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タイムセールの極意

 振られる武器はおばちゃんのブロックする手、飛んでくるスキルや魔法は威嚇の声、樹木精霊は売り場そのもの、もしくは「押さないでください!」と必死に呼びかける店員さん……。

 だったら整理券を事前に配れよ! と、店の形態によっては思わなくもないが。

 そして『黄金の林檎』はワゴンの中の商品だ。

 そう思い込むことで、総身に力が湧き上がってくる。

『縮地』持ちの軽戦士など、ステップ系スキルを持つ近接職たちが先に精霊に近付いた俺たちを追い越していく。

 だが――。


「どるあぁぁぁぁ!!」

「あひんっ!?」

「おらぁぁぁぁぁ!!」

「ぶふっ!?」


 殴って殴って、足止めをする。

 金林檎に意識が向いているプレイヤー相手なら、俺でも簡単に杖を当てることが可能だ。


「ふはははは! ここはTB、そしてこれは非殺傷系のイベント! 思う存分、普段の買い物ではできないことをさせてもらうぜ!」

「お、おお、ハインドが随分と都合のいい頭の切り換え方を……」


 ユーミルが何か言っている気がするが、聞く耳は持たない。

 おばちゃんたちを吹っ飛ばしながら商品に辿り着く訳にはいかないが、この場のプレイヤーならば許されるのだ。

 普段、足を踏まれてもエルボーをくらっても歯を食いしばるしかない俺も、今は思う存分競争相手を弾き飛ばすことが可能だ!

 そしてそれは、今回に限っては神官の低火力でも問題なく実行可能!


「あははははは! 本当、今回のイベント仕様は最高だな! なぁ、ユーミル!」

「す、素直に同意しかねるぞ! 私の知らないハインドがいる……そんなにストレスだったのか? タイムセールの争奪戦……」


 おばちゃんたちに対するストレスをぶつけられるプレイヤーには悪いが、手心などは一切加えない。

 杖が淡い……淡いにも程がある、ちっぽけな輝きを帯びる。

 いい加減これよりも強い攻撃魔法を欲しくなるが、長く使っているだけに――。


「くらえっ!」

「目がぁっ!」


 戦果の挙げ方もよく分かっている。

 というより、ダメージがしょっぱすぎて他にどうしようもない。

 ただ、今回の仕様ならヒットストップもそこそこあるようだな。

 目を狙うのが無理そうな時は、脚にでもぶち当てることにしよう。


「――やらせるかっ!」

「ちょ、おま、やめろぉ!? 何だこれ!?」


 更には、アイテムを使用可能なのも俺にとって追い風だ。

『ネット玉』を投げつけ、最も動きが目に付いた軽戦士を絡めとる。

 スキルもアイテム関係もWTに入ってしまったので、後は杖殴りだ!


