隠し機能の調査・元機関技師の知恵
「……」
オンダばあが声もなく、『プリンケプス・サーラ』を感慨深げに見て回る。
艦橋近くの船体に触れ、目を閉じて過去を思い出すようなその姿に……。
俺とセレーネさんは、黙ってそれを見守った。
やがてオンダばあがゆっくりとこちらを振り返る。
「……まずは、船に乗る許可をくれてありがとうよ。若いころの夢が、今になって叶ったような心地さね」
「それは良かったです。折角なので、このまま沖に出てもみても――」
それに対しては、静かに手を前に出して断ってくる。
戦闘なしで動かすだけなら二人でも可能なのだが……。
壊したくない思い出もあるだろうし、それにオンダばあは造り手であって、この船に乗りたかった訳ではないのだろう。
「しかし、姿はそのままにしたんだね。鋼材は新しくなっているようだけど……」
「あ、それはこっちのセレーネさんの提案で」
「は、はい。そうしたほうがいいかなって……」
俺の言葉を受けて、オンダばあが改めてセレーネさんの顔を見る。
機関に憑いている「物霊」のご機嫌取りのためだったのだが、それが結果的に往時の姿を留めることにも繋がった。
セレーネさんは見ての通りの正確なので、素直にそれを告げる。
「その、打算込みでそうしたんですが……骨組みをそのまま使っても大丈夫なくらい、元々の造りが素晴らしかったので」
「あたしゃプリンケプス・サーラの製作者じゃないけど、造り手ってのは無理と分かっていても……」
「はい。この先ずっと残るようなものを、って考えちゃいますよね」
「ふふ、いいねお嬢ちゃん。あんたがいればこれからのプリンケプス・サーラも大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます!」
意気が合ってきたのか、二人が笑みを交わし合う。
ずっと残るようなものを、か……。
二人によると、『プリンケプス・サーラ』にはそんな想いが詰まっているらしい。
昔も、今も。
「……っと、話ばかりしていてはいけないね。さて、機関室に案内してくれるかい?」
「機関室ですか? 船首じゃなく? ということは――」
「ああ。まずは、動力の流れを辿ってみようさね」
機関室に辿り着いたところで、オンダばあは絶句していた。
目は複合機関に釘付けで、杖を持つ手が震えている。
「ゴメスから聞いてはいたが……よもやここまでのものとはね……」
「そんなに凄いんですか? 中も見ずに分かる?」
「出土品である蒸気機関も、それに合わせた技師の手による魔力機関も、どちらも至宝と言っていいだろうね。これは余人が下手に触れないものじゃよ」
「ゴメスさんも、最低限のメンテナンスに留めたって言っていたよね? ハインド君」
「そう言っていましたね」
消耗が激しい接合部のパーツ交換などを中心に、当時の繊細なバランスを崩さないよう細心の注意を払ったとのことだ。
無理もない、とオンダばあが歩みを進めながら呟く。
「誰がこの魔力機関を組んだのか、オンダばあは知りませんか?」
「それがの、当時も今も公にされておらぬのじゃよ。無名の天才技師の作であるとも、海王自らが組んだとも言われておるが……」
「どっちでもないように私は思いましたが……」
「そうさね。坊主はどう思う?」
「そこで俺ですか!? そうだなぁ……」
二人の見解は一致しているようだが、それだけに適当に答えると後が怖い。
自分なりの意見を言わないと……。
機関を改めてしっかりと観察し、考える。
「……。駄目だ、分からないです。ただ……」
「なんじゃ?」
「そんなセンス一つでポンと組めるようなものじゃないでしょう? そりゃ、ある程度のセンスの差は人によってあるでしょうが」
「ふむ……」
「膨大な回数の試行錯誤と、それを可能にする情熱がいるはずです。一人か複数かは分かりませんが、何年も仕事をこなした本職の作だと思います」
何でもかんでも天才という言葉で片付けてしまうのは、言ってはなんだが非常に楽なことなのだ。
思考放棄、または理解の放棄といってもいい。
それはそれで構わないのだが、俺はどういう経過でそうなったのかを追求するほうが好みである。
「名を明かさなかった理由は軍の機密のためか、それ以外に理由があるのか分かりませんけれど……職人の手を経ていないなんてことは有り得ないかな、と」
「……そうさね。のう? お嬢ちゃん」
「はい。私も同意見です」
二人が俺の言葉に頷いてくれる。
どうやらそれほど頓珍漢な発言にはならずに済んだらしい。
続けてセレーネさんが小さく手を上げる。
「えっと、案外オンダおばあさんの旦那さんが造り手だった可能性もありますよね? 軍人さんだったんですし……」
