イベント展望と噂の黒船 前編
「後発にしかない強みって、二人は何だと思う?」
昼休みの学校で、俺は未祐と秀平にそう問いかけた。
もちろん、TBについての話である。
意識のズレがないかの確認は重要で、これをやっておかないと作戦提案をすんなり受け入れてもらえなかったりする。
未祐が弁当のチーズ入りの玉子焼きを飲み込んでから、一旦箸を置く。
「どんどん順位を上げて行く爽快感!」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「何故だ!? それなくして後ろから追えるものか!」
「そういうのも大事だけど! ――もういい、秀平!」
「実利の話だよね? うーん、先行者よりもペース配分が楽! かな!」
「ああ。いきなり飛ばし過ぎてバテバテ、っていうのは防ぎやすいよな」
「何か、マラソンの話みたいねぇ……」
緒方さんが自分の弁当に箸を入れながら呟く。
外は寒いので、今日は食堂を使っての昼食だ。
「あ、すまん緒方さん。緒方さんが混ざれないゲームの話をしちゃって」
「気にしなくていいわよ。岸上君は何度も違う話に持って行こうとしていたし……船に乗ったりできるのね、VRゲームで」
TBの話題一色に染めた二人が、揃ってバツが悪そうな表情をする。
本当、同席している人のことを考えろって……。
しかし、折角なので緒方さんの意見も聞いてみたいところ。
「緒方さんだったらどうする? マラソンでトップを狙うとして、集団の後方についた場合」
「そうね……私も津金君のように、集団をペース配分の指標にするわね。風除けにもなるし。後は……悪いけど、最適なルート取りの参考にさせてもらうわ。走っていると荒れた路面だったり、たわんだ場所に突っかかったりするでしょう?」
「プロでも稀に大事なところで転倒しちゃったりするからなぁ。しかも、集団内だと巻き添えを喰らったり」
「でも、前提は集団の後方でしょう? 一歩引いた位置なら避けられるわ」
「おおー……」
未祐が感心したように唸ってから、もう一つの玉子焼きを口に入れて笑顔に。
気に入ったのか? 新しいチーズを試してみたのだが、上手く合ったみたいだ。
「挙げようと思えばもっと挙げられるけど……」
「是非。あ、よかったら玉子焼きどうぞ」
「ふふっ、ありがと。他には、集団内で速そうな人や調子の良さそうな人を観察しておいたり……」
未祐が気に入ったのだから、大丈夫だろう。
緒方さんに手つかずの弁当箱を差し出すと――あれ!? 一個のつもりで言ったのに、全部持って行かれた!?
……ま、まあいいけど。
緒方さんの言葉に、秀平が同意するように腕を組みつつ頷く。
「やるやる。勝負所で実力者に離されないのが大事だよねぇ」
「それでいて、自分の情報は相手になるべく与えない。なるべく涼しい顔をして走るのよ」
「緒方っち、かっくいいー! クール!」
「後は自分と同じ、後方でチャンスを窺っている人の警戒かしらねぇ。ま、私長距離走苦手なんだけど……」
「ええー……」
今までの話は何だったの? という顔で秀平が緒方さんを見る。
理論が完璧でも、それを遂行する体力が足りているとは限らないのだ。
「これくらいでいいかしら? ――玉子焼きフワフワ!? チーズがとろけるぅ……」
……後でもう一回作って、自分で食べることにしよう。
まだあのチーズ、残っていたよな?
「と、とにかく良い意見を貰えた。緒方さんの話はゲームに変換可能だ。まず、ルート取り――先行者の良い所は真似をして、駄目なところは徹底的に避ける。先に行っている人の攻略法を真似できるのは大きい」
「追いつくためには、いつものように試行錯誤する時間もあまりないしな!」
「その通り。ま、自分たちに合うようにアレンジする程度はいけると思うが。で、次に有力選手の観察――この有力選手ってのは、ゲームにおいて誰が該当するのか分かりやすいな」
「ランキング上位者だね? わっち」
こんな形で、出ている情報はなるべく利用しつつ追い上げを図る。
攻略サイト、掲示板、フレンドの話など、使えそうな情報は普段以上に積極的に利用だ。
それでいて無理なく、上位陣のペースを窺いながら。
「ま、こんなところか。俺たちより下から出てくるようなダークホースは……まあ、そもそも対処が難しいしな。これはいつも通りか。出てからどうするか考えるしかない」
「というか、今回は私たちがダークホースにならないとな!」
「いやいや、未祐っち。俺たち一応常連ランカーよ? 圏外でもマークされてるって、まず間違いなく」
「そうなんだよな……そういう都合もあって、自分たちの情報を隠すのは結構難しいんだよ」
俺の言葉を受けて、秀平がスマホを見ていい?
とスマホを掲げつつ首を傾げてくる。
俺たちの話題がないか掲示板でも見たくなったのだろう、きっと。
……どうぞ、というか是非頼む。
「よく分からないけど。メダルとか、優勝経験のある有名選手みたいなもの?」
「おお……いい響きだな、ゆかりん! そう、私たちは有名プレイヤー!」
「ゲームの成績で威張り散らすのは結構恥ずかしいから、やめような? まあ、でも大体そんなもんだよ。ゲームの中では結構な注目度があると思う」
「ふーん……だったら、前を窺いつつも堂々とやるしかないわね。実力が本物なら、どんなに警戒されていても最後には勝てるはずよ」
緒方さんの言葉に、未祐が闘志とやる気と気合がミックスされたような笑顔をこちらに向ける。
……その三つはどう違うんだと言われると、少し困るが。
「――聞いたか亘!? 堂々とだぞ!?」
「聞こえてるよ。お前、あの船で他を蹴散らして回りたいんだな?」
ふんふんと鼻息も荒く頷いてくる。
分かりやすいやつ……もっとも、『プリンケプス・サーラ』のあの予想を超える強さを見れば仕方ないのかもしれないが。
「――あっ!?」
と、今度は秀平がわたわたとスマホを手に俺に何かを訴えかけるような顔をする。
何だそれ、顔文字? 顔文字なのか?
……表情でどうにかしようとしても伝わらないから、声に出して言えよ。
「何だ? どうしたんだよ、秀平」
「もっ……もう噂になってる、俺たちのプリンちゃんが……!」
「早っ!? イベント海域に出たのは昨晩だぞ!?」
「しかも短時間だったのにな……どれ?」
食事を一旦中断して、三人――いや、四人で秀平のスマホに注目する。
そこには、見慣れた掲示板のページが表示されており……。




