復活の船出
『プリンケプス・サーラ』復活の報は瞬く間に港中に広がり、現地人たちが集まってきた。
同時に女王来訪中という事実も発覚し、一目見ようとドッグの周囲は大混雑に陥ることに。
特に箝口令などを敷く気はなかったということで、女王は為すがままで構わないとこれを許可。
あれから機関部は調子を崩す様子もなく、エネルギーを外部に送り続けている。
そして俺たちはというと……。
「……何だこの展開」
「うむ、目まぐるしいな!」
「どうして楽しそうなんですか。雨の日の子どもですか?」
「国一番かもしれない魔導士である女王様を呼ばないと達成できないクエストとは……どういうことでござるか……」
「国への貢献度が低かったら、達成できない……よね……?」
出航目前の甲板の上で、俺たちは目を回していた。
……落ち着くためにも、一旦判明したクエスト達成条件を整理しようか。
まず一つ目、船体の修理。
これはどうやら物霊に気に入られるために必要だったようで、セレーネさんの推測が大当たり。
二つ目、おそらくだが王族にこの船に来てもらうこと。
女王の説得には、元の持ち主である海王に対する「近しい者」としての言葉が多分に含まれていた。
そして三つ目、物霊と会話できるほどの大魔導士を呼ぶこと。
「ティオ殿下には悪いことをしちゃったな……」
今回は二つ目と三つ目の条件を女王が一人で同時に満たすことになったが、例えば……。
ティオ殿下と大魔導士という組み合わせでもどうにかなった可能性は高い。
結果的に後から訪れた女王が全てを持って行ったが、事態に対する俺たちの理解度によっては、殿下にあんな思いをさせずに済んだのだろう。
「優れた姉がいると大変でござるよなぁ……」
「実感こもってますねぇ、トビ先輩。やっぱ比べられるもんなんですか?」
「そりゃもう。拙者、心ない親戚のおっちゃんから出涸らしだのなんだのと」
「えっ、それは酷いですね……」
「そうでござろう? その後おっちゃんはお年玉をたんまりと拙者に寄越しつつ、グラスをぐいっと」
「正月の酒の席の話かよ」
「俺もよくそう言われたもんだ、がはは! お前もこれからこれから! とおっちゃんの話は続き――」
「ただのいいおじさんです!?」
トビの話はブレブレで、もう何の話をしていたのだかよく分からない。
ともあれ、機関始動後のティオ殿下はしばらく下を向いたままだった。
リコリスちゃんがそんなティオ殿下の心情を慮り、心配そうな顔になる。
「ティオ殿下、落ち込んじゃってましたね……」
「ご両親と、それからお兄さんのことも思い出しちゃったのかもね……」
「確かに、女王がそのようなことを言っていたな。正直、意外だった」
「誰が落ち込んでいるって?」
「――!」
背後からの力強い声に振り返ると、そこにはティオ殿下の姿が。
女王との話はもういいのだろうか?
