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下賜

 航行を始めた『プリンケプス・サーラ』の速度は目をみはるものだった。

 陸地が遠ざかるにつれ、速度を実感できるのは他の船との差になる訳だが……。


「お、ハインド、ハインド!」

「何だ?」


 ユーミルが右舷船首で俺を手招きする。

 並んで海に目を向けると、ちょうど少し遠くに見える中型の船を追い抜いて行くところだった。

 進行方向が大体同じなので、速度の違いが分かりやすい。


「あれは他のプレイヤーの船か?」

「だろうな。大砲の積み方とか、この世界の船と何か違うし」

「――圧倒的! 圧倒的速度差!」

「いや、戦闘状態でもないし、あっちが最高速かどうかは分かんないぞ?」


 ちなみにこちらは、試験航行も兼ねているので速度を上げたり落としたり。

 機関技師たちが調整を重ねており、様子見が終わっていないのでまだ最高速度には達していない。

 しかしそれでも、感覚的に「速い」ということは伝わってくる。

 安定した船体は揺れも少なく、頬を撫でる潮風が心地良い。


「……考えてみれば、試験もなしに王族が二人も乗った船で沖に出ている訳か。あり得ねえ……」

「むっ……物霊を見て、大丈夫だと判断した感じではないのか?」

「そうだろうけど、技師長とか船大工を始め、女王の付き人たちも止めていたじゃないか」


 もし沖で航行不能になったりしたら大変なことだ。

 こういう状態になってい原因は、偏に女王が色々な些事を全てすっ飛ばして強行したためである。

 彼女が周囲を振り回すタイプなのは、以前から分かっていたことなのだが。

 傍で仕えている人は大変だ。


「それにお前、見たか? 港に――」

「ミレスさんがいましたよね」


 俺たちの体を遠ざけるようにしながら、間にリィズが入ってくる。

 ユーミルはそれに眉をひそめた後、リィズの後ろから両頬を掴んでびろーんと伸ばし……。

 反撃を喰らう前にさっと身を翻すと、反対側から俺を挟み込むような位置に移動した。

 仲が良いんだが悪いんだか。


「ミレス? ……ああ、ミレス団長か。見た見た!」

「凄い必死に止まれ! 待て! 乗せてくれぇっ! って叫んでいたよな。女王様の護衛で来たんだろうが……どうやら港に置き去りにされたらしい」

「女王の突飛な行動を一番強く止めるであろう人物ですからね」

「ある意味、最も女王に苦労させられている人でもあるな」


 そんな話をしている間にも、大型船『プリンケプス・サーラ』は次々と点在する船たちを追い抜いて進んで行く。

 この後は女王との接見――というか、今回の件についての事後処理の話し合いがあるのだが、少し待つように言われている。

 ティオ殿下の姿も見えなくなったので、船内で何か相談やら調整をしているのかもしれない。

 俺たち以外のメンバーはというと、ヒナ鳥三人とセレーネさんは機関室の見学中。

 トビは何がしたいのか、船首に立って腕組みをして格好つけている。


「……」

「ユーミル、突き落そうとするのはやめてやれ。気持ちは分かるが」

「分かるの!? っていうか、止められたよねユーミル殿!? 今、ハインド殿に止められたよね!? 来ないで!」


 そろそろと忍び足で近付くのを止めないユーミルに怯え、トビは慌てて甲板の中へと戻って来た。

 しばらく船体の補修作業という地味目のプレイ内容が続いていたため、みんな少しはしゃぎ気味である。


「そういえば、海に落ちた場合はどうなるのでしょうね? 確かレイド戦の時は……」

「HPを一定量支払えば、甲板の上にリポップできるんだったな。航行中の船に自力で戻るのは難しいし、同じ感じじゃないか?」

「うむ、そうだったな。では、あの時と同じかどうか試してみるか? トビ!」

「拙者で試そうとしないで!?」


 船首近くの甲板の上で俺たちが騒いでいると、複数人の気配が。

 視線を向けると、そこには女王を中心とした一団とセレーネさん、ヒナ鳥たちが。

 おそらく途中で合流したのだろう。


「どうじゃ? この船の乗り心地は」


 女王が穏やかな笑顔で問いかける。

 何やらとても機嫌が良さそうだ。


「うむ、文句なし!」

「以前蒸気魔力船に乗りましたけど、その船よりも速度と馬力を感じます。とても五十年前の船とは思えませんね」

「積載容量にも余裕がありそうです。砲を増やすことも容易なのでは?」

「可能であろうな。言い方は悪いが……船舶に関してはここ百年、目立った発展がないのでな。古いとは申せ、湯水の如く資金を注ぎ込んで建造された船じゃ。最新の船が相手でも、性能で劣るようなことはないであろうし、大型船であるが故に拡張性も十分。ましてや、物霊憑きとあればのう」


