飼料の改善・羊、牛版 後編
「私が思うに、魔力草を与えることで羊が――」
「主にMP回復薬に使う素材だが……それを食べさせると、超進化! 的な?」
「そうだ!」
「具体的には? どうなるんだ?」
ユーミルが歩きながら、腕を組んで目を閉じる。
今は街に出たばかりで、市場まではまだ距離がある。
人通りも少ないので……まあ、目を閉じていても大丈夫だろう。
「まず……目からビームが出て……」
「えっ!? 何で!? ロボ!?」
「後は角だな! 角がパワーアップしていて……」
「お、おう。目もだけど、攻撃性が上がるのは家畜として微妙だな。それで?」
「毛が二倍くらいに、もこもこと増える感じだ! 収益率アップ!」
「えー……急にそこだけ実用的……」
「目からビームで、角が凄くて、毛が二倍ですか? よく分かりません!」
「一言で言って、クリーチャーでござるな」
ユーミルの脳内では、既に羊が凄いことになっているらしい。
夢は膨らむばかりだが、俺個人としては毛並が良くなってくれればそれで十分だ。
シエスタちゃんのニュー布団の素材に使えるかもしれないし。
「……」
「あ、リコリスちゃんはどうなって欲しい? 羊。牛でもいいんだけど」
「はい! 私はですねぇ――」
訊いて欲しそうな顔をしていたので、リコリスちゃんにも話を振ってみる。
ユーミルのは何故か強くなる方向性だったが、リコリスちゃんはどうだろう?
「まず、睫毛が伸びます!」
「ま、睫毛?」
「はい! バッサバサです!」
いきなり雲行きが怪しいのだが、大丈夫だろうか、これ。
しかし、俺の不安をよそにリコリスちゃんの想像する羊(改)の話は続き……。
「次に、足が長くなります!」
「キリンさんでござるかな?」
「背も伸びます!」
「キリン……っぽいな。首も伸びる?」
「首はいいです!」
「む、遠ざかったぞ? キリンではないのか?」
「そしてウェストにはくびれが……」
「「「くびれ!?」」」
それは本当に羊なのだろうか?
しかし、ユーミルはリコリスちゃんの言葉にピンと来たようで……。
「あ、リコリスお前! それは自分がなりたいスタイルではないのか!?」
「バレちゃいましたか……えへへ」
「丸分かりだ!」
謎は解けたとばかりに、ユーミルがリコリスちゃんを撫でくり回す。
対して俺たちは、脳内で変化させていた羊だったもののイメージを上手く放り投げられないでいる。
何だろう、この……うーん?
「そういうことか……何か、妙に女子力が高そうな羊だとは思った……」
「そう考えると、途中まで一致していたキリンさんって結構美人さんでござるな。あ、人ではないか」
「擬人化すれば美人なんじゃないか? 知らないけど」
それにしても、リコリスちゃんの理想は結構高いところに――いや、憧れは憧れとしても、少し意味合いが違うか。
ユーミルをチラチラ見ていたので、多分そういうことなのだろう。
「……しかし、あれござるな。どうなるにせよ、モンスター化しなければいいでござるが。ユーミル殿のイメージとか、まんまだし」
「大丈夫です! きっとそうなっても懐いてくれます!」
「リコリス殿はプラス思考でござるなぁ。でも、TBにはモンスターテイマーとかないし……怖くない?」
確かに、凶暴になって制御できなくなるのは怖い。
世話をする中で生まれた愛着もあるし、そうでなくても体調を崩す可能性がある。
だからこそ、飼料を変えるなら慎重にという話だ。
「そういうのを防ぐための事前調査だからな……」
「うむ。適当に食べさせて試す、というのはちょっとな!」
「ああ。何か分かるといいな」
それから数分後。
結果、王都に移住していた元・放牧民の男性から話を聞くことに成功。
王都の顔見知りの多さ、それから現地人への聞き込みは何度かやっているので、慣れたものである。
