挑戦の理由
「ではでは、省略して簡単に……短く説明をば」
「いや、待って。回りくどいくらい丁寧に、分かりやすく頼むよ」
「えー」
だって、そうしないと圧縮し過ぎた説明になるし。
シエスタちゃんの場合はきっとそう。
俺に同意するように、サイネリアちゃんが何度も頷いているのが視界の端に見える。
「……仕方ないですねぇ。えーと、あいつ……たな――じゃない。アラ……?」
「アラウダちゃんね、アラウダ」
「まずですねー、そのアラウダが好きだった男子がいましてー……これを仮にA君とします」
「お、おお……そういう系か……」
「コイバナ!? 恋バナでござるか!?」
「何でお前が真っ先に反応してんの? 乙女か」
というより、こっちの女性陣の反応が薄過ぎる気もするが。
シエスタちゃんの話の内容を既に知っているであろうヒナ鳥の二人はともかく、渡り鳥の三人……。
あ、あれ? よく見ると、セレーネさんだけは何か苦しそうな表情だ。
どうしたのだろう?
「それで、ですねー。そのA君が、あろうことか私に告白してきまして……」
「キャー! 青春ーっ!」
「おい、トビ?」
「結果、A君を好きだった、たな……アラウダは、見事私を敵視」
「あ、あれ? 告白を受けたシエスタ殿の、嬉し恥ずかしエピソードは? 話の大事な部分、すっぽり抜けているでござるよ?」
トビの言葉を聞いたシエスタちゃんは、まず「私にしては端折らずに説明したほうでは?」という面倒そうな顔を。
次いで俺の顔をちらりと見やり、それからスッと表情をニュートラルに。
……今、何を考えた?
「そうですねー。どう答えたか気になります? 先輩」
「さ、さあ? っていうか、どうして俺に訊くの?」
「だって、そこは……あいつ、あんなにモテるのか――って、急に正体の知れない焦燥感に駆られるところでしょ? ね、トビ先輩」
「親しいアイツも、いつかは自分から離れて……的な感じでござるな? あーっ、切ないでござるなぁ! 胸がキュッとする!」
「お前、いい加減にしろよ。何でそういう会話に普通についていけている訳?」
そして、何でそれを自分の恋愛に活かせない。
確かに、このメンバーの中の誰が告白されたとしても、もしかしたら一緒に過ごせる時間が減るかも? と、寂しい気分にはなるが。
恋人ができれば、自然とそちらに割く時間も増えるだろうから。
しかし……。
「俺の場合、そういうのには慣れっこだからなぁ……幸いというか、それで実際に恋人ができて、離れていったやつはいないけど」
「どういうこ――あー、そうですよねぇ。これは私としたことが、うっかりしていました」
「え? どういうこと? シーちゃん」
シエスタちゃんがリコリスちゃんの問いに答える前に、サイネリアちゃんが何事か耳打ちする。
すると、リコリスちゃんの頬がポッと桜色に染まる。
これだけ寒いというのに、一人だけ急にポカポカと温かそうだ。
「そしてこれが慣れていない人の反応ですね?」
「まあ……そうだね」
「あわわ……な、慣れているって、大人ですね!?」
「大人かどうかは知らんけど、特殊な環境にいるっていう自覚はあるよ……」
「どやぁ」
「ドヤるな、原因その1」
ちなみに、今更説明する必要もないだろうが原因その2は理世だ。
中学、高校と大体入学から三ヶ月くらいは未祐と理世にそういう話が特に多い。
……あ、あと今の時期もか。
クリスマス前は増える、とにかく増える。
「もちろん、全て断っているがな! 知っているだろう、ハインド!」
「ご存知ですよね? ハインドさん」
「……念を押さなくても、知っているよ。ってな訳で、シエスタちゃんだったらそういうこともあるだろうな――とは思っていたから」
「何だー、残念です。ちなみにですけど……その心は?」
「……」
あえて言わせようとする辺り、本当この子は。
話が進まない以上、言わざるを得ないので……極力、さらっと言えるよう努める。
「……そりゃ、シエスタちゃん。可愛いし……」
「どやぁ」
「私のドヤ顔がシエスタに取られた!?」
「別にお前の専売特許とかではないけどな?」
「……」
リィズの顔が怖い。
