冬の風物詩
「――で、どうだったんだ? 吹雪については」
焚き火を囲むように椅子を並べる。
アラウダちゃんの左右はリコリスちゃんとサイネリアちゃん、シエスタちゃんは一つ離れた位置だ。
トビに質問しつつ洞窟の出入り口を見たが、吹雪はまだ止んでいない。
「大体砂嵐と同じでござるなー」
「やっぱりそうなのか……」
それでは、過ぎ去るのを待つのみということか。
一応、該当する属性を防具に付加することでダメージなどは防げるが。
「ただ、でござるな? こちらも砂嵐と同様、吹雪と同時にレアモンスターだとか素材が出るという噂が、まことしやかに」
「じゃあ、何か? この吹雪の中を歩き回っているプレイヤーも……」
「むっ!? ならば私も!」
「ま、待って!? ユーミルさん、遭難しちゃうよ!」
慌てて止めようとして引きずられるセレーネさん。
砂嵐なら風と土属性をがっちりと付与した防具が必要だ。
だとすると、吹雪は風と水属性といったところか。
コートに水属性しか付与されていないことを知っているセレーネさんだからこそ、いち早く反応できたのだろう。
止めなくていいの? というトビの視線に対し――
「……」
俺は無言で、先程シエスタちゃんがアラウダちゃんにしたことを思い出しつつ……。
蒸し器――せいろの蓋を静かに開けた。
勢いよく立ち昇る蒸気が収まると、蒸された饅頭たちが顔を出す。
「うわぁぁぁ! 凄い凄い! 肉まんですか!?」
真っ先に声を上げたのは、同じくユーミルを止めようと立ち上がりかけていたリコリスちゃんだ。
それに気が付いたユーミルが、そこでようやくこちらを向く。
「あ……! そうだった! 料理っ!」
「前に蒸し器を家で買ったって話をしたじゃない? 何度か試作した結果、ようやく人に出せるものができたんだよ。中華饅頭」
料理で引き止める作戦、成功。
スープのように匂いで釣ることは不可能だが、リコリスちゃんが声を上げてくれたことで、上手く情報が伝わった。
「無論、試作中のものでも既に美味しかったぞ!」
セレーネさんに謝りつつ、ユーミルが椅子に座り直す。
――って、待て待て! 中の具の説明をさせろ! まだ取るな!
「上から順に、肉、餡、ピザに海鮮……」
「チョコレートなども入れていましたね」
「チョコまんですか!? 美味しそう!」
一番手がかかっているのは海鮮まんだ。
ホタテ、イカ、エビなどを中心にとろみを付けた具を、もちもちの皮で包んである。
スープはあまり手をかけずに、卵、玉ねぎを具材に塩と胡椒で味を整えたもの。
シエスタちゃんが褒めていた香りの秘密は、事前に作っておいたブイヨンキューブを入れたためだ。
「冷めないうちにどうぞ」
と、言い終わるかどうかというタイミングで一斉に手が伸ばされる。
「「「いただきまーす!!」」」
お湯で手を洗っていたトビが出遅れて、しょんぼりした顔をこちらに向けた。
……いや、ちゃんと人数分あるよ。心配するな。
「冬といえばこれですよねー」
「鍋料理もいいけど、これもそうだよね……コンビニ以外のものを食べるのは初めて」
「あー、近くに美味しいお店とかがないとそうなりますよね。都会の近くじゃない限りは」
やはりというか、アラウダちゃんはその場から動かない。
サイネリアちゃんがちらりとこちらに視線を……大丈夫、分かっているよ。
「はい、どうぞ。アラウダちゃんも」
「………………へ?」
声を出すまでたっぷり五秒以上は使ってから、アラウダちゃんが驚いたような表情になる。
まあ、そうだよな。
とはいえ、そういった諸々の事情は無視し、一通りの饅頭を乗せたプレートを半ば押し付けるように渡しつつ話を進める。
「もしかして、嫌いなものがあった?」
「い、いえ……」
受け取っていいのか? という顔をしつつも、目は完全に食べたいと言っている。
もう一押しあれば、食べてくれそうな雰囲気だ。
「もごもご……毒なんか、ごきゅ。入っていないよ? あむっ」
「シエスタちゃん、余計なことを言わない。当たり前でしょう?」
溜め息を一つシエスタちゃんに返して、アラウダちゃんの手元の肉まんを半分に割る。
そしてそれを自分で一口……うん、美味い、ついでに熱い!
