年下女子の見守り方?
アラウダちゃんは落ち着きがなく、視線をあちらこちらに彷徨わせている。
居心地悪いだろうなぁ、アウェーだもんなぁ、とは思うものの。
この吹雪の中を放り出すのも気が引ける。
一旦ログアウトという手もあるが、シエスタちゃんに喧嘩を売ってくるような子だ。
負けん気がそれを許さないのだろう。
そんなことを考えながら、ゆっくりと鍋の中身をかき混ぜる。
「……!」
やがて湯気を立てるスープからいい香りが立ち上り始めると、アラウダちゃんのソワソワとした落ち着きのなさが加速。
……というよりも、その種類が変わったというべきか。
膝を無駄に上下させたり、椅子に座り直してみたり、小さく咳払いをしたり。
「……いい匂いでしょ?」
「はぁ!? べ、別にそんなこと、思っていないけど!?」
それを見たシエスタちゃんが、意地の悪い笑みをアラウダちゃんに向ける。
アラウダちゃんが反論しようと口を開きかけたところで、鍋の香りを飛ばすように手で扇ぐ。
「ほれほれー、先輩の料理は魔性の料理だぞー。お腹が空いていないかな? ってときでも、ついつい手が伸びるくらいにー」
「ぬぐぐ……!」
「いや、そういうときは普通に言ってよ……残しておいたりとか、色々できるんだから……」
空腹は料理の最高のスパイス、なんて言葉もあるくらいだし。
TBの場合、厳密には空腹感を感じにくいので、食べたいか食べたくないかくらいの差しかないが……。
アラウダちゃんはシエスタちゃんが飛ばしたスープの香りに鼻をひくつかせる。
「に、匂いがいいからって味もいいとは限らないでしょ!」
「じゃあ食べてみる?」
「えっ!?」
「――なんて、単純な話にはならないけどぉ? あげませーん!」
「こ、こんのぉ……!」
シエスタちゃんには挑発上手の称号を与えよう。
無論、彼女にそんな決定権はないので、普通にアラウダちゃんにも勧めてみるつもりだが。
「……ところで、君はどうしてあんなところに?」
――と、訊いてしまいたいところだが、ここは我慢。
これ以上刺激しないほうがいいだろう。
俺は鍋の番をシエスタちゃんに任せ、もう一つの料理を完成させるために立ち上がった。
すると二人の様子に、ユーミルが珍しく小声かつ難しそうな顔で話しかけてくる。
「ふむ……シエスタのことだ。どうせ向かってくるなら、からかって遊ぼう! みたいな感じか? ハインド」
「だろうな。火に油を注いでどうするんだ……責任取るのは自分なのに」
「あの……まさか、普段からそういう行動をしている訳じゃないよね……?」
セレーネさんも小声で会話に加わった。
あちらはあちらでリコリスちゃんとサイネリアちゃんが会話に加わったので、こちらの話は聞こえていないものと思われる。
それを契機に、リィズも近付いてきてこちらに顔を寄せる。
「それはないと思いますよ。学校でもそれ以外でも、普段は上手く立ち回っているんでしょう……ダラダラしている割に付き合いがいいですけど、それ以上に要領いいですもん。シエスタちゃん」
「ハインドさんの仰る通りかと。明確に敵対したからこそ、ああすることにしたのでしょうね」
「な、なるほど……私には真似できない切り替えのよさだなぁ……」
「できるできない以前に、セッちゃんは真似しないでください。あんなのは一人いればもう、充分です」
さっき変な呼び方をされた件を、リィズはまだ根に持っているらしい。
思い出し笑いでユーミルが小さく噴き出したのを無視して、リィズは話を切り替える。
「先程サイネリアさんから聞いたのですが……アラウダさん、学校ではグループというか、取り巻きがいるそうなのですが……」
四人でそっとアラウダちゃんのほうを窺う。
言われてみれば、気の強さというか行動力というか、そういったものの中心にいるのが自然な性格のように思える。
彼女については、どう対応すればいいのか正直迷っていたからな……リィズの話は参考になりそうだ。
「……どうも、その人たちはゲームをやるようなタイプではないらしく」
「む……ということは、シエスタと対決するために単身ゲームに? 知り合いを連れずに? ――そうかそうか! やるではないか、アラウダ!」
あ、ユーミルが急に目を輝かせ始めた。
そういう話、大好きだもんなぁ……お前……。
「まぁ、確かにゲームなら色々と勝負しやすいが……でも、現実でも勝負なんて、やろうと思えばできないことは――」
「……ハインド君?」
俺は口にしかけた言葉を途中で止めた。
友達でもない相手と学校でできる勝負となると、勉強か運動くらいになってしまうが。
その辺りに本気を出すシエスタちゃんかというと……答えは否だ。
リィズが俺の調理を補助しながら頷く。
「……そういうことです。何かにつけてやる気を出さない人に勝ったところで……」
「当然、勝った気はしないわな。しかし、だからって少しでも相手が好きそうなゲームで勝負って……うぅむ……」
そこまで行くともう、色々と過剰に思えるのだが。
異常に正々堂々と戦いたい人か、もしくはそこまでするほどA君を好きなのか。
はたまた、元からゲームに興味があり、シエスタちゃんとの対決は建前ということも?