その辺にしておいてくれと俺が視線でシエスタちゃんに訴えると、察して話を進める。
「まー、先輩に褒められたんでよしとしましょう。で、結局断ったんですけどね? A君の告白」
「勿体ぶりおって……」
「それで恨みを買ったと……一体どんな断り方をしたんだ?」
「うーん……何だっけ? サイ」
「何で本人が憶えていないのよ……」
サイネリアちゃんが少し悩むような顔をする。
思い出そうとしている……という雰囲気ではないな。
そのまま言っていいのかどうか、迷っているような素振りだ。
「……要約すると、自慢話と他人の悪口ばかり言うから好きじゃない――って、理由じゃなかった? 私もうろ覚えだけど」
「あー、それそれ。私がよく人をからかっているから、勘違いしたのか知らないけどさぁ。しばらくは我慢して話を聞いていたんだけど、つい言っちゃんたんだよねぇ……」
「……シエスタちゃん、何を言ったの?」
「冗談で済むライン、分かってる? って。そう言ったら、キョトンとされちゃいまして」
「あー」
それはまた……俺が知る限りのシエスタちゃんの感性からすると、許し難い相手だろうな。
「先輩なら分かってくれますよね? そういうの」
「いや、どうだろう……? 人によってそこらの感覚は違うから」
「じゃあ、リコを例に。リコがドジって転んだとして、リコが不快にならないよう、それを上手に笑い話に転化してください。先輩」
「何で私なの!?」
「何だ何だ? 何が始まるのだ?」
妙な話の流れだが、シエスタちゃんとリコリスちゃんを交えた寸劇がその場で始まる。
俺の話題の出し方を聞いて、リコリスちゃんが許せるかどうかを判断する……らしい。
「ええと……リコリスちゃんには悪いけど、さっき転んだところを見た時はちょっと笑っちゃったよ。靴が綺麗に吹っ飛んでいたねぇ」
このくらいかな? と、加減しながら冗談めかして話に出す。
すると、シエスタちゃんが即座に応じる。
「ですよねー。リコは元気が有り余っていますから」
「あー、酷いです! シーちゃんもハインド先輩も! でも、それくらいなら全然許せちゃう!」
「じゃあ、同じ内容をA君が話したとして。私が実演してみますね。先輩、先輩、今朝ですねー。実は、リコが……」
「え? あー……それは……」
シエスタちゃんが小声でリコリスちゃんをちらちらと見ながら、俺に耳打ちしてくる。
それも嘲笑に近い声を混ぜつつ、小馬鹿にしたような表情で。
「でしょー? 馬鹿でしょ? ぎゃははは!」
「あーっ!? 何か嫌っ! ひそひそ話で、陰口っぽいのが許せない! シーちゃんのバカぁ!」
「いや、私じゃなくてね? まぁ、でも、要はこんなんです。A君って人は」
「なるほど……」
割と嫌な奴だな、A君。
しかし、そういうのはどこにでもいるよな。
他人の悪口ばかりを話題にする、いけ好かないやつ。
そしてそいつを中心としたグループ……。
俺が普段、なるべく距離を置いている感じの人たちだ。
「うん、確かにその二つは全然違うね」
「む、違うのか? そのA君とやらの言いっぷりは、確かに卑怯だと思ったが!」
「お前は自然とそうならないようにできているから大丈夫。まあ、ケースバイケースなんだが……今みたいに、本人の前でその話題を出すのと、そうでないのとは違うだろう?」
「うんうん。さすが先輩ですなー」
「で、その冗談を言う相手によっても違うだろう? 今のは立ち直りの早いリコリスちゃんが相手だったけど、例えばセレーネさんが相手なら……」
「あ、うん……か、完全にスルーされるのもそれはそれで嫌だけど……」
「ってことで、リコリスちゃんよりもソフトタッチになる。軽く話して、大丈夫そうなら普通に弄るけども」
「え、ええっ!? 弄るの!? あ、でも、ハインド君だったら……うん……」
相手や話題の内容によって許されるライン、つまり冗談で済む範囲は違ってくる。
ましてや、最初から目的が陰口であればそれは論外だ。
シエスタちゃんの感覚と、俺のそれが合っているかは分からないが……。
そんな思いを込めて視線を送ると、シエスタちゃんは緩い笑顔で口を開いた。
「先輩、結婚して?」
「え」
