太陽の船と月の船
程なくして、俺たちよりも先に戦っていた艦隊は全滅した。
見るのが少し嫌だったのだが、全員でソールの超大型船のHPを確認する。
超大型船『ぺルグランデ』……そのHP、つまり装甲は大型船よりも一桁多い。
それに応じた超重量故に鈍足、しかし――
「……ハインド、気のせいか? 私には、あの船のHPが全く減っていないように見えるのだが?」
「一割も減っていないな……」
巨体なので多少のダメージは入っているが、装甲を貫通できていない感じだ。
ということは、全滅した船団は有効射程内で攻撃を当てることができなかったのだろう。
そこから導き出される答えは一つ。
「長射程と濃い弾幕のせいで、近付けなかったんだろう」
「あの艦隊、第何陣だったのでござろうか? ええと、セレーネ殿?」
「浮いている残骸の数からして、第二陣くらいじゃないかな……?」
「ダメージを受け過ぎたからもう帰っちゃうとか、そういう心配はなくなりましたけれど……」
そう、リコリスちゃんの言う通りだ。
ソールの船はすぐさま帰還するということはないだろう、万全の状態にある。
「けれど」、あまりに度が過ぎるとどうなるか。
「ポイント的に、ここで止めないと誰も逆転できなくなるな……」
「何っ!? まずいではないか!」
「ああ、非常にまずい。本当は時間をかけて味方の吟味ができるのであれば、それが一番良いんだが……」
「待ったままで次の艦隊が壊滅するようなら、2位のルーナですら逆転不可でござるな」
そもそもルーナがもう戦ったのか、他のランカーの船はどのタイミングで行くのか、既に沈められてしまったのか、不明なことばかりだが……。
現状あの船がほぼ無傷ということを考えると、次の戦いは期待できるかもしれない。
「ということで、ギルマス。決断の時だ」
そう言いはしたが、散々煽ってからの問いかけだ。
答えは決まっているようなものである。
「無論、次で行く! 優勝の芽が残っている限り、最後まで諦めん!」
「よっしゃ、周囲に船影が増え始めたら行くぞ。何なら一番槍でもいい」
一番最初に戦闘態勢に入っておけば、ある程度は入ってくる味方を選別することが可能だ。
射程内に入る必要があるので、それまでソール側が待ってくれればだが……待ってくれそうだな、ソラールさんの性格を考えると。
そう考えて船を前進させ始めたところ、横から鮮烈な速度で何かが俺たちを追い抜いて行く。
「……何だ?」
目を凝らすと、光を反射しながら細長い船が波を切り裂いて進んでいるのが見えた。
流線型のフォルムが非常に美しい。
「銀の船……? まさか、ティ――」
「いやいや、確かにティオ殿下が喜びそうな船だけど違う。トビ、あれってルーナの……」
こちらも有名な船なので、おそらく間違いない。
速過ぎてよく見えなかったが、乗っている数人の女性がこちらに手を振っていたような気がする。
俺の言葉に対し、トビが目を細めて頷く。
「ルーナのシルバームーンでござるな。噂通り、かなりの快速船なようで」
「綺麗な船ですねー……」
「見た目が良い上に、理に適った形状だね……無機質だけど、大きな魚とか、イルカを見ているみたい」
俺たちがルーナをそう評している間にも、どんどん『シルバームーン』は巨大戦艦に近付いていく。
互いに交戦の意志を示す信号弾を同時に発射。
この場合は、そのまま戦闘状態へと突入する。
ルーナの『シルバームーン』は足を止めることなく、真っ直ぐに巨大戦艦へと接近。
「さ、先を越された!?」
「っていうか、自意識過剰でなければ俺たちとの共闘を誘いかけていないか?」
「そうでござるな……普通はわざわざ真横を通る必要なんて、ないでござるし」
「ど、どうするんですか? ハインド先輩!」
「どうするもこうするも……なあ? ユーミル」
救援要請を出さないのは、誰があの巨大戦艦を倒しても恨みっこなしという意志表示。
一緒に戦いたかったら勝手にどうぞ、という意味でもあるのだろう。
その他者に寄りかからない姿勢は、トップギルドならではのものだ。
