追走とはじめての白兵戦
ポイントが低いプレイヤーたちには、低いなりの理由がある。
純粋に初めて日が浅いせいもあれば、そうではなくちぐはぐな装備が原因だったり。
長射程を砲台に担当させ、近距離にはバリスタという形に落ち着いた俺たちの『プリンケプス・サーラ』にとっては楽な相手ばかりだった。
船首中央には特に大きな全方位対応のバリスタを設置、これは中距離戦に移行した際にセレーネさんが担当する。
歪ながら、こいつが主砲のような役割を担うことになり……。
「普通は威力と射程が一番高いものが主砲ではないのか?」
数戦終えた後、ユーミルがその大型バリスタを叩きながらこちらを見る。
ブリッジにはヒナ鳥三人が詰めており、俺たち五人は甲板で休憩中だ。
「でも、一番ダメージを稼いでいるのはこいつだからなぁ」
「そもそもバリスタは砲ではありませんしね」
「大型の弩だもんね……」
ちなみにこのバリスタの矢、撃ってからWTが明けると自動で装填される仕組みだ。
大砲も同じで、弾込めという作業が必要ない。
凄まじい破壊力と貫通力を誇るこのバリスタだが、ユーミルは少し物足りない様子。
「やはり魔砲……いやいや、贅沢は言うまい! 現状の装備で勝つ!」
「未練たらたらじゃねえか」
「しかし、敵側でもいいからどんなものか見てみたいでござるな。魔砲」
「ん、まあそれには同意しておく。俺もどんな武器なのか見たい」
噂では、ユーミルの期待に沿うような派手なものだそうだが。
しかし、絶賛連勝中とはいえ俺たちのポイントは現在638。
レアドロップレベルは600を超えたので2となっている。
上位陣は1200から1500という数字である。
ついでにレアドロップレベル4と5が存在することも知れ渡り、競争が更に激化している。
「見る可能性を高めるには、早いところ激戦区に参加しないとな」
まだ900から1000までの壁も残っている。
ユーミルが気を引き締めるように、自分の頬をぴしゃりと……痛くないのか? それ。
「よし、気合を入れるとするか!」
「ちょっと涙目になってないか? 強く叩き過ぎたんじゃないのか? なあ?」
「と、ところで、まだ資源島には行かなくていいのか? ハインド」
「ああ、島な? 時間による入島制限があるのはみんな知っていると思うけど、レアドロップレベル2まではドロップが今一つなんだそうだ。それでも、中級者くらいまでには十二分においしいんだけど……」
言葉を切ってセレーネさんに視線を向けると、激しい頷きが返ってくる。
要するに、レベル3以降のドロップアイテムにセレーネさんが欲しい鉱石が集まっており――
「そ、そうか。またセッちゃんが豹変するアレか……」
「えっ、えっ? 鉱石採取中の私、そんなに酷い!?」
「セッちゃんのアレはともかくとして、薬草系の合成素材も非常に有用なものが採取できます。イベント限定のものもあるそうですから、私としてもレベル3にしてから島には行きたいですね」
「ひ、否定してくれないんだ……」
「ど、ドンマイです、セレーネさん……」
「え、でも買い物中のハインド殿も似たようなもんでござるよ?」
「マジでか!?」
トビからの同類宣告に、セレーネさんと揃ってうなだれる。
――っと、とりあえず話を締めないと。
「とはいえ、入島回数は一日ごとにリセットだ。初日、二日目と船の調整とポイント稼ぎに専念したが、今日の最後は島に行って採取しないとな。でないと――」
「「「勿体ない」」」
「……うん、そんなに読み易かったか? ってことで、上げられるだけ上げたら最後に行こう」
周囲に敵影がなくなったので、『プリンケプス・サーラ』を移動させていく。
外れのエリアを抜け、資源島に近い激戦区へ。
このイベント海戦において重要なことは、他の船との位置を逐一確認すること……というのは、掲示板でもよく言われていたことだ。
今、俺たちはそれを実感している。
何故なら――
「右から新手が、ええと……三でござるっ!」
「左からも二隻、来ます!」
「……囲まれた!?」
海戦は一戦ごとの切れ目がない。
つまり、位置取りを誤ると途端に――その船はボーナスバルーン同然の扱いと化す。
信号弾を上げてからの攻撃はポイントに補正が付くが、なくても攻撃は可能。
「ハインド先輩、戦速は!?」
サイネリアちゃんの焦りを帯びた声が届く。
船の耐久値も段々と減ってきている……もう迷っている暇はない!
