収穫祭・イベント初日
「右右、ユーミル!」
「任せろ、頭を押さえる!」
『樹木精霊マールム』が走る、走る。
いくつかに分かれた根が素早く動き、葉を落としながら高速で高原を移動していく。
その樹の高い位置には、黄金色に輝く実が揺れている。
俺たちはその後ろを、馬を駆って必死に追いかける。
「樹の走り方、ちょっと気持ち悪いですねー」
「蜘蛛みたいだしな……って、シエスタちゃん! ゆっくり話している暇はないんだよ!? 馬を走らせて!」
「へーい」
イベント初日、俺とユーミル、シエスタちゃん、そしてトビの四人で『エーデ高原』を訪れていた。
ベリとサーラの国境付近、そのサーラ側にあるフィールドで、ベリで行われた防衛イベントに向かった際に通ったことのある場所だ。
最初の発生率上昇地点が、近場だったのは幸いだが……。
「トビを止めれば問題ねぇ! 一番機動力があるのはあいつだぜ!」
「悪いけど、うちのが林檎を取るまでここで大人しくしてな!」
「何なのでござるか、お二方! 邪魔でござるよ!」
見慣れたサーラ勢の面子、スピーナさんとルージュさんがトビの乗った馬を邪魔してくる。
今回のイベントは争奪戦形式で、数を集めるタイプの『マールムの林檎』、レア度の高い『銅の林檎』『銀の林檎』、そして超希少な『金の林檎』を持つ樹木精霊がランダムで出現。
林檎のレアリティが上がるごとに樹木精霊の移動速度は上がって行き、プレイヤー同士の争いも激しくなる。
互いへの攻撃は可、イベント対象フィールドであればPK扱いにならないという設定だ。
「ぬおぅっ!? ――あああ、落ちたぁ! ふ、二人がかりはズルいでござるよ!」
「「問答無用!」」
「ちっ……これでも食らえ!」
「ぶおっ! 躊躇なしかよぉ!? 憶えてろよぉ、ハインド!」
「ちょ、こっちに吹っ飛んで来るんじゃないよ! トビを逃がしたじゃないか!」
『焙烙玉』を放り投げ、トビから二人を引き剥がす。
それでもトビがあっさり馬から引きずり降ろされた辺り、この二人は要警戒である。
「トビ、縮地を使え縮地を! ポイントゲッターのお前が動けなきゃ、話にならん!」
「わ、分かっているでござるよ! とうっ!」
やや間抜けなかけ声と共に、トビの姿が掻き消える。
ユーミルが進路を塞いだマールムに一気に肉薄し、空中のトビが手を構えた。
「よし! もらっ――」
「――たぜぇ!! はははーっ!」
「「「ああーっ!?」」」
イベント開始から、およそ一時間。
記念すべき最初の『黄金の林檎』を取得したのは……。
「アラーニャ、この野郎! 待ちやがれぇ! お前ら、追うぞ!」
「女王様への貢ぎ物がっ!? 返せこん畜生ぉぉぉ!」
「女王様にご褒美をもらうのは俺だぁぁぁ!!」
スピーナさんの叫び声、そして殺到するカクタケアの面々。
ソロプレイヤーのアラーニャが、アンカーフックを巧みに操って『黄金の林檎』を掴み取っていた。
トビは……あ、空振りしたのか? 近くでこけている。
「野郎ども、奪い返すよ!」
「「「へいっ!」」」
「ユーミル、無理か!?」
「無理だ! 速過ぎる!」
俺たち、そしてイグニスの面々も追いかけるが……。
アラーニャは周囲で歩く他の樹木精霊の枝にアンカーフックを絡めると、次々と移動。
アイテムポーチに『黄金の林檎』をしまいこんでしまう。
『――黄金の林檎を アラーニャ が取得しました! おめでとうございます!』
そして流れるゲーム内アナウンス……。
そうか、やっぱりアイテムポーチに入れた瞬間に取得が確定するのか……。
すぐ目の前に取得のチャンスが転がっていただけに、これは悔しい。
「おのれええええ! 悔しいぃぃぃ!」