「あの人の在籍期間を考えれば、絶対にないとは言い切れないのう。じゃが、そうだとすると若干の悔しさもあるのぅ……。正直、自分が現役のころにこれを超える機関を一つでも組めていたかどうか、少々自信がないよ」
「――」
何か声をかけようと口を開いたものの、俺は声を出せずに唇を軽く噛む。
その世界の人間にしか分からないことというものはある。
俺がどう言ったとしても、薄っぺらな言葉になるだろうし――
「……えっ?」
ふと視線を上げたところで、目を疑った。
勘違いでなければ、二つの光が機関室の中に現れている。
「ど、どうしたの? ハインド君」
「いや、その……」
「な、なんじゃ?」
「あっ……」
二人も気が付いたようだ。
双子の物霊はオンダばあに寄り添うように浮かび、体の周りをゆっくりと回っている。
「ふふっ……この婆を慰めてくれたのかのう? 旦那への良い土産話ができたわい。……何? 輸送船ソレアードを知っておるのか? ワシが若いころに組んだ、あの船の機関が素晴らしかったと……そう言ってくれるのか?」
「「……」」
背を向けたオンダばあの肩が、静かに震えている。
今度こそ本当に、俺たちは何も言えなかった。
ただ、そういう優しさを持った物霊が主であるこの船のことを、今まで以上に好きになれそうだった。
やがて自らの意志で姿を見せた双子の物霊は、オンダばあが手を上げて応えると……。
その手の周囲に淡い光を残し、再びどこかへと姿を隠した。
それから少し後、オンダばあの呼びかけによって機関室からの動力経路を辿ることに。
まずはここ、起点である機関室なのだが。
「ここのハッチを開けてみてくれんかの?」
「え? 急にそんなことを――」
「はい、ハインド君」
「言われても……って、セレーネさん。道具持ち歩いているんですか?」
「うん。……故障しない仕様のは知っているんだけど、ついね?」
最後のほうは小声で、オンダばあに聞こえないようにしながらの言葉だ。
毎度、セレーネさんのこういうところには頭が下がる思いが。
蓋を外すだけなら問題ないだろうということで、最も近い位置にいた俺がそのまま道具を借りて開放。
「……なるほど。では次に行こうかの」
杖をつくオンダばあを先頭に、えっちらおっちらと進む。
その途上、メンテナンス用のハッチを開けては締めての繰り返し。
最初は通常通り、推力を生んでいる船首方面に。
やがて船首付近へと進むと、オンダばあが何事か考え込むようにその場で止まる。
「ふぅむ、なるほどのぅ」
「何か分かりましたか?」
「坊主、おそらくお主が見たのはこれじゃろう?」
そう一言残し、オンダばあはハッチの中に手を入れる。
そして何かを捻ると……中から光の粒子のようなものが溢れ出した。
「おおっ!? これです、これ!」
「な、何なんです? オンダおばあさん。この光は」
「これはの、魔力機関から放出される純粋な魔力の粒子じゃ。おそらく艦首の装置に残留しとったそれが、最高速の振動で漏れ出しておったのじゃろう」
「漏れ……って、それじゃ故障してるんじゃ?」
どこかが破損しているのではという危惧に、オンダばあは首を横に振る。
「慌てるでない。これはむかーしの残留魔力じゃよ。それこそ海王様の時代のものに違いなかろうて。そこの――開かないブロックの中にある装置に残留した、のう」
「つまり、壊れている訳ではない?」
「衝撃で弁が僅かに開いたのじゃろう。機関の動力を砲に振り分け、武器とする魔砲によう似た仕組みじゃが……」
「……よく似たということは、魔砲ではないと?」
オンダばあが曖昧にだが、確かに頷く。
そしてゴメスさんがそれに気付かなかった理由として、現在では使われなくなった技術が多数利用されていることを教えてくれる。
更には、特にその動力伝達経路は厚みのある鋼材が使用されており……。
「見事に修繕・交換しなかった部分ばかりだね、ハインド君……」
「え、ええ。これもゴメスさんが気が付かなかった原因ですか?」
「そのようだねぇ。運が悪いというか……そのおかげでワシはここにいるがの? ひょっひょっひょ」
「ま、まあ、面白い縁ではありますよね。まさか野菜売りの語り部が、元技術者だとは思いませんでしたが」
「うん、そうだね……」
その代わりというか、艦首の機能に繋がる動力は綺麗に切断されているので航行には一切問題がないそうだ。
なのに動力が速度に全て回らなかったのは、閉じたままにした魔力機関の中にそれらをコントロールするパーツがあるかららしい。
俺たちはその後、オンダばあの指示に従い二人で艦内を駆け回った。
やがて全ての動力経路の再接続が完了し、いよいよ……。
「……ここは個人用のドッグだったね? 機密が漏れる心配はないね?」
「あ、一応念のため外を見てきます」
周囲を確認してから、艦首の機能に火を入れる。
その効果に俺たちは驚愕と得心、両方の感情を同時に得ることとなった。




