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吹雪の中で

 現実世界では秋が終わりに近づき、寒さが増してきている。

 そういう意味では、砂漠などよりはずっと違和感が少ない気候なのだが……。


「寒い……馬にこたつって装着できないかな……」

「何、馬鹿なこと言っているのよ……」

「お馬さんがおこたの熱で火傷しちゃうんじゃない……?」


 何事にも限度というものがある。

 シエスタちゃんにも、それに言葉を返すサイネリアちゃん、リコリスちゃんにもやや元気がない。

 それくらい寒い――


「って、前が見えねえ!?」

「んがぁぁぁ!? 吹雪でござ――雪が口にぃ!? ぺっ、ぺっ!」


 降り出した雪が徐々に強まり、視界が真っ白に染まっている。

 さしもの名馬たちの歩行速度も深い雪と猛吹雪、そして寒さで鈍ってきた。


「ま、睫毛に雪が……」

「ユーミルさん、凄いね……睫毛に雪、そんなに乗るんだ……」


 どんどん天候が悪化していく。

 砂漠でも稀に砂嵐が起こるのだが、ベリにもこういう悪天候があったんだな……。

 俺たちのような慣れていないプレイヤーには、対処が難しいところだ。

 ちなみに悪天候『砂嵐』の場合は視界の悪化に加え、プレイヤーに継続ダメージ、装備品の耐久値にもダメージなどなど、当たり前だが遭遇して良いことは一つもない。


「ハインドさん……寒いです、温めてください……」

「り、リィズ! 気をしっかり持て!」


 リィズが小さく震えながら馬を寄せてくる。

 だ、大丈夫か?

 俺たちは水属性のコートを装備しているので、快適とは言えないまでも寒さによって危険が及ぶほどではないはずだが。


「え、えと、リィズちゃんはこれが平常運転なんじゃ……?」

「……できれば人肌で……優しく抱きしめてください、ハインドさん……」

「はいっ!? 何言ってんだ、こんな状況で!」


 一見シエスタちゃんが俺をからかう類の台詞に似ているように思えるが、リィズの場合は真顔なので本気なのか冗談なのか――待て、引っ張るな!


「セッちゃんの言う通りではないか!? 無視だ、ハインド! 無視無視!」


 ユーミルが雪を吹き飛ばしながら割って入り、リィズを俺から引き剥がす。

 正直、こんなことをしている場合ではない。

『砂嵐』のように、この『猛吹雪』にもきっと何かマイナス効果があるはず。


「そ、それはさておき皆々方! 馬がやばいでござるよ!」


 トビのその言葉に、慌ててサイネリアちゃんがステータス画面で状態を確認する。

 俺たちもそれに倣うと……。


「うわっ、馬のスタミナが!」

「ど、どこかで休ませましょう!? 馬には自然治癒力がありますから、一時的にでも避難できれば!」

「どこかって……」


 どこだろう?

 周囲には――といっても、マップ頼りではあるのだが。

 何も見当たらず、避難もままならない状況だ。

 俺たちのやや先を移動していた集団も、もう確認することはできない。

 ……?