その表情は……
「もうすぐ出港よ。細かい話はそれが終わってから、海上でしようって姉上が」
「あの、殿下……」
俺がかけようとした言葉を遮るように、ティオ殿下がさっと手の平をこちらに向ける。
表情は、意外なほどに晴れやかだった。
「何も言わないで、ハインド。ただ……王都に帰ったら、また戦士団の訓練に顔を出して頂戴。あなたたち全員よ?」
まだまだ鍛え方が足りない、とティオ殿下は決意を露にする。
俺たちはその言葉に対し、それぞれが思い思いに返事をした。
「……はい。必ず行きます」
「頼むわよ。私は目の前の山の頂上がまるで、全然、雲の彼方でこれっぽっちも豆粒ほども見えないからといって、下からただ見ているだけの人間にはなりたくないの。分かる?」
「おおっ、言うではないか!」
「そこまで高――いえ、高いんでしたね。女王山脈は……」
「ああ。道は険しいな……」
しかしそれでも、それに並び立たんとするティオ殿下の決意は非常に尊い。
できるだけ手助けしてやりたいところである。
「ん、じゃあこの話はここまで。私としては家族に対する姉上の本音みたいなものが少しでも聞けて、嬉しかったしね。呼んでもらえて良かったわ」
「そう仰っていただけると、胸のつかえが下りる思いですよ」
図らずも、今回のクエストはティオ殿下の成長の一助になりそうだった。
ただ無駄足を踏ませただけにならず、こちらとしても本当に良かった。
「大体、ハインドはあれこれ気を遣い過ぎなのよ。もっと楽に、どっしりと構えなさいな」
「その通りだな!」
「そうですね。といっても、ハインドさんはそういうところが素敵なんですけど」
「そうでござるなぁ。それ考え過ぎじゃね? と思うことは割と」
「そ、そうかもね……いつも、とっても助かっているけど……」
「「「右に同じです」」」
何で急にこんなに集中砲火されているんだ?
そういうのはいずれ訪れるであろう、海戦で敵にやって欲しいのだが。
というか、前にもこんなことがあった気が……。
無神経なよりはいいと思うのだが。程度の問題か?
「……。で、でも、王族に気を遣うのは当然なような?」
「散々私に対して王族らしくない扱いをしているんだから、今更でしょう?」
「そ、そうでした……ま、まあでも、これは多分一生直らないんで……はい……」
「それじゃあ仕方ないわね」
「「「仕方ない仕方ない」」」
ティオ殿下のみならず、みんな揃って満面の笑みで同意されると、それはそれでどうかという気もするが。
そんなこんなで、出港準備は進み……。
ドッグは解放され、『プリンケプス・サーラ』は実に五十数年ぶりに海の上に浮かぶこととなった。
進水式とはまた違うが、女王の鶴の一声で再出航を祝う式典のようなものが開かれることに。
これは先祖の慰霊も兼ねるとのことで――
「……うむ。これで我が高祖父・砂漠の海王アルトゥムの魂も、安らぎを得ることであろう。ここからは派手に行こうぞ!」
厳かに祈りを捧げた後は、明るく終わるためのパフォーマンスへ。
女王がアイテムコンテストで見せたような、魔法を使った美麗な演出に観衆は大いに沸いた。
ただ、その時と違うのは……。
「姉上、予定と違います! それは最後にやるはずの――」
「合わせてみせい、ティオ!」
「ああ、もう!」
隣にティオ殿下がいることだろう。
空に風魔法で固められたワインの塊が飛び、それをティオ殿下が『シャイニング』で割る。
すると弾けたワインの液体と光の粒子が混ざり合い、キラキラと船体と、港でそれを見上げる人々に降り注いだ。
うーん、綺麗だ……あ、ワインといえば小さい子どもは――大丈夫か。
親が吸い込まないように気を付けている様子がちらりと見えた。
ちなみに『シャイニング』の光は発生地点以外にはノーダメージ。よって無害である。
「しかし、見事にプレイヤーの姿が少ないでござるな……」
そんな女王たちの後方で、俺たちは式典の様子を見守っていた。
視線を移せば、大型船であるこの船の甲板からは、港の人々の様子がよく見える。
「プレイヤーのほとんどはこの船の存在を知らないだろうからな。当然といえば当然だ」
「既にイベントは始まっていますしね。熱心なプレイヤーであれば、今頃はもう海の上でしょう」
それらの式典も終わると、いよいよその時が訪れた。
多数の現地人が見守る中、女王が甲板上で杖を海に向けて掲げる。
「――では、いざ……出航じゃ!」
既に注水は終わっている。
複合機関が唸りを上げ、『プリンケプス・サーラ』は遂にその巨体を大海原へ。
現実の汽笛とよく似た、けれどもどこか違う不思議な音色を響かせながら、船は港から少しずつ遠ざかって行った。
 




