金林檎・初取得への道
フィールド全体の様子を見ていると、職ごとの役割というものは大体決まってきているのが分かる。
林檎は後から納品、その後に報酬という形式なので分配が可。
「痺れれれれ!」
「おい、縮地ミスり過ぎだろ! 役に立ってねえ!」
「うううるせえ、難ししし!? ――ペナルティ、なげえ! あ、解けた」
「どっせーい! うはははは!」
「でっ!? 邪魔すんな、ゴリラ!」
ということで、林檎を採るのは近接職……特にスーパーアーマーのある重戦士、トビのような回避型の軽戦士は非常に今回のイベント仕様に合っている。
他の近接職はスキルの使い方次第、といったところ。
総じて言えることは、一つ。
「……やっぱり、近接職の多いチームが有利だな?」
「分かっていたことですけどねぇ。遠距離職のお仕事は、林檎ゲッターな近接のサポートと邪魔者の吹き飛ばしですもんね」
「こういう時ってのは、大概……」
「ええい、ハインド! お前も前に来い! 手が足りん!」
「こうなるよな……」
分かってはいた。
分かってはいたのだが……。
「金だぁぁぁぁ!!」
「うおおおおおっ!!」
「あっ、触んないでよ! あっち行って!」
「触ってねえよ!」
相変わらず物凄いな……。
あれらが意味を持たない叫びに変わるまで、そう長くはかからないだろう。
「あそこに飛び込むのか……って、あ、金林檎!? 出たのか!?」
近くにいたプレイヤーたちも、遠くに見えるプレイヤーたちも、一斉に金林檎目がけて集まって行く。
――さっきまでよりも密集度が増したんだが!?
「先輩、がんばー」
「行きたくねえええ!」
「先輩がルート選択とガイドをして、最後はユーミル先輩を飛び込ませるのがいいと思いますよー。張り切ってどうぞ」
「くっ……」
とはいえ、このイベント仕様だと各種バフ、そして『ホーリーウォール』を使った後は支援型神官に大した仕事はない。
スキルによるダメージが少ないので、MPはともかくHPの回復は滅多に必要ないのだ。
シエスタちゃんが即席で提案してくれた作戦も、憎らしいくらい俺たちの能力に合っているものだ。
……意を決し、足踏みしながら指示を待つユーミルに近付いていく。
「ハインド! どうするのだ!? ここで待つのか!?」
「ああ。それとユーミル、俺が水先案内人をやるわ……」
「むっ、それはいいが――って、酷い顔をしているな!? 大丈夫か!?」
「だってよ……あの光景」
金林檎を付けた樹木精霊は、快速でフィールド内を縦横無尽に走り回っている。
この調子なら、しばらくは捉まることはないだろう。
そしてそれを血眼で追う、魑魅魍魎たち。
その姿は、俺の中でとある場面と重なる。
「タイムセールに群がるおばちゃんたちにそっくりなんだもんよ……」
「う、うむ? ……い、言われてみれば」
あの中に入っていくのは、結構な気合が必要だ。
いや、結構な気合というよりも、むしろ不屈の精神というか、鋼の魂というか……。
「しかし、セールのおばちゃんたちは攻撃してこないだろう? 一緒にするのはどうなのだ?」
「馬鹿言うな、してくるわ。ショルダータックルは序の口、肘打ち、割り込み、足踏み、大声での威嚇……それはもう、目的のブツを手に入れるためなら苛烈な攻撃をしてくるぞ!」
「お、おお……」
「先輩の中ではセールのおばちゃんとTBのプレイヤー、どっちが上なんです?」
「そりゃ、タイムセールのおばちゃん……あれ? もしかして俺、結構行けそう?」
俺の疑問の声に、一斉に頷きが返る。
そうか、確かにそうだな……タイムセールの要領で行けばいいのか……。
「よし、じゃあやってみる。三人とも、サポートよろしく」
「ひ、比較対象がおかしいような気はするけどね?」
「……そうですね」
「まー、先輩ですし」
そんな訳で、肚は決まった。
金林檎付きの精霊は、しばらくすると速度を下げる仕様なので……。
