飼料の改善・羊、牛版 前編
雑用係である俺たちには、生産に特定の仕事がない。
だから、手伝いをする際にはいくつかのコツが要る。
自分たちの農業区に戻り、最初に向かったのは牧草地付近だ。
ここでは、ユーミルとリコリスちゃんが羊・馬の育成を行っている。
「ユーミル、飼料の補充をしておいたぞ。古い方のだけど。新素材を使った改良の話は後でしよう」
「助かる!」
「ねえ、ユーミル殿、ユーミル殿。拙者は何したらいい?」
「知らん! 自分で考えろ!」
まず、自分で考えて動くこと。
作業中のところに入って行って補助をするのに、一々指示を仰いでいては却って邪魔になるケースも多々ある。
ちなみにユーミルは羊の毛を刈っているので、今は手が離せない。
これを実行するには、事前に作業の流れを理解しておく必要があるのだが。
次に――
「わわっ!?」
「ぬおっ!? 拙者の一張羅が草だらけに!」
「すみません、トビ先輩! 前が見えていませんでした!」
「い、いやいや、拙者のほうこそ申し訳ござらん」
次に、導線を塞がないこと。
今も干し草を抱えたリコリスちゃんにトビがぶつかってしまったが、こうならないよう周囲に気を配らねばならない。
そして――
「ハインド殿ぉ……」
「……お前は俺と一緒に力仕事な。何のための男手だ」
「ハインド殿ぉぉぉ!」
「抱きつくな! 鬱陶しい!」
そして、自分の能力を活かすこと。今回の場合は力仕事だ。
最後に、トビのようにどうすればいいか分からなくなった時は手の空いている人間を遠慮なく頼ること。
こういう時に一番駄目なケースは、手が空いた人間が出てしまうことだ。
勿体ないし、何より本人のモチベーションに関わってくる。
トビと一緒に羊集めへと回る。
「……牧羊犬とかがいたら楽なんだけどな。このっ! 頼むから、大人しく中に入ってくれ!」
羊のお尻を押しながら、俺はそんなことを呟いた。
同じようにしながら、トビがそれに答える。
「犬系統の神獣なら、はぁ、同じことができるそうでござるよ……ふぅぅぅん!! このでか尻めっ! ていっ! てぃっ!」
大半は餌入りの桶で誘導できたのだが、何頭かは無反応だったのでこうして押し込んでいる。
羊の性格はマイペースというか、正直……ちょっとふてぶてしいくらいだ。
舐められているのだろうか? 俺たち。
それにしても、犬系の神獣か……狼とかもそれに含まれるんだろうな、多分。
「ノクスにもできねえかな、それ……」
「猛禽類でござるし、ワンチャン……いや、難しいか……」
「あんまりきつい追い込み方をしても、羊のストレスになる可能性があるしな」
ノクスは賢いが、牧羊犬のように綺麗に群れを纏めて移動させられるかというと微妙だ。
肩に乗るノクスは、俺の視線に首を傾げる。
「……ノクス、静かでござるなぁ。もはやハインド殿の肩と一体化しているというか、いて当然というか……」
「何か、最近は俺が屈んだりバランスを崩しても不動だからな……」
牧羊犬は犬の神獣の特権ということだろう。
ノクスにはノクスの、マーネにはマーネにしかできないことがあるしな。
生産の大部分を止まり木に委託することになった俺たちだが、生産を任せっきりという訳でもない。
羊に関しては、何頭か種類の違うもの同士を交配させており……。
「お、こいつは顔が黒いでござるな。体も大きめ」
「サフォークっていう種類だな。本来は食肉用が主で……まあ、食べないんだけど」
「っていうか、ゲームの仕様で食べられないでござる」
「まあな。家畜系は食用のを育成できないからなぁ……」
ショップなどで既に肉に加工されたものが売ってはいるのだが、その過程はすっぱり抜け落ちている。
全年齢対象故か、それとも解体の概念を持ち込みたくなかったのか。