「はぁ!? どさくさに紛れて、何を言っている! お前!」
「……シエスタさん?」
「あ、待って待って妹さん。今のは本当にうっかり、口が滑っただけで……魔導書を出さないで? 雪も降ってきたし、こんなところで徒歩は嫌ですよ?」
「……次はありませんからね」
「おー、こわ……あ、それでですねー。それを言っちゃった後に、しまったと思った訳なんですがー……」
しかし、そこはシエスタちゃんである。
後々面倒にならないよう、上手いこと失言をフォロー。
更にはA君とやらの自尊心を傷つけないよう、言葉巧みに断ったらしいのだが。
「男を見る目のない、たな……アラウダは、自分が好きな男子をあっさりふった私に突っかかるようになりまして……はぁぁぁぁぁ……」
「心底嫌そうでござるな……」
「蹴散らせばいいではないですか、そんな女」
「うむ!」
実際にそうやって過ごしてきたであろう二人が、シエスタちゃんにそう言い放つ。
しかしシエスタちゃんはそれに、いつも以上に面倒そうな表情で応じる。
ああ、その気力はないと……。
それ以外のメンバーも、思った以上にデリケートな問題に口ごもる。
馬に揺られながら沈黙が降りる中、それを破ったのは意外な人物で――
「……でも、その……アラウダちゃんは、正面からシエスタちゃんに勝負を挑んできたんだよね? 人を見る目のなさは、ともかくとして」
「……セレーネさん?」
何か思うところがあるのか、セレーネさんがシエスタちゃんの近くに馬を寄せる。
シエスタちゃんも意外そうな表情で、少し眠気の取れた目でそれを見返す。
「まあ、そうですね……セッちゃん先輩の言う通りですが」
「だったら、ちゃんと応えてあげたほうが、えっと……最終的に、面倒なことにならずに済むと思うよ?」
「おー……?」
セレーネさんがなるべくシエスタちゃんに響きそうな言葉を選びながら、勝負の受諾を勧める。
シエスタちゃんはセレーネさんの話を頷きながら聞き終えると、少しだけ体を起こしながらこう言った。
「じゃー、受けておきますかねー……仕方なく、ですけど」
「うん、それがいいよ」
「……ということなんで、先輩」
「あ、うん。全然構わないよ」
「サイとリコもー」
「うん、分かった!」
「私もセレーネ先輩に賛成だから、いいわよ」
珍しい展開だが、逃げるよりは解決しておいたほうがいいだろう。
シエスタちゃんがみんなに緩く頭を下げる。
「みなさん。色々と面倒ですけど、寝具共々サポート……お願いしまーす」
「うむ、私も構わんぞ! 真剣勝負、大いに結構!」
「……ええ、お手伝いしますよ」
「じゃあ、次は勝負の内容についてでござるなぁ。シエスタ殿」
「……サイ、お願い。話し疲れた……」
「駄目よ、最後まで頑張りなさい」
「えー……」
それを微笑んで見守るセレーネさんに、今度は俺が馬を寄せる。
年長者らしい的確な助言だったが、セレーネさんが積極的にそれをやるのは珍しい。
「……あの、セレーネさん。もしかしてですけど、この前眼鏡屋さんで会った高校時代の同級生……」
俺がかけた言葉に、セレーネさんは唇の前で人差し指を立てた。
その表情には、やはり少し苦いものが混じっている。
「うん、大体シエスタちゃんと同じで……ハインド君の想像通りで合っているはずだよ。ただ、状況が同じでも、アラウダちゃんみたいに真っ直ぐ向かってきてくれる人ばかりじゃないから……ね?」
だからシエスタちゃんは恵まれているんだよ、とセレーネさんがそう結ぶ。
確かに正面からぶつかってくれる相手のほうが、まだ理解し合える余地があるよな……。
「……そうですか。しかし、そうなるとセレーネさんを告白の相手に選んだ男がいたってことか……あー、えっと……み、見る目がありますね、その人!」
「え、あ、え!? は、ハインド君!?」
俺が照れながら発した言葉に、セレーネさんが先程のリコリスちゃん以上に温かそうな状態になる。
……かなり恥ずかしかったが、それによってセレーネさんの表情に残っていた苦いものをぐっと減らすことに成功した。
やっぱりゲームをしている間くらい、嫌なことはすっぱりと忘れないとな。