それまでは、なるべく周囲のプレイヤーを吹き飛ばしておくことだ。
運が悪いと樹木精霊の進行ルートに入らない可能性があるが、待ちの戦法自体は変えない。
追いかけての取得にはまた違ったコツが必要だし、このフィールドのプレイヤーの練度はあまり高くない。
……正直、いつ林檎を取られてしまうかとハラハラするが。
「ぐぬぬ……ここはグラドタークで……!」
「やめとけよ。絶対無理とは言わないが、ここは我慢だ」
馬の速度を精霊に合わせ、進路の予想をしつつ飛び移る……。
前に弦月さんが大型モンスターに対して似たようなことをしたが、精霊の不規則な動きからして、あの時よりも難しい賭けになってしまうだろう。
今にも走り出しそうなユーミルを抑えつつ、迎撃準備を整える。
「ハインド、クイックは!?」
「使える。エントラストも問題ないぞ。思い切って行け」
「そうか! なら遠慮なく!」
「――みんなも、一旦集合! 固まってくれ! 次に樹木精霊が近付いてきたら、仕掛けるぞ!」
「へーい」
「はい!」
「が、頑張って、ハインド君、ユーミルさん」
走る樹木精霊と、それを追って蹴落とし合いながら追って行くプレイヤーたち。
やがて樹木精霊がこちらに向かって旋回し……。
「うわ、来ちゃったよ……」
「来て欲しくなかったのか!? いい加減に覚悟を決めろ、ハインド!」
「分かっているよ……明日はスーパーで特売セールがあるから、その予行演習だ!」
「セールが本番なのか!? こっちが練習!?」
「当たり前だろう? ……来るぞ!」
まずは遠距離攻撃で競合プレイヤーの数を減らす。
サイネリアちゃんは『アローレイン』、セレーネさんは『ブラストアロー』、シエスタちゃんが『ヘブンズレイ』。
俺とユーミルは『焙烙玉』をそれぞれ一個、集団に向かって放り投げる。
「――!!」
「あーっ!」
「ひでえよ本体この野郎―っ!」
酷くない。
というか、こっちにも色々飛んで来ているじゃないか……必死の回避と、事前にかけておいた『ホーリーウォール』でどうにか防いだが。
結果、俺たちは樹木精霊を追いかけていた集団の大半を綺麗に吹っ飛ばすことに成功。
常にはない光景に対し、ユーミルが快哉を叫ぶ。
「おー、豪快! やはり今回のイベント仕様、中々楽しいな!」
「上手いこと嵌まったな……っと、三人は追い打ち! 頼むぞ!」
「あいあいさー」
俺とユーミル以外の三人が、スキルを撃ち終えるなり素早く『焙烙玉』を手にする。
追い打ちは念入りに、丁寧に。
さすがに『焙烙玉』の爆風は拡大していないが、こいつには元からそれなりに吹き飛ばし能力がある。
「てめえこの野郎本体、憶えてろよぉぉぉ!」
「見つけた! シエ――おぶっ!?」
「勇者ちゃんバンザァァァイ!」
……どうして怨嗟の言葉が俺にばかり飛んで来るんだ。
女性陣を責めるよりも楽なのは分かるが、それにしたって偏り過ぎだろう。
「……?」
「どしたの、サイ?」
「あ、ううん……今、知った顔がいなかった? っていうか、シーを呼んでいなかった?」
「気のせいじゃない? それよか先輩たち、出番ですよ。出番」
「行くぞ、ユーミル!」
「うむ!」
残る躱したプレイヤーたちは、必然的に手練れか運が良かったかの二通りに分けられる。
どちらにしても手強いので――と、様子見していたプレイヤーたちも来たか。
あちらは遠いので、到着までに林檎を取ってしまえば問題ない。
速度が落ちて来た樹木精霊に、残ったプレイヤーが殺到する。
「金林檎はセール品……金林檎はセール品……金林檎はセール品……」
「怖い!? 怖いぞ、ハインド!? それと、金林檎はどちらかというと限定品だ!」
必要なものは最適な侵入ルート、そして攻撃と口撃に動じない心構え……。
ユーミルと共に、黄金の実をつけた樹木精霊に向かって走る。