「面白い! 先を越されたのは悔しいが、その誘い乗ったぞ! ――シエスタぁ!」
「はいはい」
既に『ペルグランデ』からは『シルバームーン』に向けて凄まじい量の砲火が浴びせられている。
その全てを旋回・回避しつつ、接近の糸口を探るルーナの面々。
そんな地獄の中へと、俺たちの『プリンケプス・サーラ』も侵入していく。
しかしその直後、至近弾が船を揺らす。
「ぬおお!? ここまで届くのか!? ぶ、ブリッジ!」
「追い風に乗って届いただけだって。落ち着け」
「情けないですね……さっきまでの威勢はどうしたのですか? ユーミルさん」
「し、仕方なかろう! 自力でどうにかできない状況は苦手なのだ!」
ユーミルは指揮官としては我慢が足りないな……。
それを見ていると、船の長は落ち着いていてこそだと実感できる。
少しの間を置いて、シエスタちゃんからの返事が。
「半端ないですねー。速度を上げますんで、各自対応を。サイ?」
「うん、分かってる!」
『シルバームーン』に負けじと、『プリンケプス・サーラ』も加速。
さすがに速度特化の船にはやや負けているようだが、これなら十分ついていけるだろう。
「速度を活かせる状況ではあるが、このまま後続の船が来るまで持ち堪えないとな……」
「ですがハインドさん。二隻だからこそ、相手が隙を作るということもあるのでは?」
リィズの助言に、俺は巨大戦艦を睨みつける。
「あるかもな。大所帯だし、トップとはいえ相手だって人間だ。連戦の疲れ、連勝による油断、タイムアップが近付くことで出る気の緩み……」
「でも、今のところは? ――のわっ!?」
トビが探るようにそう口にしたところで、また至近弾。
俺も転倒しないように、手近の手すりに掴まって体を支える。
これ以上近付くのは、現段階では非常に危険だ。
「ない。特に宿敵であるルーナが目の前に現れた今の状態だと、普通よりも集中しているくらいだろう。焦れて前に出れば火達磨だ。牽制射撃とか速度の緩急で、隙を探っていくしかない」
「……ブリッジの応援に入ります。シエスタさんの腕は信用できますが、移動パターンを読まれたら終わりですから」
リィズがそう告げて俺に視線を送ってくる。
確かに、一人の頭で考えられることには限界があるだろう。
操船しながらとなれば、尚更である。
「頼む。ブリッジはリィズとシエスタちゃん、サイネリアちゃんに任せて、俺たちは射撃だ。セレーネさん、指示をお願いします」
「うん。今シエスタちゃんが旋回してくれている――あ、ここ! ここだね。この距離が、プリンケプス・サーラに積んである砲の有効射程だから。近付くタイミングを計りつつ、良く狙って撃ってね」
甲板の俺たちは頷き合い、移動を開始する。
飛び交う砲弾の中、ブリッジメンバーの奮闘によって船がようやく反撃できる位置まで辿り着いた。
あちらは砲の数に任せて適当な狙いで良いんだもんな……その差がそのまま、この戦闘距離の差に繋がっている。
「精密射撃か……苦手だ……」
「ユーミル殿、船の上だとあまり役に立たないでござるなぁ……」
「貴様!? 薄々自覚はあったが、言ってはいけないことを言ったな!? 許さんぞ!」
「あ、あの……砲撃準備を……」
「お前ら、さっさと狙いをつけろ! この船を沈めたいのか!?」
俺がそう叫んだ直後、セレーネさんが敵の砲台を一門沈黙させた。
上がる煙に、リコリスちゃんを含めた三人があんぐりと口を開ける。
「……って、見惚れている場合か!? いくらセレーネさんでも、一射で一門しか潰せないんだからな! 俺たちも続くぞ!」
「わ、分かった! 外れても文句を言うなよ!?」
「投擲と他ゲーで鍛えた拙者の射撃センス、今こそ発揮するでござるよ!」
「せ、精一杯頑張ります! はい!」
「は、ハインド君? 私だって、命中率を100%にはできないからね? き、聞いてる?」
セレーネさんがオロオロしながらそう言ってくるが、こういう時は勢いが大事だ。
何せ、一門潰したところで『ペルグランデ』の勢いは全く止まる気配がない。
数秒後、巨大戦艦に向けて四つの砲弾がイベント海域の空を舞った。