「何だ、HPバーが……?」


 頼りなく揺れるHPバーが、吹雪の先に見えた――気がした。

 しかし、目を凝らす最中にリコリスちゃんに袖を引かれる。


「ハインド先輩、あっちに小さな洞窟がありますよ! 入りましょう!」

「あ、ああ……」


 ……。

 それでも俺は、もう一度そちらを見た。

 こんな時に頼りになるのはセレーネさんだが、寒さが苦手なのか、身を縮こませてみんなと移動を始めようとしている。

 うーむ……。


「――ごめん、先に行っていて! ユーミル、リコリスちゃんを頼む!」

「ハインド!?」


 駄目だ、どうしても気になって仕方ない。

 もし何もなかったりただのモンスターだったら、みんなに話して笑ってもらえばいい。

 そう思っていたのだが。




「……遭難者を連れてきたぞー」


付近を探索した結果、俺は一人のプレイヤーを伴ってみんなと合流。

遭難者という言い方にややムッとしている空気が伝わってきたが、特に目立った行動は起こしてこない。


「ぬおっ!? ――む? お前は……」


 まず驚いた声を上げたのはユーミルだ。

 見覚えのある顔に目を細める。


「ハインドさん、雪が……」

「ああ、ありがとう……って、洗浄ボタンを押したほうが早くないか? 雪も一発だろう?」


 リィズに雪を払われつつ、少女に中に入るよう促す。

 全員に見える位置になったことで、まずはリコリスちゃんが声を上げる。


「たなっ……アラウダちゃんっ!」

「う、うん、こんばんは。こは……リコリス」


 バツの悪そうな様子でリコリスちゃんに挨拶する。

 ああ、リコリスちゃんとの仲は悪くないんだな……。

 次いで、シエスタちゃんが無表情で少女を見る。

 冷たい表情……とまではいかないが、いつも眠そうなシエスタちゃんにしては厳しめのものだ。


「……誰?」

「日中、学校で会ったばかりでしょ!? ぶっ飛ばすわよ!」


 なんと、表示されていたHPバーはアラウダちゃんのものだった。

 ガチガチと寒さで歯の根が合わない様子のアラウダちゃんが、とぼけた表情のシエスタちゃんに食ってかかる。


「ま、遭難者って言っても、俺たちだってそうだから――って、聞いていないな……」


 洞窟の中は浅かったようだが、高さがあるので馬を入れることに成功している。

 そういえば、トビの姿がないようだが……。


「あ、トビ君なら燃料の木を集めに行ってくれたよ」

「ということは、焚き火をするんですか?」


 セレーネさんが俺の問いに頷く。

 確かにこの構造なら……うん、焚き火をしても問題ないだろう。

 寒さを凌ぐには外より遥かにマシというだけで、どこかに向かって空気が流れているし。

 やがてトビが無事に戻り、アラウダちゃんの姿に驚きつつも集めた木を地面にばらまく。


「ハインド殿は相変わらず……」

「な、何だよ?」

「いやいや、また変な縁を作ってぇ――なんて、思っていないでござるよ?」


 完全に口に出しているじゃないか。

 ただ、偶然ではなくアラウダちゃんの場合……シエスタちゃんの姿を見つけて、近くまで寄ったところで吹雪に巻き込まれたのだろうと推測している。

 何はともあれ――


「気が付いちまったもんは仕方ないだろうが……」

「その何かと変化に気が付く能力も込みで言っているのでござるが……まま、それはそれとして。さーて、ちゃきちゃき木を積むでござるか!」

「頼んだ。折角だから、食事をしながら休むことにするか……」


 調理セットのほうが簡単だが、風情がないしな。

 焚き火を利用して調理することにしよう。


「――賛成! 賛成だ、ハインド! 何か食べたい!」

「そしたら水を沸かしてくれ、ユーミル。何か温かいものにしよう。水は持っているよな? 鍋に入れて火にかけてくれ」

「うむ! スープ系か?」


 少し物足りなさそうな様子のユーミルに、少し考える。

 肉を食べたい! って顔だな……スープに放り込んでしまうのもいいが、さて。


「……スープ用に鍋と、蒸し器も使う」

「ほう! では、お湯を用意する!」


 ユーミルが動き出したのを境に、リィズはトビが集めた木材に『ファイアーボール』を。

 セレーネさんは調理補助、サイネリアちゃんとリコリスちゃんは馬の世話、シエスタちゃんは俺の近くで椅子を出して座る。


「あ、あれ……?」


 一斉にみんなが動き出した後、一人残されたアラウダちゃんが所在なく立ち尽くす。

 シエスタちゃん、何もしないなら何か言ってやればいいのに……。


「……アラウダちゃん、だよね?」

「う、うん……じゃなくて、はい!」

「話し方は普段通りでいいよ。話は食べながら聞くから、座って少し待っていてくれる?」


 携帯用の椅子をアイテムポーチから取り出し、シエスタちゃんの近くに置く。

 するとアラウダちゃんは、おずおずと椅子に触れ――


「……」


 シエスタちゃんからも俺たちからもやや距離を取って、借りてきた猫のように大人しく座った。

 聞いていた普段の様子とは全く違う態度だが……まあ、仕方ないよな。

 彼女としてもこの状況は、不意の出来事なのだろうし。

 そんなアラウダちゃんに、シエスタちゃんが呆れた目を向ける。


「昨日の今日で先輩――敵の仲間の保護を受ける、だもんねぇ……格好つかないね?」

「う、うるさいうるさい! 黙りなさいよ!」

「こらこら、煽らない。っていうか、君は手伝いなさいよ。お客様じゃないんだから」

「はいはーい。まあ、私は先輩の身内みたいなもんですしねぇ」

「……否定はしないし嬉しいけど、えらく捉えように困る言葉を選んだね……」


 リィズが一瞬、物凄い表情をしてこちらを見た後に眉をひそめ、元の作業に戻る。

 単純に仲が良いという意味にも、それ以上の意味にも聞こえなくもない。

 狙ってやっているんだもんな、これ……困った子だな……。


「あんた……」

「……何? どうかした?」

「……何でもない」


 アラウダちゃんがシエスタちゃんを不思議そうに見ていた。

 俺の勘違いでなければ今のアラウダちゃんの様子は敵意も何もない、心底意外なものを目撃したという顔に思えた。

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