「……」
「……」
「……何だろう、こう……聞いた限りだと、別に悪い子では……」
「ないな! むしろ私は気に入ったぞ! ちょっと話してくる!」
ユーミルは俺たちから離れると、物凄い勢いで中学生ズの会話に割り込んでいく。
あっという間にペースを握り、あれやこれやとアラウダに話しかけている。
あれ、何気に稀有な能力だよな……あ、もう会話の輪の中心に入り込んだ。
「どこか拗らせているのは確かでしょうが……A君とやらのことを本当に好きなら、既に彼のことを振ったシエスタさんなど無視すればいいでしょうに」
「う、うん……そうだよね……恋敵とか競争相手ならともかくね、うん……」
セレーネさんがユーミルとリィズを見た後で、俺を見て苦笑をこぼす。
何が言いたいのだろう? ……というのは冗談で、何が言いたいのかは大体分かりますが。
俺たちの関係が変だということを再確認しつつ、ひとまずそれは置きまして。
「……自分が好きな人が、こんなやつに振られて的な考え方かもしれないぞ? 俺の同級生も似たようなケースで、納得いかねー! 意味分からん! って言っていたし」
「くだらないですね。その程度で好きな人の価値が落ちたように感じてしまうのであれば、それは本物の愛ではありません」
「お、おう。そ、そう熱くならずに最後まで聞いてくれよな?」
しかし、愛ときたか……過程にあるものを盛大にすっ飛ばしているな。
そこまで深いレベルの話ではないような気もするが。
「そういう考え方の人もいるかもしれないっていう話だし、アラウダちゃんがそうだと断定している訳でもない。ただ、相手は中学生だし、俺たち以上に不安定なはずだろう?」
これ以上は、実際に話してみないことには分からないな。
推測と想像だけでその人の性格を断定するのは非常に危険だ。
それを踏まえた上で、再び事実だけを抜き出してみると……。
セレーネさんがしみじみと、感心したように頷きながら言葉にする。
「でも、そんな中で感情表現の形が“勝負”だもんね……」
「確かに……それも相手の土俵で、ですしね……」
「ああ……中々できることじゃないよな……」
拗らせてはいる、拗らせてはいるのだが……間違いなく根は真っ直ぐだ。
結局のところ、下手に刺激せずに見守ることが大事という結論になる。
俺たちがそんなことを話しつつ、ひっそりとアラウダちゃんに対する好感度を上げていると、すぐ近くでログインの光が湧き上がる。
「戻ったでござるよー……およ? 何を話していたのでござるか?」
「あ、いや……聞かせてもいいんだけど、今の話を改めてするのはちょっとな……」
この三人だから成立した話、という気もするし。
ユーミルのように体当たりでぶつかってみるほうが、堂々としていて正しいようにも思える。
答えあぐねる俺に対し、リィズがざっくりと一言。
「トビさんには分からないであろう、心の機微についてのお話です」
「えっ!? 何々、どういうことでござるか!?」
ちなみにトビは天候変化――『吹雪』について調べると言って、少しの間ログアウトしていた。
そちらの成果も気になるが……そろそろ料理が完成なので、話を聞くのはそれが終わってからだな。




