イベント告知と休み時間
「……」
翌日、俺は学校の教室でスマートフォンを手に唖然としていた。
表示されているページはTBの公式サイト、内容は……。
「秋の収穫祭、黄金の林檎を追え……各地に出現する“樹木精霊マールム”を追い、黄金の林檎を集めて回りましょう。数日ごとに地域ごとの出現率が変化、大陸中を駆け巡れ! イベント開始までに乗り物を準備しよう! 今なら、ログインするだけで等級・一般の馬を全員にプレゼント……」
「画像を見るに、自立歩行する樹から林檎をもぐイベントみたいだね……わっち?」
出現する地域は、おおよその場所が事前に告知。
その後、ゲーム内のアナウンスで一斉告知されるという仕組みらしい。
例の、視界の下の方に出る字幕が使われるようだ。
「嘘だろう……いくら何でも都合が良過ぎ……」
「わっち? おーい」
「な、何だ?」
「スマホ。それ、着信じゃない?」
秀平の言葉に視線を戻すと、スマートフォンがマナーモードで震えていた。
表示されている名前は……お、珍しい。
「悪い、秀平。出ていいか?」
「どうぞどうぞ」
目の前の秀平に断り、席を立つ。
どこか空いている……うん、教室の後ろのほうでいいか。
ベランダは人がいるし。
「もしもし、椿ちゃん?」
『あ、亘先輩。告知、見ましたか?』
「見た見た、驚いたよ。昨日の今日でこうだもの」
「……椿ちゃん?」
「あ、斎藤ちゃん気になる? 気になっちゃう?」
「うん、気になる。ごめんね、岸上君。聞こえちゃって」
秀平と偶然、席に戻って来た斎藤さんとの会話が聞こえてくるが……まあ、気にせず通話に集中するとしよう。
斎藤さんは一言こちらに向け、手を上げて謝ってくる。
『何だか釈然としない流れですが……シー……愛衣が珍しくやる気なので、みなさんに素材集めをお願いしてもよろしいでしょうか? もちろん、イベントのついでで構いませんので』
「いいんじゃないかな。こっちの四人には俺から伝えておくよ」
『ありがとうございます。小春には私から――』
『先輩先輩。私の時代? 私の時代ですか? 来ています?』
『ちょっと、愛衣!』
愛衣ちゃんの時代……かどうかは知らないが、極めてタイミングが良いのは事実だ。
俺がどう答えるか少し悩んでいると、こちらを見る二人分の視線と話す声が意識に割り込んでくる。
「中学生の女の子のお友達? あ、妹さん……は高校生だったね」
「普通にわっち直通の友達だよ?」
おい、秀平。
元はユーミル――未祐が切っかけだっただろうが、記憶を捏造するな。
その場にお前もいたことをしっかり憶えているぞ、俺は。
半端に聞こえる距離だけに、訂正できないこの状況が酷くもどかしい。
「中学校ってスマートフォンを持ち込んで良かったっけ? 私のところは駄目だったよ」
「あー、俺らのとこも駄目だったなぁ。確か小春ちゃんたちのとこは……休み時間、それから放課後だけ使っていいんだったかな? そもそも、授業中は手元にないって話だけど」
「へー。ってことは、授業中は?」
「先生に預けないと駄目らしいよ。持ち込みの許可を貰う手続きも大変なんだってさ」
「なるほどねー。そういう感じなんだ」
そうそう、だから愛衣ちゃん辺りは面倒で、放課後まで預けっぱなしだと言っていた。
だから椿ちゃんのスマートフォンを使って、割り込んで来たのだろうけれど。
『――先輩、先輩。聞いています?』
「ああ、ごめんごめん。いいよ、素材が揃えば作ってあげるよ」
『本当ですか? 先輩、愛してるぜー』
「お、おう……えっと、ところでそっちの休み時間は大丈夫? 授業時間の長さとかが違うから、正確には分からないんだけど」
『あ、もう予鈴が……じゃあ先輩、また後で。椿、返すねー』
ガチャガチャと周囲の雑音を拾いながら、あちらのスマートフォンが移動していくのが分かる。
やがて呆れたような椿ちゃんの声が遠くから聞こえ、それが近付いてくる。
『……こんな――リギリで――でよ、全く。あ、すみません亘先輩』
「いやいや、気にしないで。ゲームはゲームの話として……」
『はい。スッキリ遊ぶためにも、二人にはしっかり授業を受けるように言っておきます』
「了解。お互い頑張ろう」
『ふふ、そうですね。ありがとうございました、亘先輩。失礼します』
あちらの折り目正しい言葉を最後に、椿ちゃんとの通話が終わる。
スマートフォンをポケットに捻じ込みながら席に戻ると……。
「仲良くゲームをやっているんだ、いいね。世話好きだもんね、岸上君って。慕われているでしょう?」
「まぁ、わっちの周囲の人は自然とね? 特にその眠そうな子が積極的でさぁ……口では否定しているけど、わっちだって満更でも――」
「おい」
斎藤さんは交友が広い割に、口が堅くみんなからの信用度が高い。
だから、秀平がどう話したところであちこちに触れ回ったりはしないだろうが……。
言っていいことと悪いことがあるだろう?