 女王がどこからか取り出した扇子で、己の体を優雅に仰ぎながら語る。

 アイテムコンテストの際に見せた鑑定眼の鋭さは健在のようだ。


「後ろの四人もこの船を気に入ったと、道々話を聞くことができた。これで七人……お主はどうじゃ?」

「あ、せ、拙者でござるか。見た目も良いでござるし、派手派手していないのは忍びの拙者としては好感触でござるよ。女王陛下」

「そう、問題はそこじゃ!」

「!?」


 びしり、と畳んだ扇子の先端を向けられてトビが肩を震わせる。

 何気なく放った一言は、女王がこれから語ろうとしていた内容と関係しているようだ。

 女王は扇子を下ろして広げると、己の口元を覆いながら話を続けた。


「……実を申せば、もう妾の船は存在しているのでな。高祖父の意志を継いで、このプリンケプス・サーラに乗ってもよいのじゃが……外装の趣味が……」

「……ちなみに姉上の船は金ぴかの悪趣味な奴よ。目立つから、健在であることがすぐに知れて士気の維持が楽だって、兵たちからは評判が良いけど。あ、これは演習の時の話ね?」

「悪趣味じゃと!? 豪華絢爛と申すがよいぞ、ティオ!」

「私は絶対銀の船のほうが素敵だと思うけど。ってことで、この船をどうするかって話なんだけど」


 ティオ殿下が言葉を切ったところで、俺たち全員の体は俄かに緊張を帯びた。

 ……と、シエスタちゃんを除いてだが。

 色々と手をかけて復活に至った船なので、その行く末は正直とても気になる。


「……プリンケプス・サーラは、あなたたちの手に委ねることにしたわ」

「!? それは、どういう……?」

「くれるのか!?」


 ユーミルのあまりに直球な言葉に、姉妹が似たような笑いをみせる。

 あ、珍しい……二人は性格がかなり違うので、こんなことは中々ない。

 それに気付いたティオ殿下は、気まずさと照れが混ざったような顔で咳払い。

 女王は笑みを深くすると、妹の説明を引き取って続けた。


「正確には使用権じゃの。自由に使って構わぬが、最終的には国に返すようにという契約じゃ」

「まあ、実質下賜(かし)って言えなくもないんだけど。プリンケプス・サーラは過去の海上戦力の象徴みたいなものだから、できれば壊さず返してくれると嬉しいわ。そんな船をあなたたちに預ける意味……分かってくれるわよね?」

「本来の計画であれば、機関の移植に成功した船を新・プリンケプス・サーラとする予定だったのじゃが。しかし、こうなったのであれば話は別じゃ。……さあ、どうする?」

「……」


 何と言えばいいのか……俺たちにとっては、願ってもない話だった。

 まだ今日は、イベント開始三日目。

 今から自分たちのための船を一隻作る覚悟はあったが、復活を果たした『プリンケプス・サーラ』を使っていいのであれば話は大きく変わってくる。

 俺たちは視線を交わし合う。

 特にこの件では、セレーネさんの承認が大事になってくるが……セレーネさんは笑顔で頷きを返してくれた。

 満場一致。


「……ユーミル、ほら。行けよ」

「む、私か?」


 俺が肘で突くと、ユーミルは女王の前に出て膝をついた。

 こういうのは代表であるギルドマスターの役目だろう。

 簡略的ではあるが、下賜に対してユーミルが礼の言葉を述べる。


「……謹んでお受けいたします、陛下」

「――ギルド・渡り鳥、ならびにヒナ鳥よ。大型船プリンケプス・サーラ、確かにそなたたちに預けたぞ」


 正式な書状は追って贈るとの言葉で女王が締め、これで晴れて『プリンケプス・サーラ』は俺たちの預かりということに。

 そのまま女王は流れるような動きで背を向けると、港に戻ると告げて船内に入って行った。

 一瞬の緊張の後の弛緩した空気の中で、残ったティオ殿下が体を伸ばしながら口を開く。


「うーん、驚くほど様になっていたけど……普段との差が酷いわね。いつもそんな風にしっかりできないの? ユーミルは」

「む? 私はいつもしっかりしているだろう?」


 きょとんとした表情、というのはまさにこれなのだろう。

 そんなお手本のような顔をしたユーミルに、ティオ殿下が困惑している。


「……ハインド。ちょっと前の私の自己評価も大概だったけど、ユーミルもかなりおかしくない?」

「あー……まあ、はい……」

「この人は昔からずっとおかしいですよ? それはもう、至る所が」

「はぁ!? 貴様にだけは言われたくないわぁぁぁ!」


 何を今更、といった表情のリィズにユーミルが突っかかっていく。

 互いを海に落とそうとしているが、その位置だと俺まで巻き込まれるのだが。


「……ま、ともかくよかったわね。セレーネ」

「えっ? わ、私ですか、ティオ殿下?」

「うん。だって、あなたが一番嬉しそうな顔してる」

「あ、そ、そんな……えっと、ありがとうございます。殿下」

「よかったですね、セレーネ先輩!」

「ありがとうね、リコリスちゃん」


 俺が大きくサイドステップを決めている間に、すぐ傍ではとても和む会話が繰り広げられていた。

 そちらに混ざりたいのは山々だが、こっちの二人を放っておくわけにもいかないよな……。

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