「第三戦速まで上げて良いっ! 遅い船はそれで振り落とせる! それでも付いてこられる船があるなら……」
「どうするのですか!?」
「その時は迎撃する! ただし、相手の数が少なかった時だけだ! 場合によっては更に速度を上げる可能性もあるから、対応できるよう準備を!」
「了解です!」
「――シエスタちゃん!」
「取舵一杯、行きますよ!」
船が旋回を開始し、俺たちは道を拓くために砲とバリスタを必死に敵船に向かって撃つ。
激しい水飛沫が上がり、船がダメージを受けて揺れ、時には小型船をひき潰すようにして前へ。
同等の大型船もあったが、そちらからは背を向けるように逃げ……。
『プリンケプス・サーラ』が巨体からは想像もつかないような加速を見せる。
「うおおおおっ!? 速っ、速ぁっ!?」
およそ24ノット、しかもその速度に到達するまでが抜群に早い。
これ以上速くなると、近年の護衛艦レベルだそうだが……そこは現実のものとは似て非なる蒸気機関と魔法動力という謎の力が働いている。
「中型三、小型一まで減りました。どうしますか?」
「残った追手は……うん、追撃するかどうか迷っているみたいだね」
「サイネリアちゃん、シエスタちゃん、減速を! 折角釣れたポイント源だ、もちろん全部いただく!」
「ういーっす。ダミーの煙、焚いておきますか?」
「頼んだ!」
「はいはいー。グイッと」
シエスタちゃんがレバーを引くと、蒸気の排出口を中心に船のそこかしこから黒煙が上がる。
この装置、俺たちがつけたものではなく『砂漠の海王』の代で取り付けられたものらしい。
半壊状態を装ってからの逆襲……。
窮地に陥った際に海王が何度か取った戦法とのことで、ここでも――。
「かかった! ハインド!」
「まだ撃つなよ! もっと引き付けてからだ! ……セレーネさん、タイミングは任せます!」
「りょ、了解!」
素早く砲撃位置に付き、その時を待つ。
念のため、待ち構えていることを悟られないよう身を低くして姿を視認し難いようにしておく。
速度を落とした『プリンケプス・サーラ』に四隻の船が砲を撃ちながら接近。
「……」
「きゃっ!?」
至近弾によって船が何度も揺れる。
リコリスちゃんが小さく悲鳴を上げるも、セレーネさんは敵船を睨んだままじっと動かない。
そして……。
セレーネさんがサッと手を上げたのを見て、俺たちは一斉に立ち上がる。
「当たれぇぇぇーっ!!」
ユーミルが気合の叫びを上げた。
まずは全ての砲を相手に撃ちかけ、続けて砲弾の行方を追うことなく走る。
次はバリスタの出番だ。
接近してくる船を優先して、船体の横っ面に次々と風穴を空けて行く。
「ど、どうなりました……?」
全ての武器がWTに入ったところで、リコリスちゃんがぼつりと呟く。
周囲に浮かんでいるのは中型船の破片ばかり、船影は……。
「むっ!」
ユーミルが船尾に駆け寄り、急に長剣を抜き放った。
かなり久しぶりに剣を持った姿を見たな。
どうしたのかと俺たちもそちらに走ると……。
「「「あっ」」」
「「「……あっ」」」
鉤爪の付いた縄梯子を登ってくる数人のプレイヤーと目が合った。
互いに凍り付く中、
「よく来たな! お前たちがはじめてこのプリンちゃんに白兵戦を仕掛けてきた記念すべき相手だ! だが――」
ユーミルだけがにんまりと笑って告げる。
MPが全消費され、剣におびただしい魔力が集まっていく。
「ひっ!? まっ――」
「待たない! 吹っ飛べぇ!」
無慈悲な『バーストエッジ』により、全員が真っ逆さまに海に落ちた。
……残った小型船も、落ちたプレイヤーたちが復帰する前に砲撃でしっかりとポイントになってもらった。
白兵戦を決行するタイミングは、こう見るととても難しいのかもしれない。