「通さんっ!」

「いたっ! ――って、本体!? いつの間に!?」

「邪魔だ、どけ本体っ!」

「当たるかっ!」

「ハインド、異常に位置取りがいいな!? 凄いぞ!」

「数秒先、自分がいるべき場所を見定めるんだ! それが大事だ!」

「おおっ!? 何だか、武術の奥義っぽいな!? 格好いい!」

「――そしてワゴンに辿り着き、商品をこの手で掴み取るぅっ!」

「そうでもなかった!」


 ……タイムセールでもこうやって、周りを蹴散らせたらなぁ。

 しかしさすがに妨害のネタ切れが近いので、ユーミルの背を押して先を促す。


「さあ行け、ユーミル! はぁ、はぁ……数は減ったろ! 樹木精霊も、もう鈍足だ!」

「ハインド? 今、ものすごーく複雑そうな顔をしなかったか?」

「何で分かっ――って、さっきから俺ばっかり見てるんじゃねえよ! 林檎! 林檎を見ろ!」

「み、見てなど! ……い、いたが……」


 さっきから、通常攻撃で何人か妨害しただけじゃないか。

 走りながらの行動の割には、体力を温存できているようで何よりだが。

 ――と、俺たちの近くを真っ白なビームが突き抜けていく。

 その射線上にいたプレイヤーたちは、面白いように四方八方に吹っ飛ぶ。

 振り返ると、シエスタちゃんがいつもの表情のままピースしていて……。


「ナイス、シエスタちゃん! 道ができたぞ、今だ!」

「むっ……!? い、行ってくる!」


 珍しくこちらを気にして注意力散漫なようだが、走り出した背にはいつも通りの気迫が感じられる。

 残った俺は……。


「……もう、大丈夫だな。はぁ、はぁ……」


 シャトルから切り離されたブースターのように、力を失い脱落。

 全力疾走や杖を振り回した疲れもあるが、スキルも道具もWTに入ったのが痛い。

 あっという間に後続に吸収されると、


「本体ィィィィィ!!」

「何でリィズちゃんを連れてこねえんだぁ! どうせ吹っ飛ばされるなら、リィズちゃんにされたかったぁ!」

「生勇者ちゃん最高―っ!」

「エルフ耳の新色を追加してよぉぉぉ!」


 恨み――と、その他諸々の念が籠もった複数の攻撃を受けて吹っ飛んだ。

 いや、どの色だよ!? どさくさに言われても、分かんねえよ!


「――って、上ぇ!?」


 どういう力が作用したのか、俺は上に向けて吹っ飛ばされた。

 これはもう、完全に戦力外――落下ダメージとか、どうなっているのだろう?

 体感では異常に長く、しかし実際には短かったであろう浮遊感が途切れると、そこそこの痛みと共にようやく落下。


「先輩。生きています? 生きていますね」

「……そうらしい」


 しばらく呻いていると、シエスタちゃんが傍でかがむ気配が。

 顔を上げずに、俺はHPを確認しつつ答えた。


「いやー、しかし綺麗に吹っ飛びましたねー。まるでコントみたい」

「……シエスタちゃん。できたら、回復してくれたら嬉しいんだけど?」


 受けたスキルのダメージよりも、落下ダメージのほうが大きいらしい。

 戦闘不能に至るほどではないことに変わりはないが、軽戦士辺りは多少回復薬が必要になるレベル。

 まあ、連続で上に飛ばされることなんて、そうそうないだろうが。


「本当に何だよ、この仕様……」

「さっきまで先輩、最高だって言っていませんでした?」


 安定しない視界の中で、空中に向かって急激に加速する銀髪の女の姿を見た。

 あー、そうやって『バーストエッジ』を使うのか……なるほどなぁ。

 魔力の放出による衝撃を利用し、推進力に変えたらしい。

 同時に数人のプレイヤーが『黄金の林檎』に向かって飛びかかるも、先頭はユーミル。

 更にはセレーネさんとサイネリアちゃんが矢で妨害をかけ、やがて――。


「採ったぁぁぁぁ!!」


 ユーミルは、見事に黄金色に輝く林檎をもぎ取った……までは、よかったのだが。


「あばばばばばば!?」


 後先を考えない跳躍により、転がり、滑り、もんどりを打ってからようやく止まった。

 俺とどっこいか、それ以上に酷い姿である。

 ……フィールド内のプレイヤーたちの空気は、それ見て完全に凍り付いている。


「……うん。先輩たちの華麗な活躍で、見事に金林檎を初ゲットですねー。めでたい」

「皮肉が過ぎるよ、シエスタちゃん……」


 もし今のが現実だったら、大怪我もいいところである。

 俺はうつ伏せに近い状態のまま、シエスタちゃんの回復魔法を受けた。

 ……お、痛みが和らいできた。


「は、ハインド君! しっかり!」

「だ、大丈夫でしたか!?」

「ま、まあ、何とか……」


 駆け寄ってきたセレーネさんとサイネリアちゃんに助け起こされ、四人でユーミルの元へ向かう。

 何かあいつ、一緒に競っていたプレイヤーたちにまで心配されているんだが……。

 ユーミルを中心にできた輪に、一声かけながら割って入り――。


「あ、セレーネさんはいいですよ。サイネリアちゃんと一緒に、そっちで待っていてください」

「あ、お、お願いね?」

「でしたら、先程まで待ち伏せに使っていたエリアで待っていますね」

「うん。ありがとう、サイネリアちゃん」


 人混みと注目が大の苦手なセレーネさん、その付き添いにサイネリアちゃんを残して中へ。

 さっさと回収してやらないと、他のプレイヤーにも迷惑がかかる。


「シエスタちゃんはこっち」

「えー」


 放っておくとどこかに漂っていきそうなシエスタちゃんの手を取り、引っ張っていく。

 ……俺だって、注目されるのが得意な訳ではないのだ。

 ここはシエスタちゃんにも、平等に視線を受け止めてもらうことにする。

 ダメージと、多分着地ミスによる恥ずかしさで立ち上がれないユーミルを回収して、俺たちはその場を離脱した。

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