逃げるパワーと開かずのブロック
こういった一斉ログアウトの時、俺は一番最後まで残っていることが多い。
何のことはない、単なる癖のようなものだが……サイネリアちゃんはそれを分かっていてログアウトのタイミングを遅らせたようだった。
「機関の力がきちんと伝わっていない?」
「はい。回転に対しての速度が一致していないと言いますか……」
それは何度も何度も、自分の気のせいかもしれないと念押ししてからの言葉だった。
現に、その態度は自信なさげである。
一方で、どうしても言わずにはいられなかったという衝動めいたものを感じるのは……。
機関の調整役を任されたからか、それとも理屈を超えた感覚が異変を察知したからか。
「故障……とかではないよね?」
一番怖いのは、どこかが空転していることだが。
大出力なだけに、場合によっては即座に致命傷だ。
「こう言ってはなんですが、ゲームですし……気になって調べてみたのですが、どうやらそういった事例は一件も報告されていないようで」
「仕様として起こり得ないと。大体、それを抜きにしても一流の職人の手が入っているしなぁ……ってことは、アレかな」
「はい。あの開かずの間ならぬ、開かずのブロックが非常に怪しいかと」
「だよね……」
開かずのブロックというのは、船首に存在する不可思議な区画のことだ。
当時の仕様書に整備不要と書かれ、補修作業でも開けなかったよく分からない部分。
何故か劣化が全く見られないことから放っておいたのだが。
「……つくづく、女王様に頼んで物霊に訊いて貰うんだったな……」
「あの時はそれどころではない雰囲気でしたし、仕方ないのでは……」
「そうなんだけどね。もう女王様は帰っちゃったし、調べるとしたら――」
「……」
「……サイネリアちゃん?」
「――! あ、はい、すみません。何でしたっけ?」
ああ、反応が鈍いと思ったら眠いのか。
もう話を切り上げてあげないとかわいそうだな。
「話は分かったよ。明日は……みんなインできないことだし、セレーネさんと二人で調べておくことにする」
セレーネさんはもう帰ってしまったので、後で連絡を入れておこう。
どちらにしても、時間を合わせてインするつもりではあったのだし。
「ありがとうございます。私の気のせいならいいんですけど……あ、でもそれはそれで無駄足に?」
「何もなければそれでいいし、無駄足だとか細かいことは気にしなくていいよ。俺もあのブロックのことは気になっていたしさ」
「……分かりました。では、ハインド先輩。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
サイネリアちゃんが頭を下げてからログアウトしていく。
……面倒な特殊クエストをやった上で、まだ何かあるのだろうか? あの『プリンケプス・サーラ』には。
「……ということで、調査に行きましょう」
『……このイベント中は調べる機会がないと思っていたんだけど……そういうことなら。まだ隠された機能があると思うと、何だかちょっとワクワクするね? 未祐さんじゃないけれど』
翌日、ネットを介したビデオ通話で和紗さんと事前打ち合わせ。
今更だが文章でのやり取り、顔出しなしでの通話というステップを経てからようやくこの状態となっている。
今でも互いに気が乗らない時は、文章のみでのチャットでダラダラと話すことがある。
何と言えいいのか、文章だけだと気楽なんだよな……微妙なニュアンスが伝わり難かったりと欠点もあるのだが。
「そういや、和紗さんはどうして未祐にもユーミルにも“さん”付けなんですか? 最初に会ったころ、数回程度はちゃん付けもしていた気がしますが」
『あ、それは単純な話で……未祐さんがとっても大人っぽいからだよ』
「???」
あれ、俺の耳がおかしくなったのだろうか?
……あいつが? 大人っぽい?
一体それはどこの次元の話だろうか?
『心底分からないって顔だね!? 中身の話じゃなくて――』
「あ、ああ、容姿の話ですか。確かに大人っぽい容姿はしていますね。本人はそれを全く活かせていませんが」
『と、とにかく、それで何となく“さん”付けになっちゃったんだよね。理世ちゃんと揃えた方がいいかな? とも考えたんだけど、今更変えるのも何だが変に思われる気がして……』
「そんなことはないと思いますが……」
もしさり気なく呼び方をシフトさせても、あいつは気が付かないんじゃないだろうか?
というか、気が付いたとしても変に思ったりはしないはず。
……でも、きっとそういうマイナス思考が染みついてしまっているんだな。和紗さんは。
しかしながら、これは焦ってどうこうするようなものでもない。
ゆっくり、ゆっくり和紗さんのペースで進んで行けばいいと俺は思う。
「俺から言い出しておいてなんですが、無理に変える必要はありませんしね。呼び方は自由です。で、呼び方と言えばプリンケプス・サーラこと、プリンちゃんの話なんですが」
『船前方の仕掛けっていうと、乗・下船用に前側が開く船もあるけれど……』
「フェリーでそういうのもありますし、軍艦だと揚陸艇なんかもそうですよね。でも、元海軍旗艦で後方が定位置だったプリンちゃんにその機能は……」
『要らないよね……だとすると、何が入っているんだろうね?』
「特別製の魔砲がドンと登場してくれれば、俺としては一番楽なんですが」
『……それ、絶対ないとは言い切れないなぁ……砂漠の海王様、黒煙装置といい秘密兵器が好みだったみたいだから』
「期待しておきましょう。あそこは補修前からある部分ですし、過去を探れば何か手がかりが――うん?」
『どうしたの?』
和紗さんの背後、ドアが開くのが見えた。
そういえば、部屋の雰囲気は同じなのにいつもと場所が違う気がしていたが……。
ドアから顔を出したのは、和紗さんによく似た美人さん。
『あら、和紗。あなたが男の子とお話なんて……』
『――!? お、お母さん!?』
あ、和紗さん「に」じゃなくて、和紗さん「が」似ているのか。
さすがにウチの母さんほど若作りではないが、大学生の娘を持つ親にしては……。
『の、ノックは……?』
『したけど、返事がないから……ごめんね? 邪魔しちゃった?』
そう言いつつも和紗さんのお母さんはこちらの顔を興味深そうにしげしげと眺めてくる。
こうなると、名乗らない訳にもいかないな……。
「あの、画面越しに失礼します。自分は――」
『おや? ドアが開いていると思えば。二人でどうしたの?』
何だ何だ今度は……って、見た感じお母さんと同年代の男性なので、お父さんっぽいな。
どこか和紗さんと顔のパーツが似ている。
その穏やかそうな人は、話を聞くにやはり和紗さんの父親だそうで。
『――そうなの! あなたが亘君なのね!』
「は、はい」
『僕も娘から話は聞いているよ。そうかそうか、君が……』
『は、恥ずかしい……ごめんね、亘君……連休だから、大学寮から実家に戻っていて。それで……』
「い、いえ。和紗さんのご両親とお話しできて嬉しいです」
普段和紗さんは俺のことをどう話していたのか、最初からやけにご両親の好感度は高かった。
和紗さんはひたすら居心地が悪そうにしていたが、ご両親の穏やかな人柄のおかげで話は弾み……。
こういうご両親と家庭環境だから、荒んだ時期があっても和紗さんの根は真っ直ぐなのだろう。
そんな空気に触れて、俺の頬もいつしか緩んで行くのだった。