『魔力草』のようなものを与えても、動物が攻撃的になることはないと判明した。
むしろ羊なら毛並みが、牛なら乳の出が良くなるということもあり、大量に確保できるなら推奨できるとのこと。
ただし、だ。
「あんまり高濃度の魔力を帯びた食物を与えると、どうなるか分からない……だってな」
農業区に戻りながら、俺たちは得た情報を整理していく。
トビが腕を頭の後ろで組みながら、遠くを見るような目で応じる。
「様子を見ながら、少しずつ混ぜるのが正解でござろうなぁ……よく考えたら、自生している魔力草を食べる羊をどこかで見たような」
「魔力草の確保は問題ないのだろう?」
「それは問題ない。資源島で採った上位版はあるけど、魔力草自体は新素材じゃないし」
『魔力草』は『薬草』並に大量に使うので、数は揃う。
というよりも、『魔力草』以外に餌として有効なものを色々と聞けたので……。
「後は味だな、味。栄養も大事だけど、美味しくブレンドしてあげないと」
「羊の味覚ってどういう感じなんですか?」
「そもそも動物の味覚ってどうなのだ? あるのか?」
「ちゃんとあるはずだけど、羊に関しては詳しくないな……犬は塩味、猫は甘味をあまり感じないそうだぞ」
「へー、そうなのでござるか。ノクスのような――鳥は?」
「鳥も甘味が分からないはず。ただ、蜜を摂取する……ハチドリのような種は例外だってよ」
「「「へー」」」
雑学披露のような感じになっているが、味も栄養も、要はその動物に適したものを与えることが大事となる。
「リィズに訊けば正確な答えが返ってくるんじゃないかな。生き字引みたいなやつだし。ユ――」
「嫌だっ!」
俺が呼びかけようとした瞬間、ユーミルが言葉通りの表情で声を張った。
通りの人々が驚いて振り向くほどで、俺たち三人は慌ててユーミルをなだめにかかる。
「ちょ、子どもでござるか!?」
「そんなに叫ばなくても……」
「ど、どっちみち、魔力草を使うならリィズ先輩の了承も必要ですよね?」
「くっ……」
回復薬系の素材は、止まり木で大量生産のためにそのまま使用――もしくはリィズの新薬作製に持ち込まれるかどちらかだ。
飼料に使うなら止まり木にも確認を取る必要があるが、もちろんリィズにも話を通す必要が出てくる。
「俺がリィズに言ってもいいけど……どうする?」
「むっ……仮にも、私は羊と馬の飼育責任者だからな……や、やってやるとも! 自分で!」
うん、それが道理だな。
自分で選択を迫っておいてなんだが「じゃあ任せる」と言い出したら、ちょっとどうかと思ってしまうところだ。
「そうか。じゃあ、細かい素材量の調整とかは俺に任せろ。お前は止まり木とリィズの了承を取って来てくれるか?」
「うむ!」
「……ハインド先輩、ユーミル先輩なら最後にはこう言い出すと分かっていたんじゃ……?」
「……そうでござるよなぁ。わざわざ罠にかけるような甘いことまで言って……でも、はいはいごちそうさま、な信頼感を見せ付けてくるのは前からでござるし? 拙者、いつも横でそれを見せ付けられているでござるし?」
「そこ、コソコソうるさいぞ!」
「「すみませーん」」
全く謝意の見えない調子で返された……。
ともかく、飼料を変えるには他の生産分野との連携が不可欠だ。
止まり木という大きなバックアップを得ている分、そういうところをきっちりしていかないと揉める原因になりかねない。
まあ、それでも……。
「着いたらさっさと了解を取って始めるぞ! いいな、ハインド!」
「ああ。止まり木にも動物に詳しいおじいちゃんおばあちゃんがいるから、そっちを頼るのも手だな。ゲームに通用する部分も、結構あるだろう」
「よーし!」
細かい調整は俺の役目なので、ユーミルは筋だけ通せば問題なし。
こうやって目標に向けて猛進していれば、いつものようにそれで大丈夫だ。
 




