上位陣との戦い 飽和攻撃 後編
そしてその光が収まった時、そこには……。
一隻も落ちずに健在な姿で浮かぶ、ラプソディ艦隊の姿が。
「なっ……! 馬鹿な!」
「さすがに落ちないか……」
予想通りだった俺とは対照的な反応をユーミルがしている。
呟きが聞こえたのか、疑問を顔一杯に張り付けてこちらを向く。
「どういう意味だ、ハインド!?」
「中型船以降の船は、対魔法金属を使えるって話をしただろう? 船体が重くはなるけどな。ラプソディの船は魔砲を対策済みだったって訳だ」
とはいえ、全く無事という訳ではなく船体のHPはかなり削られている。
だからこの結果に茫然としている暇はない。
大事なのはここ、発射直後の動きである。
「行くぞ! このタイミングで一隻でも多く落として、敵の陣形に穴を開けなけりゃ――」
「負けが決まる、ですか?」
「そうだ。リィズ、ブリッジに行って針路の補佐をしてやってくれ。二人は操艦に集中、うっかり深追いすると俺たちのほうが沈む!」
「分かりました」
リィズが三角帽子を抑えてパタパタと駆けて行く。
砲手が一人減るのは痛いが、この場面で必要なのは火力よりも的確な位置取りだ。
それにしても……。
「ほんっっっと、憎たらしいくらいに崩れないな! ラプソディ!」
「ギルド戦で見せたような隙はないでござるなぁ……平然と撃ち返してくる」
加速を始めた『プリンケプス・サーラ』が砲撃に有効な位置につくまでの間は、一にも二にも状況確認だ。
互いに声を出してそれらを行い、誤った判断を下さないために気付いたことを言い合う。
「というか、うみんちゅの旗艦が危なくないか?」
ユーミルの声に双眼鏡をそちらに向けると、確かに魔砲を放ったうみんちゅの旗艦が砲撃に捉まり始めていた。
小破……いや、いつ中破になってもおかしくない。
それを見たセレーネさんが双眼鏡から目を離し、口元に手を当てる。
「魔砲の反動で速度が落ちているね……」
「そういうものなんですか?」
リコリスちゃんが小首を傾げる。
それに対し、セレーネさんが微笑んでから
「うん。あれって、機関のエネルギーを流用するデメリット付き兵装だから。撃った後は、オーバーヒートこそ起こさないけれど、機関の出力が下がっちゃうの」
「へー。強いと思ったら、弱点もあるんですね。それだったら、やっぱり大砲のほうが安定感があるような?」
「そうだね。魔法に強い金属の発見だけじゃなく、そういうデメリットの都合もあって、この世界の今の戦艦は大砲が多いってことになるかな」
セレーネさんが詳しく解説してくれたように、その辺りは以前も触れたとおり。
ただ、当たった時のリターンも大きいのが魔砲という武器だ。
故に来訪者はそれらを引っ張り出し、必殺兵器として利用している。
必殺し損ねた場合は……正に今、目の前にあるような光景になってしまう。
「撃ったは良いが、思った以上に相手の艦隊のHPが減っていなかったのでござるな……」
「出るのが遅いと思ったら、今度は焦ったみたいだな。しかし、まずいぞこれは。うみんちゅの旗艦が沈むと、全体の士気が下がる」
「むっ……どうやらそれが分かっているようだぞ? お前の妹は」
船が侵入したのは、うみんちゅの旗艦の射線――の少し横。
砲火に巻き込まれない位置を加速しつつ、『プリンケプス・サーラ』が横切って行く。
そして俺たちはセレーネさんの下知に従い、砲を撃ち込む。
撃ち込んだ後、相手がこちらを向くようなら離脱。
そうでないなら攻撃を続行。
「いいぞ、リィズ! 二人の操艦も絶妙!」
「これはうざいでござろうなぁ、相手……」
俺たちと同じような動きの野良の船も混じり、即席の連携で時間を稼ぐ。
……稼ぐどころか、そこそこのダメージを与えることに成功した。
一隻の中型船を艦首大型バリスタ、通称セッちゃん砲で撃沈。
「ぬおおおっ、報復の砲撃が!」
「プリンケプス・サーラの防御力を信じろ、ユーミル! 旗艦が下がるまで粘るぞ!」
「わ、分かっている! みんなも気合を入れろ、正念場だ!」
「承知!」
「はいっ!」
「わ、分かったよ!」
徐々に被弾が増え始めるが、粘っている間に左右から船影が見え始める。
撤退するかどうか迷っていた野良の船たちの一部が、『プリンケプス・サーラ』の健闘ぶりを見て戻ってきてくれたようだ。
入れ替わりで他の船が前に出てくれたところで、ユーミルが後方を確認する。
「うみんちゅの旗艦はどうなった!? 見えるか、セッちゃん!?」
「……どうにか体勢を立て直したみたい。後方に下がったよ」
「良かったです。ハインド先輩、この後はどうするんですか?」
「この後は……」
後は純粋な押し引きだ。
ラプソディは未だに陣形を保ってはいるが、散らばりつつあるこちらの野良プレイヤーの船に苦戦気味。
こうなってくると集団戦の様相は薄れ、個人の戦績へと焦点がシフトしていく。
「後はどれくらい稼げるかだ。戦況が拮抗しつつ終盤戦にもつれ込んだ以上、全体の勝敗は関係なし!」
「関係ないんですか!?」
「関係なし! 少なくとも、野良参加の船にとっては。危なくならない程度に、はぐれた敵を狙い撃ちだ!」
「よぉぉぉし、そうと決まれば!」
「き、決まれば? ユーミル先輩?」
ユーミルが拳を振り上げた状態で、リコリスちゃんの問いに固まる。
その手をそっと下ろすと、今度は双眼鏡を静かに持ち上げた。
「……周囲の監視だな。まずは楽な侵入角、倒せそうな敵を見定めなければ……」
「凄い勢いだったので、突撃って言い出すかと思いました……」
「陣形が崩れていればそうするが……なぁ? ハインド」
何日か船に乗って、ユーミルは海戦の流れや雰囲気がようやく掴めてきたらしい。
これなら俺が指示を代行しなくても、ある程度任せられるような気がする。
……といっても心配なので、ついつい口を出してしまうのだが。
「よく分かっているじゃないか。凄いぞ船長」
「うむ。海戦で熱くなって良いのは、砲を撃つ時と白兵戦の時だけな気がするのでな。……やるか!? 白兵戦!」
「やらない」
「ちっ……」
「やりたいのでござるか……」
こんな艦隊戦で足を止めていたら、周囲の敵船からボコボコにされてしまう。
白兵戦が有効なのは、和風ギルドのようにある程度船を使い捨てにするか、もしくは……。
一隻対一隻で雌雄を決しようかという状況だろう。
イベント序盤はそういった場面が各地で見られ、砲の命中率もあって白兵戦が頻発したらしいが。
戦いが大規模化した今となっては、本格的な白兵戦が起こり得るのか微妙なところだな。
その後、ダメージが嵩んだうみんちゅの旗艦が撤退したことによって戦いは終結。
艦隊全体としては敗北だが、俺たちはラプソディ艦隊十五隻の内、中型船二隻撃沈の大戦果を挙げて帰港することとなった。




