二日目以降に向けて
「……」
「……」
イベント初日終了後。
俺たちの目の前には、沢山の……『精霊の林檎』が残された。
銀でも銅でもなく通常の、である。
「わあー、豊作ですねー。すごいなー」
シエスタちゃんがあさっての方向を見ながら、棒読み気味にそう呟く。
トビは白目を剥き、ユーミルは不満そうな表情でそれに応じる。
「まさか、金どころか銀も銅も取れないとは……おのれ……」
「普通に赤一色ですねぇ……」
ギルドホームに戻り、得た林檎を談話室のテーブルの上に積んでみる。
樹の精霊の林檎……なのだが、味が非常に良い以外にあまり特徴はない。
ただしこいつは食材以外に回復薬としても使え、大体『中級HPポーション』と同じくらいの効果がある。
イベントに参加するだけで中級ポーション相当のアイテムが大量に手に入るのだから、これだけでも悪くないといえば悪くない。
しかし、やはり特殊な林檎を全く得られていないというのはいい気分ではない。
「物凄い勢いで毟られて行ったものな、レアものは。特に金林檎。妨害もきつかったし、あのまま続けていても……」
あの後、樹木精霊の発生率が上昇しているフィールドをいくつか移動したが……。
どうにも成果が芳しくない。
このまま粘っても仕方ないということで――
「仕方なくないだろう!? 戻ってもう一回だ! 私は悔しい!」
「気持ちは分かるけどな? このまま行っても、また似たような結果になると思うぞ」
「無策で戻っても仕方ないって、私も思いますよ?」
「……」
「大体、トビのこの有様を見ろよ。完全にグロッキーだろうが」
いつまで白目を剥いているのだか知らないが。
というか、帰りの道中からずっとこうなんだよな……。
前が見えているのかも不明だが、特に転んだりはしていなかった。
「情けないぞ! 立てぃ、トビ!」
ユーミルの呼びかけに、トビはゆっくり……。
ゆっくりと、背もたれに体重を預け、脱力していた体を起こす。
「拙者の……自信は……もう粉々に……」
「そんなもの、接着剤でくっつけろ!」
「何それ!? どういうこと!?」
「接着剤でくっつくんですねぇ」
「割った壺を素人が直すような、雑な処置だな……」
自信、あったんだな。
『縮地』でどうとでもなると思っていたのだろうな……確かに、俺もイベントが始まるまではそう思っていた。
「そんなトビの自信については、自己再生を待つとして」
「放置? ねえ? つまりは放置なの?」
「じゃあ超回復で。凄いじゃないか、それが終わればパワーアップできるぞ」
「筋肉痛じゃないし!? しかも結局放置してるじゃん!」
「ひとまずイベントの性質をまとめておくか。対策を考えるには、それをまず理解しないと」
「うむ……手早くな?」
「ですねー。無駄足は御免ですよー」
「うっ、ぐぅ……せ、拙者も話に混ざる! リベンジしたいでござるよ!」
イベントは事前告知の通り、スケジュールで予告された地域で出現率が上昇。
例えば、初日の今日であればサーラ王国・北部。
範囲はざっくりとしていて、その大雑把な範囲の中で一時間ごとに対象フィールドが移行。
俺たちも、今日は『エーデ高原』以外に二つのフィールドを移動した。
「明日はグラドでしたっけ?」
「うん。グラドの中央部だから……この辺も行ったことのある地域だね」
「じゃあ、お布団用の新素材はなさげですねー……お休みしよっかな……」
「明日はサイネリアちゃんも来るんじゃなかったっけ?」
「……はぁ」
逃げられそうもない予感に、シエスタちゃんが溜め息を一つ。
他の面子は未定だが、さて。
「ハインド。もしかしてなのだが、今回のイベント……人数が多い方が有利なのではないか?」
明日のメンバーに触れたところで、ユーミルが先程のフィールドのできごとを思い返すような表情で問う。
確かに、ギルドで動いていたグループに何度か目の前で林檎を掠め取られたが。
「うーん……難しいところだけど。最初に金の林檎を取ったの、ソロプレイヤーのアラーニャだったじゃんか」
「そうだった……では?」
「相手を倒すんじゃなく林檎を取るのが目的なんだから、隙を突けば少数でも行けるわな。でも、人数が多ければ林檎への道を作ったり……」
「拙者たち、多人数ギルドにめっちゃ吹っ飛ばされたでござるしな……魔法もバンバン飛んできたし……」
「威力に補正がかかっているのか、ダメージは低かったけどな。代わりにノックバック距離とかヒットストップの時間が伸びていたような」
これらはイベント専用の仕様だと思われる。
だから装備差、レベル差はあまり気にせずイベントに参加することも可能と。
「総じて、人数が多ければ林檎の取得役のフォローはしやすくなる。精霊の進路も塞げるし、追いかけるのも楽だろう。結論、人数が多いほうが戦術の幅は増えるっていう――」
「楽なんですか?」
楽という単語に瞼を重そうにしていたシエスタちゃんが反応する。
いや、フィールドに出てしまえば楽は楽だけど。
「人数を揃える手間があるからね? そこは楽じゃないからね?」
「それはほら、先輩が……」
「ちょっと難しいなぁ……第一、集めたとしてもデメリットが結構あるし。機動力の低下、公平な報酬分配、命令系統の構築、他にも――」
「あ、もういいです。めんどい」
自分で言っておいて何だが、こう考えると大きなギルドを運営している人は凄いよな。
もちろんしっかり管理が行き届いている前提で、だが。
人数が多くても各自勝手にやってね、みたいなギルドがそれなりにあるのも頷ける。
「うん。まあ、逆に少人数でしか採れない戦法もあるからさ。それを使っていこうよ」
ここはいつも通り、自分たちに合った戦法を実行してみるところから。
それに限界を感じるまでは、人員増加に踏み込む必要はないだろう。
「ほう……具体的にはどんなものがあるのだ?」
「忍者っぽいやつはないのでござるか?」
「に、忍者っぽいの? あー、だったらそうだな……」
俺が挙げたいくつかの作戦に、シエスタちゃんは眠そうに。
ユーミルとトビが熱心に耳を傾け、頷きを返す。
イベントはまだ、始まったばかりだ。




