習を切り上げたというのに……他所でテストをしてから入場すればよかったのだろうが、いかんせん時間がなかった。
「そ、そうだな。よし、ぶっつけ本番だが行くぞ!」
「あれ? 先輩、作戦は?」
シエスタちゃんの問いに、俺は首を横に振る。
「具体的なことは何も。フォーメーションくらいかな」
「えー。らしくないなぁ」
そう言われても、この状況で作戦を立てたところで仕方ないという面がある。
スリッピーな氷の上――しかも場所によっては薄くて割れるし、先程触れたように凹凸もある。
「言ってみれば、このスケート靴そのものが作戦とも言える。この状況じゃ、事前に決まった作戦を組むよりも、周りをよく見て隙を突くほうがいいと思う」
「あー、つまり臨機応変……作戦っていう縛りはなしに、チャンスだと思ったら行けと?」
「そうなるね。指示としては無能な部類のものだと思うけど……」
「いやー、そうでもないでしょー。うるさく言えばいいってもんでもないですし」
みんなが武器を手に取る中、シエスタちゃんも同じようにしつつ言葉を返す。
――うるさく言えばいいというものでもない、かぁ。
シエスタちゃんのように、頭の回転が速い人なら尚更そう思うのだろうな……。
相手によっては、委任してしまうというのも立派な指示か。難しい。
「……ともあれ、機動性は確保したつもりだ。その分だけ、他のプレイヤーよりも優位には立てるはず」
「うん。ベリ所属のプレイヤーはさすがに対策できているみたいだけど……それ以外のプレイヤーとは、スパイクブーツだけでも十分に差が出るはずだよ」
こうしてセレーネさんのお墨付きもいただけたところで、俺たちは本日の林檎争奪戦へと突入した。
見たところ、今夜もこの場にランカーギルドや、それに比するソロプレイヤーはいないようだ。
シエスタちゃんに金林檎を取らせるには、好都合かもしれない。
「ハインド! ハインド!」
「何だ?」
争奪戦に参加して数分、ユーミルの呼ぶ声に近付いていく。
やはりというか、氷の出っ張りで無理矢理止まったらしい足元を指差している。
上手く止まれたっていうことか……?
「違う、下だ、下!」
「下……? 下って――」
言われ、氷の中を覗き込む。
すると……。
「うおっ!? 何だこれ、モンスターか!?」
中には、明らかに魚や湖の漂流物とは違う物体が。
直感的にモンスターと叫んではみたが、その全容は定かではない。
「凄いだろう!? かなり大きいからかえって分かりにくいが、これは顔ではないか?」
「あー……確かにあれが鼻で……目を閉じているようにも見えるな……」
激しい争奪戦の中、少しの間、これが何なのか考える。
うーん……フィールドボスにしてはおかしいし……。
「ハインド先輩、ユーミル先輩! そっちに銅林檎が行きましたよ!」
「――おっ!」
が、今はそんな場合ではない。
銅林檎であればシエスタちゃんに取らせる必要性は低いので、視線を送ってきたユーミルに頷きを返す。
すると、スピードスケートの選手のような動きでユーミルが樹木精霊を追いかけていく。
あいつすげえな……止まるのが下手くそなこと以外は。
「先輩、先輩」
プレイヤーの塊に『焙烙玉』を投げつけていると、シエスタちゃんが袖を引いてくる。
どうした?
「スケートを練習している頃から、金の林檎が出ていませんよね?」
「そうだね。入った直後に出た様子があったけど……」
重戦士が盛大に吹っ飛んでいたのは、その争奪戦によるものだったらしい。
既に誰かが手にした直後だったのか、林檎そのもの目にすることはできなかったが。
「じゃあ、ちょっとセッちゃん先輩の近くに行っていますね」
「ああ、それはいい考えだね。セレーネさん、索敵が上手いから」
シエスタちゃんが自分からそういう行動を起こすのは珍しい。
しかも、俺の気が回っていないところを指摘するとは……シエスタちゃんはそのまんま、やればできる子やる気が足りないといった典型だ。
しかし、今回ばかりはやる気が――
「どうせなら、少ない頑張りで勝負を終わらせたいですし。金林檎は希少ですし、三個も取れば勝てるでしょ」
「……だよね。そういう考えだとは思った」
ある訳がなかったな、シエスタちゃんだものな。
スパイクブーツ組は俺たちの助走距離を確保しつつ展開、援護がしやすい位置で周囲を警戒してくれている。
「私たちが先に気付いて、先輩がよっぽど気が付いてないときは伝書リコを送りますんでー」
「……何それ?」
「あれ、分かりません? リコの位置が遠い時は、伝書サイになるかもですが」
「ああ、鳩か! ――って、友達を伝書鳩扱い!? 酷いな!」
「鳥同盟ですしねぇ」
「うまくねえよ!」
普通に伝令とかメッセンジャーでいいじゃないか……一々伝書にする意味も分からないし。
シエスタちゃんのどこかずれた話に脱力していると、ざわめく声が耳に届いた。
「あ、伝書リコいらなかったですね? 出ましたか?」
「いや、待った。金林檎登場にしては様子が……」
何かが妙だった。
金林檎だったら、誰かが発見して一目散に走り出した後に、その波が徐々に大きくなるのが通例なのだが……。
みんな、一点を見てその場で足を「止めて」いる。
これは……?
本作の新刊 ギルド発足 が本日発売となっております。
よろしければお手に取っていただけますと、とても嬉しいです。




