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イベントのその後と眼鏡屋での一幕

「惜しかったですね、イベント」


 数日後、休みを利用して俺は少し遠くにある町に足を伸ばしていた。

 手に取るのは眼鏡のフレーム、隣には和紗さん。

 場所は眼鏡屋である。


「うん、結局順位はあまり変わらなかったね」

「倒すまでのソールの稼ぎが圧倒的過ぎましたね。俺らは護衛の船一隻分と巨大戦艦の撃沈MVPで順位が一つ上がっただけという……」

「……あのまま降参ボタンを押してもらえていても、5位くらいだったかな?」

「だと思います」


 イベント順位はそのままソールが1位でフィニッシュ。

 最終的に上位のポイント差はやや詰まったが、やはり独走を許し過ぎた感が。

 ――へえ、こういうレンズの周りにフレームのない眼鏡もあるのか。

 レンズに穴が空いているが……強度的にはどうなんだ?


「大きく順位を上げたのはとどめを刺したアルテミスですね。全くフクダンチョーさんは……」

「あはは……掲示板でも、フクダンチョーちゃんなら仕方ないみたいな風潮だったね……」


 あの砲弾を撃ち込んだのはアルテミス所属のフクダンチョーだったらしい。

 ギルド戦こそラッキーショットの餌食になることはなかったが、今回は見事にしてやられた訳だ。


「でも、資源島の成果は上々でしたし」

「うんうん、私もそこは満足だよ」

「プリンちゃんの評判も良い感じです。見ました? 公式が上げたあの海戦のリプレイ」

「う、うん……沢山映っていたね、私たち」


 イベント終了後、公式サイトでは『海戦・名勝負集』と称して数本のリプレイ動画が公開された。

 その中でもぶっちぎりの再生数を誇るのが、あの最後の海戦である。

 掲示板では昨日辺りまで、その動画に対する感想などが数多く書き込まれていた。


「ぷ、プリンちゃんのバリアに対する反響は凄かったよね? あと、やっぱり最後のソラールさんが吹き飛んじゃう――」

「セレーネさんも結構映っていましたね。特に砲撃の瞬間なんかは」

「わ、亘君の意地悪……」


 そして俺は、あえて和紗さんが言及を避けている事柄に触れて行く。

 うん、その拗ねた顔が可愛いので俺は満足です。


「自分が叫んでいるところが映っていて、凄く恥ずかしかった……」

「恥ずかしがることないですよ。しかし、毎度特定のイベント前は映像の利用に関する同意がありますけど……今回はこういうことでしたか」


 同意なしでもイベントに参加できるものも多いが、今回は同意が必須だった。

 ちなみに同意なしの場合はそういったリプレイに映らないよう配慮されたり、また、リプレイそのものがない場合もあったりで色々だ。


「こうなることを知っていたら、同意しなかったのに……」

「でも、和紗さんがイベントに参加できないのは困るなぁ……俺たち、どんなイベントだろうときっとランクインできなくなりますよ?」

「……そう言われちゃうと、弱いんだけどね?」


 和紗さんがはにかむような表情で俯く。

 俺は俺で、それを見て自分の発言が微妙に恥ずかしいものだった気がして、頬を掻いた。

 ……やっぱり和紗さんと二人きりだと、こういうむず痒い空気になるんだな。

 嫌ではないのだが、リアクションに困る。


「――と、またメールか……」

「こ、今度はどっちから……?」

「未祐です」


 といっても、頻繁に未祐と理世からこうしてメールが来るのだが。

 そもそも、俺がここに来ているのは二人が行けと言ったからで……。


「機会は平等であるべきです。その上で――」

「私が勝ぁつ!」

「……」

「な、何だ!? 偶には私が台詞をインターセプトしてもいいではないか! 本心なのだし!」


 ――確か、昨夜こんなことを言っていたな。

 三人の間でどんなやり取りが交わされたのかは知らないが、そういった事情で今の状況が生まれている。

 今日は『カズちゃん改造計画』だそうで、まずは眼鏡屋に行けとの指示だ。

 未祐からのメールは、新しい眼鏡は決まったか? というものだった。


「これだけ邪魔をしたら、平等な機会もへったくれもないんじゃ……」

「え?」

「いや、何でもないです。和紗さんはどんな眼鏡がいいですか?」

「えっと――」

「目立たない、とか地味な、以外でお願いします」

「……亘君の意地悪」


 心の底から嫌そうだったらこんなことは言わないが、先程から気になっているものがいくつかありそうなんだよな。

 単に踏み出す勇気が足りていないだけというか……和紗さんって、服もそうだし。


「こういう上だけ縁のある……あ、名前が書いてある。ハーフリムっていうんですか? 顔全体の印象が軽くなりますよね」

「わ、私に似合うかな?」

「どれでも大丈夫なんて適当なことは言いませんけど」


 持った眼鏡を和紗さんに向けて、レンズ越しにその顔を見てみる。

 ……よっぽど奇抜な眼鏡じゃなければ、問題ないよなぁ。美人だもの。


「和紗さんは顔立ちがいいんで、大抵は似合いますよ」

「そ、そうかな……? 自分ではそうは思わないけど……」

「何言ってるんですか。まあ、今しているみたいな地味目のも似合わない訳じゃないですけど……」

「……?」

「場所によって使い分けてもいいんじゃないですか? 今日は俺が一つプレゼントしますよ」

「ええっ!? で、でも、悪いよ」

「実は、未祐と理世からもこうしてカンパが」


 和紗さんにだけ見えるよう、財布とは別にバッグに収められたお金を見せる。

 これで眼鏡と服を買え、ということらしい。