「落ち着け、ユーミル」
「あーあ……鮮やかでしたねぇ、先輩」
「本当にな……アラーニャ、もうフィールドにいねえし……」
彼はレイドイベントの時に見かけたソロプレイヤーだ。
『クイーン・ソル・アント』の時だったな。
まだフィールドにサーラのプレイヤーばかりだったってのに……彼はグラドのプレイヤーのはず。
軽戦士の鑑、と言ってもいい身軽さだ。
「……おい、トビ。大丈夫か?」
「……」
そしてウチの軽戦士はというと……。
空振りした後、そのまま拗ねたように地面に突っ伏したままだった。
これは、ユーミル以上に悔しがっているな……取った相手が同じ軽戦士だけに。
「む、こいつどうしたのだ? 動かないな」
「動きませんね」
ユーミルとシエスタちゃんが馬から降り、近場に落ちていた枝でトビの体をつつく。
ちなみにこの枝、樹木精霊が落としたものだ。
残念ながら、ただのオブジェクトで素材としては使えないみたいだな……。
二人の無体な攻撃に、それでもトビはうつ伏せで動かない。
「ハインド、起きないぞ! どうする!?」
「仕方ないな……」
俺も下馬してトビの傍に近付く。
そして両手を構えると、そのまま脇にそれを差し込み……。
「起きろぉぉぉーっ!」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! ――やめてよ!? みんなして!」
「ほら、起きた」
「さすが先輩」
「さすが……なのか? そこで褒めるのは違くないか?」
脇腹を刺激すると、トビは転げ回った後に跳ね起きた。
樹木精霊が落とした枝やら葉っぱが体中にくっついている。
「人が落ち込んでいるというのに、つついたりくすぐったり……何という仕打ちでござるか」
「そうは言うがな。あんまり放っておいて、もしその間に次が来たら――」
「そんなにすぐ来るのでござるか!?」
立ち直りが早いのはいいことだが、別に確証がある訳ではない。
「……報酬の設定とか、プレイヤーの不満とかを考えるとそうかなと思っただけだ」
各色の林檎を期間中に一定数集めると、それに応じて報酬が付与されるという仕組みだ。
『金の林檎』は一個でも『スキルポイントの書』が手に入る貴重品だが、それなりに配らないと絶対に不満は出るだろう。
端から手に入らないと分かり切っている報酬のために、人はやる気を出したりはしないものだ。
「だから、競争はあるけど出現頻度はそれなりじゃねえかな? という予想だ。次が来たら頼むぞ」
「しからば、気合を入れ直すでござる! 最低でも、今夜の内に一個は……!」
「うん、頼んだぞ。ユーミルもな」
「うむ! ハインドもチャンスだと思ったら、迷わず飛び込むのだぞ?」
「そう思ったんだけど、重戦士辺りに吹っ飛ばされそうでな……やってはみるが」
『黄金の林檎』に接近するには、人の壁を掻い潜るか吹き飛ばして近付かなければならない。
俺たちは避けながら動いていたが、さっきも場所によっては大魔法やらスキルで人が吹き飛んでいたからな……。
「黄金の林檎が出た瞬間に、さっさともげれば楽なんですけどねー。目を皿にしないと駄目ですかねー」
「観察力とか視野の広さが必要だよね。さっきの金林檎を付けた精霊、エフェクトとかなしにいつの間にかいたっけ?」
「うむ。誰かが金の林檎だ! と叫んで、それでこの有様――奪い合いになったはずだ」
「黙ってサクッとやれれば最高でござるな。もっとも樹がかなりの速度で逃げるので、バレずにやるのは難しいでござろうが」
そんなこんなで、俺たちはその後もフィールドで林檎狩りに勤しんだ。
最悪、『金の林檎』が取れなくても他の林檎を集めるメリットは十分にある。




