イベント二日目
作戦を立てたからといって、最初から上手く行く訳ではない。
特に俺たちは、ホームであるサーラのフィールドで成果を全く上げられなかった。
故にここグラドでは、地形把握が足りないという不利を補えるような手段を採る必要がある。
昨夜複数出した作戦の中でも、初めはやや消極的な戦法を選ばざるを得ない。
「ということで、まずは待ち伏せ戦法だ。フィールドに慣れるまでの間は、きっとこの方が良いはず」
二日目、俺たちはグラド帝国にある『フェア平原』に来ている。
メンバーは俺とユーミルにシエスタちゃん、サイネリアちゃん、それから……。
「えへへ……」
「……セッちゃん、聞いていないのではないか?」
「みたいだな……」
緩み切った表情のセレーネさんの五人である。
セレーネさんがこうなってしまっているのは、このフィールドに来る前のできごとが原因だ。
「シリウスのみんなが装備に大喜びだったからな。嬉しかったんだろう」
「手応えあり、といった感じか」
「しばらく装備を変えなくて大丈夫、とか言っていましたねー。楽できるのはいいことです」
シリウスへの武器の納品を済ませてきたのは、つい今しがただ。
何だかんだで、シリウスはトップギルドの一つなのである。
そのプレイヤーたちのほぼ全員に満足してもらえたというのは、ユーミルの言う通り相当な手応えだろう。
「並の鍛冶師ですと、セレーネ先輩が使ったものの上位の素材でやっと互角の武器になるそうですね」
「長いこと性能が一線級な上に装飾やらのセンスが良いから、人気が出るのも当然だよね」
俺は『支援者の杖』を見ながら、サイネリアちゃんの言葉にそう返した。
こいつも長いこと現役だよな……新しい杖を作ってくれるそうだが、セレーネさんは必ずこれを超える出来の杖にすると言ってくれている。
一体どんなものになるのか、想像もつかない。
……それはそれとして、セレーネさんをこのままという訳にもいかないな。
「……あのー。セレーネさん?」
「ふふ……」
「セレーネさん!」
「――はっ!? な、何かな!? ハインド君!?」
「……周囲は既に戦場なので。申し訳ないのですが、喜ぶのは後で」
フィールドの端、樹木精霊がほとんど通らない場所なので被害は受けていないが。
林檎を巡り、周囲は吹っ飛ばし合戦で――
「うごへっ!?」
「わあっ!? ひ、人が飛んできたよ!?」
セレーネさんの足元に男性プレイヤーが転がって来た。
慌てて俺の背に隠れるセレーネさんに、思わず苦笑が漏れる。
「……今回のイベント、こんな感じみたいなので」
「うむ。林檎を巡って醜い取り合い! だな!」
「行き過ぎると、ああなりますしね」
初日のイベントを経験した二人が補足を入れる。
シエスタちゃんの視線を辿ると、奇声を上げながら樹を登る面々の姿が見え……。
「うきゃああああ!」
「むきゃああああ!」
「ふんがああああ!」
「……えっと」
セレーネさん、困惑。
樹に登りつつ相手を蹴落としたり服に掴まったり、見るに堪えない光景が繰り広げられている。
スキルや道具を用いて華麗に林檎を採るものがいる一方、実力が伯仲したり、MP切れになったりした場合はあのように直接的な肉弾戦になる。
彼ら、彼女らが血眼になって目指しているのは……どうやら銀林檎だな。
「あそこまで行くと、お猿さんみたいでしょう?」
「こら、シー! 失礼でしょ!」
「う、うーん……」
「ああはなりたくないですよねー。ですんで、私たちはスマートに行きましょ?」
「……何故、私のほうを見ながら言うのだ? シエスタ?」
シエスタちゃんがナチュラルに多方面に喧嘩を売っているが、これはいつものことなのでスルー。
ようやく話が最初の段階へと戻る。
「で、待ち伏せなんだけど。待ち伏せって言っても、樹木精霊が通りやすいポジションを確保して待つ必要がある訳だ」
「寄ってくる邪魔な人たちを、吹き飛ばしたりする必要があるんだね? ……ちょっと気が引けるけど」
セレーネさんが頬を掻きながら、そう応じてくれる。
そう、このイベントは結局のところ争奪戦……競争に勝つには非常に徹しなければ、何も得られない。
「む……地味な作戦かと思ったが、そうでもなさそうだな!」
「今日はトビがいないし、目に付いたのを肩っ端からって訳にも行かないからな。馬で樹に追いつくところまでは余裕だろうが」
林檎が生っている位置は結構高いので、『縮地』なしだと採るのに時間がかかってしまう。
そうなると、先程のような乱戦に巻き込まれ……効率的には非常によろしくない。
林檎に遠距離攻撃を当てて落とすことも可能だが、馬に乗りながらそれをやるのは難易度が高い。
……とはいえ、説明している間にセレーネさんなら行けるような気がしてきた。
確かセレーネさんは騎乗戦闘でも、かなりの命中率で的を射抜いていたはず。
「どうですか? セレーネさん」
「できなくはないと思うけど……落ちた林檎を拾ってくれる役も必要だし、難しくはなるね。現段階では、待ち伏せのほうが確実じゃないかな?」
「了解です。じゃあ、それは後々ということで」
時間経過で採れる作戦が増えるということもある。
ひとまずは、待ち伏せ作戦ということで……フィールドの中央付近へ。
「どけえええ、貴様ら!」
まずは初撃、威嚇を兼ねた『バーストエッジ』でユーミルがプレイヤーたちを吹っ飛ばす。
やはりダメージはイベント仕様で低め、ただし……。
「き、気持ちいい……!」
「うおー……確かに凄いな、これは」
非常に豪快に人が吹っ飛んで行く。
ノックバック距離が増加しているのも間違いなさそうだ。
即座に『クイック』を使用、MPはポーションで回復させて次に備える。
「よし、いつでも来い! また吹っ飛ばしてやるぞ!」
「バーストエッジは、ちらつかせるだけでいいからな? クイックのWT明けまでは、上手くやれよ」
「わ、分かっている!」
「いつもながら、分かっている人の反応じゃないですよねぇ……」
「……それは言わないお約束でしょ? 黙っていなさいよ、シー」
「お前たち!」
「どうどう。剣を向ける相手を間違えるなよ」
おー、リコリスちゃんがいないと上手いことフィルターがかからないな。
ユーミルに直で攻撃……ならぬ口撃が飛んで来る。
俺はセレーネさんと顔を見合わせ、微妙な笑顔を交わし合う。
若干連携に不安が残るが、初日よりはいい成果を残したい。
「あ、あの精霊、銅林檎が生っているよ! ハインド君!」
「視野広いですね、セレーネさん!?」
まるで草食動物みたいだ。
人見知りだから、周囲を警戒する癖がついているのだろうか……?
先程のようにぽやっとしている状態は珍しい。
「進路は……よし、狙えそうだ。みんな、構えろ!」
ともあれ、銅林檎は待ち伏せ戦法が有効かどうか確かめるのにちょうどいい。
勢いに乗るためにも、ここはしっかりゲットと行きたいところだ。




