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隠し機能の調査・元機関技師の昔語り

 船が停泊している場所を教えると、語り部の老婆は慣れた様子で歩き出した。

 杖なので歩み自体は遅いが、その足取りに迷いはない。


「……あの」


 どうしても我慢できなかった、という調子でセレーネさんが声をかける。

 歩調を緩め、老婆がセレーネさんのほうを向く。


「お嬢ちゃんの言いたいことは分かるわい。本当にワシが元機関技師かどうか疑わしいのじゃろう?」

「疑わしいというか、その……詳しく話を聞きたいというか……」

「ほほう。ババアの苦労話をかい?」


 元技術職の人間で、同じ女性だからだろうか?

 老婆が続けてこちらへと視線を向ける。

 それに対し、俺は黙って頷くにとどめた。

 先程触ったあの手……あれは家事で荒れたものとはまた違う、ゴツゴツした感触だった。


「物好きだね。長くなっても知らないよ?」


 どうやら話してくれるようだ。

 セレーネさんが期待に目を輝かせる。


「はい、是非! あの、昔のプリンケプス・サーラには……」

「触っちゃいないよ。まだ修行中だったからね」

「え? でも……」

「歳が合わないってか? 女の技術者ってもんは、そう簡単に認められるもんじゃなくてね」


 話によると、彼女が一人前の技術者として認められたのは三十を過ぎてから。

 その頃には残念ながら、もう『プリンケプス・サーラ』は退役していたのだそうな。


「悔しかったねぇ……あの船は技術者たちの羨望の的だったから。当時の技術の粋を尽くした船、そしてかの海王様が乗る船……造船に関わるものたち、全ての目標でもあった」


 まだまだ船としては働ける状態にありながら、国王の逝去と共に突如機関が停止。

 それっきり、数日前のあの日まで至るという……。


「それは……人によっては目標を失って、燃え尽きたような状態になるでしょうね」

「あぁ、坊主の言う通りさ。あれだけの船は向こう百年は現れない……そんな空気にやられてか、何人もの同僚が去って行ったもんだよ」


 それは夢のような時間だったという。

 全ての技術者があの船を超えることを目指し、研鑽し、そして――人づてに伝わってくる『プリンケプス・サーラ』率いる艦隊の連戦連勝の報。

 高いモチベーション、活発な仕事場……永遠に続くかのように思われた熱狂が、突如として終わりを告げた。


「要は、夢から醒めちまったのさ。後に残ったのは敵が減って軍縮が始まった海軍と、新造船の生産が止まり徐々に活気の薄れて行く港町……」


 今のこの造船の町――フルーメンの様子からは想像できないが。

 そういえば、そんな経緯があったからかこの町の産業は造船に偏っていない。

 漁業関係、更には先程見たばかりの、海沿いでも育つ野菜を売っている店などもバランスよく存在している。

 しかし老婆の話通り、過去のこの町が造船一辺倒だったのであれば……。


「……俺の勝手な想像ですけど、そうなると家計の事情で港を離れざるを得なかった人もいたでしょうね」


 現代ならば、その後の職の斡旋あっせんまで政府がやってくれそうなものだが……。

 国王逝去直後の混乱、そしてTBのこの世界観を考えるとそういったものがなくても不思議はない。


「内陸から来たような連中は特にそうさね。まだ船造りへの情熱が残っていた者もいたというに……時代の流れってのは、時に残酷なもんさ」

「その時、その……あなたはどうしたのですか?」


 セレーネさんの質問に対し、「オンダでいい」と老婆がそちらを見ずに言い捨てる。

 照れているのか……? それがセレーネさんの丁寧な「あなた」呼びに対してか、今更名前を名乗ることに対してなのかは分からないが。

 ともあれ、ここでようやく老婆の名前が判明。

 セレーネさんが質問をやり直す。


「じゃ、じゃあオンダおばあちゃん。その言い方だと、おばあちゃんはその去って行く人たちを見送った側で……」

「その通りさ。何人も何人も見送って……それでも諦め切れずに、手をボロボロにしながらいくつも機関を組み立て続けた」


 受注が大きく減った軍船に限らず、輸送船、漁船……。

 時には身銭を切って機関を組み続けたのだと老婆――オンダばあは言う。


「ま、アタシは運が良かったのさ。そうしてできた借金がかさむ前に、軍お抱えの機関技師長の目に留まり――」

「アタシ? さっきまでワシって言っていませんでしたっけ?」

「――!? こ、細かいことをお言いでないよ!」

「は、ハインド君……それは駄目だよ……」


 しまった、つい話の腰を……。

 当時の自称を思い出して、つい出ちゃったのだろうということまで分かっているのに。

 ユーミルたちと話をしている時の癖が……いやいや、こんなのは言い訳だな。

 これは完全に自分が悪い。


「……余計な口を挟んですみませんでした。それで、ええっと……その、オンダばあを拾ってくれた機関技師長さんが、オンダばあの師匠なんですか?」

「まあ、後の旦那だね」

「えっ!? そ、そうなんですか!? きゅ、急にロマンチックなお話に……」

「じょ、上司と職場恋愛か……そうか……」


 恋愛話に耐性のない俺たちの反応に、オンダばあが呵々(かか)と笑う。

 若いころもさっぱりとした、気の良い女性だったんじゃないかとその笑みから容易に想像できる。


「でも、その旦那が早死にしちまってね……それで、周囲の後押しもあってアタシが次の技師長になったって訳さ。もちろん、間違っても同情で推された訳じゃないよ? 何せ、そういう余計な感情もんが入ってやしないかと、あの時は同僚一人一人とじっくりしっかりと話し合ったからね」

「分かっていますよ。そんなに甘い世界じゃないんでしょう? オンダばあに実力がなかったら、そうはなりませんって」

「乗り物は特にそうですよね……作り手の技術・精度が乗せている人の命に直結しますし……」


 そんな俺たちの言葉に、嬉しそうに背中を叩いてくるオンダばあ。

 ……うん。

 老人にしては思いの外、力が強いことで。


「で、その人との間にできた息子さんが今の機関技師長、ゴメスさん? あの人も軍属ですよね?」

「ん、まあクソ真面目が取り柄のできた息子だよ。ちと真面目が過ぎて頭が固いところなんて、死んだ旦那にそっくりだねぇ」

「あはは……それ、褒めてます?」


 セレーネさんが愛想笑いをしたところで、昔話は終わりのようだ。

 そこで今の話へと内容が戻っていく。

 どうもオンダばあによると、そんな頭の固い息子さんだからこそ――


「見落としているものがあるんじゃないかと思ってね。役に立つかどうかは分からぬが、ちとこの婆に任せてはみんか?」

「任せる、と仰いますと?」

「なに、軽く見るだけじゃ。本格的な作業となると、この足腰ではどうにもならんのでな」


 俺とセレーネさんは顔を見合わせると、ほとんど同時に頷き合った。

 オンダばあの話に嘘はないだろうし、他に手がかりもないことだ。


「では――」

「お願いします」


 揃って頭を下げる。

 ということで、俺たちは内部艦首付近の調査を元機関技師のオンダばあに依頼することにした。

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