とろみがいい塩梅で、みんなもハフハフと熱い具を楽しみながら口にしてくれている。
今ので毒が入ってない証拠にはならないだろうが、アラウダちゃんはおずおずと半分になったそれを手に取った。
意図をしっかりと分かってくれる辺り、頭も悪くない。
「あ、あの……ありが――」
「早く食べないと、冷めるよ?」
「う、うるさいわね!」
ただ、感情的ですぐ熱くなってしまうタイプのようだ。
シエスタちゃん、いい加減にしようね?
俺は特に気にした素振りを見せないようにしつつ、アラウダちゃんに笑みを返した。
「俺たち全員と敵対している訳じゃないでしょう? シエスタちゃんは別としてさ」
「あ、先輩ひどーい」
「……」
リコリスちゃんへの態度を見ればそれは分かる。
友達という訳ではないようだが、リコリスちゃんはその辺りの壁がとても低い。
シエスタちゃんとの関係がどうあれ、気にせず普通に話しかけている。
アラウダちゃんもそれを突っぱねてはいないようだし……。
そういう切り分けがある程度でもできている辺り、中学生としては充分立派だ。
「でも――」
「もちろん、そう簡単に割り切る必要はないよ。坊主憎けりゃ、なんて言葉もあるくらいだし」
「敵の味方は敵にしか見えないでござるよなぁ」
「だよな。一人一人にフォーカスすると違うって分かるんだけど、難しいよな」
「拙者、未だにヤンキーっぽい見た目のグループは怖いでござるし……」
「それはまた別の話じゃないのか……?」
苦手なグループに属している人の中でも、話せる人はいたりする。
そういう人とは、偶然二人きりになったときに少し話したりだとか……まあ、大っぴらに仲良くはしなかったりと、微妙な感じではあるのだが。
そんな話を聞いたアラウダちゃんは目を瞬かせた。
分かるような分からないような、という顔だ。今はそれでいいと思う。
「ってことで、特に意地悪をしたりする気はないから。さ、めしあがれ」
「じゃ、じゃあ、いただきます……んっ!?」
一口食べた後は、もう手が止まらなくなったようだ。
勢いよく全ての中華饅頭……塩気のあるものを先に、次いでスープを飲み、最後に甘いものといった順で平らげ、満足そうな笑みを浮かべた。
それを見てニヤつきだしたシエスタちゃんを、サイネリアちゃんがたしなめる。
若干視線が集まり気味なのを察し、ようやくアラウダちゃんはハッとしたように居住まいを正す。
「あ、あの……ありがとうございました。洞窟に誘導してもらったりとか、その、料理とか!」
そして目を閉じ、やや早口で一気にお礼を言ってくる。
うん、恋愛問題が絡んでいると聞いた時にはどうなることかと思ったが……。
シエスタちゃんには面倒がらずに勝負をしてもらって、それでアラウダちゃんにある程度納得してもらうのが一番だな。
「……」
「……ハインド? お前に言っているのだと思うが?」
「え?」
ユーミルが俺の背を押す。
でも、みんなで作ったじゃないか……まあ、いいけど。
代表ということで、お礼を受け取ることにする。
「いいんだよ。ま、でも、勝負に関してはシエスタちゃんの補助に回るけど」
「あ、それは全然いいわ――じゃない、大丈夫です! 最初からそうなるだろうと思っていましたから!」
「へえ……」
何だか、アラウダちゃんは俺たちのことをある程度知っているような口ぶりだ。
イベントの動画でも見たのだろうか……?
「いいの? こっちが補助付きでそっちは一人じゃ、かなり不利だと思うけど」
「でも先輩。私のやる気の低さを加味すれば、それでとんとんじゃないです?」
「いや、そうはならんでしょ……」
「ならんな!」
ユーミルの断言にシエスタちゃんが渋い顔をしたのを見て、アラウダちゃんが小さく笑う。
ちょっとざまあみろという成分が含まれているのは、ご愛敬だが。
「本当に大丈夫です。私も、一人でそいつと戦う訳じゃないですから」
「そいつとはご挨拶だなぁ……田中のくせに生意気な」
「田中って言うな!」
アラウダちゃんが目を三角にしつつ、何やらメニューの設定を弄る。
すると頭上に何か、隠されていた項目が表示された。
どうやら、それはギルド名のようだが……。
「――あ、いたいた! こんなところに!」
「捜したよぉ、アラウダちゃん」
「ローゼさん! エルデさん!」
「……お、おおっ?」
アラウダちゃんの頭上に表示されていたのはギルド『ガーデン』。
そして現れたのは……ローゼとエルデさんの二人だった。
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ご興味のある方は是非、ご覧になっていただけますと嬉しいです。