 今までの経験からして、多少強引なほうが和紗さんにとってはいいという意見だ。

 もちろん、本気で嫌そうな時はやめにするつもりだが。


「代わりに、ちょっと印象が変わる奴を選びましょう」

「………………………………う、うん、分かった。それじゃあ、三人の厚意に甘えさせてもらおうかな」

「凄い長い間がありましたけど。嫌では?」

「ぜ、全然! 私の踏ん切りがつかないだけで、その……とっても嬉しい」

「それじゃあ、じっくり選びましょうか」




 途中、不意に店員さんに声をかけられて酷く和紗さんが動揺したりもしたが……。

 候補を絞り込み、その女性店員さんの許可をもらって和紗さんに眼鏡をかけてもらい数枚を撮影。

 未祐と理世にも画像を送って見てもらい、意見を――


「って、面倒くさっ!? 何であいつらに一々お伺いを立てなきゃならんのだ!」

「わ、亘君、落ち着いて。二人の意見もあった方が、私も安心できるし……」

「和紗さんがそう言うなら我慢しますが……」


 店員さんの目から見ても、時間をかけすぎで鬱陶しいんじゃないのか?

 そう思い、ちらりとカウンター越しの店員さんに視線を向けると……あ、穏やかな表情の微笑みが返って来た。

 営業スマイル――いや、違うか。心に余裕がありそうな人で良かった。


「あっ……」

「どうしました?」


 和紗さんが気にしているのは、今店に入って来た四人組か。

 派手な格好をして、似たような雰囲気の若い女性たちだが……。

 サングラスがある辺りで騒がしく話しているな。

 迷惑そうな顔をした他のお客さんが、それを見て店から出てしまっている。

 あ、店員さんの笑顔が引きつった。


「……知り合いですか?」

「高校時代の、その……」


 なるほど、察した。

 今回来ている場所は、和紗さんの実家がある地域だ。

 ということは、彼女たちは和紗さんが引きこもり気味になった時の同級生か何かだろう。

 しかし、どうするか……折角候補も絞り込んだし、あの店員さんにも色々と便宜を図ってもらった。

 それでも和紗さんのことを思えば、一旦店を出るのが一番だろう。

 店員さんに選んだフレームをキープしてもらおうと、立ち上がりかけると――


「ま、待って亘君。私が我慢すればいいだけだから……」

「……それはない。それはないですよ、和紗さん」


 どうしてあんな迷惑な連中のせいで、和紗さんが一方的に嫌な思いをしなければならないのか。

 だが、ここで直接的に何かをするのは愚策も愚策。

 地元に戻る度に和紗さんは彼女たちに会う可能性があるし、その度に絡まれたとしても……。

 そこに自分がいるとは限らない訳だ。

 ……よし、それなら。


「和紗さん、ちょっと失礼します!」

「な、何? 亘君」

「理世が持たせてくれた櫛で……すみません、店員さん。落ちた髪は拾いますんで!」


 店員さんが笑顔で何度も頷く。

 えっ? もしかして、俺が何をしようとしているか分かってるのか?


「あはは、マジぃ?」

「似合わねーっ!」


 まずい、四人組がこっちに来る!

 と、とにかく、和紗さんの跳ねた髪をさっさと整える。

 そして候補に絞り込んでいた眼鏡をかけさせて……。


「背筋を伸ばしてください。で、後は普通に」

「ふ、普通!? 普通って何だっけ!? 亘君!?」


 和紗さんが哲学的な問いを発しているが、ひとまずスルー。

 そして……。


「……?」


 四人組の内の一人が、和紗さんの顔が目に入る位置で立ち止まるが……。


「でさ、彼がそこで転んじゃってぇ――」


 すぐにまた騒がしく話をしながら、何も買わずに固まって四人で店を出て行った。

 しかも冷やかしかよ……タチが悪いな。

 ガチガチに緊張していた和紗さんが、大きく息を吐いてお店の眼鏡を外す。


「き、気付かれなかった……?」

「ね? 眼鏡と、それから髪型でも結構印象って変わりますよ。すみません、髪に勝手に触っちゃって」

「う、ううん。それは全然構わないんだけど……」

「穏便に済んで良かったです。どうしたって、ああいうのに関わると不快な思いをしますからね」


 にしても誤魔化せたってことは、高校時代もやっぱり寝癖頭だったんだな、和紗さん……。

 急いで梳かしたので、話している間にも髪のあちこちが跳ね始めているが。


「それに、言っちゃなんですけど……」


 和紗さんは四人の内、リーダーっぽい一際派手なメイクの女性を特に気にしていた。

 この怯え方からして、直接原因を作った加害者っぽいんだよな……あえては聞かないが。


「……得てして加害者側ってのは、自分が傷つけた相手を憶えていないもんです」

「そういう……ものかな?」

「ええ。俺が片親だと馬鹿にした中学の時のあいつとか、理世にちょっかい出してきた小学生時代のあいつとか、後になって普通に話しかけて来ましたもん。どういう根性してんだ」

「――分かります。私もそういう経験が……」


 店員さん、普通に話に入って来た!?

 とにもかくにも、色々あったが……。


「……ありがとう、亘君。その、眼鏡だけじゃなくて、ええと……色々と。改めて、亘君に会えて本当に良かったって思うよ、私……」


 眼鏡の入った包みを手に店を出たところで、和紗さんからやや大袈裟なお礼の言葉を受け取った。

 和紗さんらしい控えめながらも、優しさに満ちた笑顔と一緒に。

 この顔を見られただけで、今日は遠出をした甲斐があったと思えるな……。

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