牛もミルクは採れるが、食用不可。
よって、このサフォーク種も用途は毛を刈るのみである。
この仕様については賛否両論で、残酷なシーンを見せられるのはモンスター関係だけで十分だという意見、むしろ見せた方が小さい子の情操教育にはいいという意見もあり――と、思考が脱線気味だな。
「そういやお前、さっきみたいな感じでバイト先とかで大丈夫なのか? 邪魔にされないか?」
「あー、そこは、ほら……まず拙者、一番発言力のありそうなパートのおばちゃんに気に入られるところから初めるので……」
「おお、なるほど。賢い」
トビ――秀平は、恋愛関係の付き合い以外は卒なくこなすからな。
そうやって場に溶け込んで行くことで、周囲の人に助けてもらえるのだろう。
「でも、最近はバイトしていないよな? 懐具合は問題ないのか?」
こいつは大概、新作ゲームを買い過ぎていつもカツカツなのだが。
何故だか最近、余裕があるように見える。
「ここのところ、勉強の成績が上がったでござるからな。お小遣いアップ! でござるよ!」
「ほう。ちなみに、もし成績が下がったら?」
俺の質問に、トビの笑顔が一瞬で曇る。
羊は残り……三頭か。もう少しで終わるな。
「そんなの……ばっさりカット、でござるよ?」
「やっぱりか。そう甘くはないよな」
「ま、まあでも、バイトするよりは成績キープのほうが楽でござるし! 勉強ならハインド殿が教えてくれるし!」
「時間がある時はな。ちゃんと自分でできるところは自分でやってくれよ」
さすが、上のお姉ちゃんたちを全員大学に進学させた津金家である。
小遣いの額は成績に応じてしっかりと上下するらしい。
この感じだと、案外秀平も成績を維持していい線まで行くのでは……?
「ところで、ユーミル殿に言っていた新しい飼料というのは何のことでござるか?」
「そのまんまだよ。資源島で得た新しい牧草とかトウモロコシを、飼料に混ぜてみようかって話。前に、馬の飼料を色々変えたのは憶えているだろう?」
「あー、そんなこともしたでござるなぁ。では、さっきリコリス殿が持っていた草は?」
「あれはキューブ……四角に固めて止まり木にやったり、そのまま売ったりするんだよ。俺たちの担当は家畜や植物の品種改良が主だから、餌にも気を――」
「――魔力草とかも混ぜてみていいか!?」
「うわあ!? ユーミル殿、どっから来たの!?」
羊の間から、にゅっとユーミルが生えてくる。
隣には、悪戯っぽい笑顔のリコリスちゃんも一緒で……さては、わざわざ気配を殺しながら近付いたな。
しかしトビよ、お前は忍者の癖にあっさり背後を取られ過ぎじゃないか?
「ユーミル、毛刈りは終わったのか?」
「今日の分はな! ところで、魔力草――」
「ああ、どうなんだろうな? 面白そうだし、草食だからそのまま食べちゃいそうだが……拒絶反応とかが怖いな」
「体調を崩しちゃったり、ですか?」
「そうそう」
だから、中々に判断が難しいところである。
こういうのは、先にやってみた人がいれば話が早いのだが……あっ。
「そうだ。今からちょっとだけ町に出ないか?」
「む? 何故だ?」
「こういう場合は、現地人に訊くのが一番いいかと思ってな。前の馬の飼料の時とは違って、魔力草はゲーム側にしかないアイテムだし」
TBというゲームは、そういったヒントや指標となるものを現地人に持たせている場合が多い。
家畜の餌に関しても、何か知っている人がいる可能性はそれなりにあるのでは? というのが俺の予想。
「家畜に詳しい人って、誰か街にいなかったっけ?」
「むぅ……心当たりはないが、ひとまず市場に出てみるか?」
「そうしようそうしよう、でござる!」
「そうしましょうそうしましょう!」
そんな訳で、四人で一度王都の市場に向かってみることに。