俺の背後に立っての声かけに、秀平が油の切れた機械のような動きで振り返る。
「今日は随分と、口が軽やかに回っていらっしゃるようじゃないか? ええ?」
「わ、わっち……で、電話はもういいの?」
「もう終わったよ」
俺の命も終わったかも……と呟く秀平の肩を叩き、俺は笑顔を浮かべた。
こういう時は、佐藤さんがいれば秀平にブレーキをかけてくれるのだがな……。
休み時間は大概、自分の席の周りで斎藤さんや、他数人の女子と一緒に喋っている。
俺たちと一緒に話すことも多く――生憎と、今日は風邪をひいてお休みだ。カムバック、委員長。
「岸上君、岸上君。まだ時間あるし、ゲームの話とか聞かせて欲しいな? あ、もちろん言いたくないならいいんだけど」
「いいけど……斎藤さん、ゲームとかやる人だっけ?」
「スマートフォンでできる簡単なのしかやらないけど、話を聞くのは楽しいかも。あ、人がプレイしている動画を見るのも好きだよ? 自分ではちょっと、だけど。最近のVRゲームって凄いんでしょう?」
どれだけ流行のゲームであっても、そのジャンルをやらない層は一切やらないからな……。
TBでユーミルがどれだけ有名になっても、現実の未祐が特に何も言われないのはそのためだ。
「凄いよ、俺も本格的に始めたのは今年になってからだけど。それまでは……」
「ああ、家事が……」
「うん、まあ最近は色々と落ち着いてきたんでね。未祐の誘いもあったし、春頃から始めたんだ。だから斎藤さんの見るだけでも楽しいって気持ち、少し分かるかな」
斎藤さんの俺への理解度は、家庭環境を薄々察しているといった感じ。
直接的に話す機会があった訳ではないが、色々と雑談をしていると、互いに見えてくるものがあったり。
しかしゲームの話題に食いついてくるとは、意外だったな。自分でプレイする気はなさそうだが。
「忙しかった期間は動画とかを見ていたんだ?」
「極々稀に、だけどね。それも自分が過去にやっていたレトロゲームの動画ばかり見ていたから、最初は最新ゲームについて行くのが大変で――」
「……」
黙ったまま震えている秀平を見て、俺は言葉を切った。
チラチラとこちらを窺う視線が鬱陶しい。
「……何なんだよ、秀平。話に入りたければ入って来いよ」
「……わっち、もう怒ってない?」
「怒ってねえよ。ただ、話を盛るな、大袈裟に話すな、確証のないことを事実みたいに語るな、調子に乗るな」
「佐藤さんがいれば、ダブルでお説教タイムだったかもね……」
「ひえっ!?」
秀平がぶるりと震えた。
そして無人の椅子と机を見て、自分を落ち着かせるように胸を撫でてから俺たちに向き直る。
「で、でも今日はいないもんね! 恐れるものはなにもない!」
「ついさっきまで、岸上君の表情に恐れおののいていたよね?」
「俺、そんなに怖い顔してたか? 秀平?」
「してないけど、わっちってば笑顔で怒るから怖いんじゃん……」
その後は予鈴が鳴るまで、いつも通りの雑談が続いた。




