起動の鍵 その2
意外と引き連れている人数が少ないのは、お忍びだからだろうか?
「じょ……女王……陛、下……?」
とはいえ、度重なる衝撃に管理官は完全にグロッキー。
船大工「ポルト」の面々は王家からの依頼などを受ける機会があるからか、管理官よりは状況に順応している。
しかしながら、聖女殿下からの――
「姉――陛下、どうしてこちらに……!?」
女王陛下という流れに、困惑と動揺を隠し切れない。
だがパトラ女王はそんな人目を気にすることなく、そのままティオ殿下と話し始める。
「来訪者たちが国内外を問わず、大挙して海を目指し始めたと聞いたのでな」
「……わたくしたちだけでは、不足だと?」
「せ、聖女殿下!」
ティオ殿下のお付きの女官が、窘めるように慌てて名を呼ぶ。
それに対し、女王は笑みを浮かべて構わないと手振りで示した。
「そうは言っておらぬが、妾から見れば大抵の者は未熟者ぞ? ティオよ」
「くっ……!」
陛下の挑発するような言葉に、ティオ殿下が歯噛みする。
先に噛みついたのは殿下のほうだ。
無礼を咎めることなくそう返されたのでは、それ以上何も言えなくなってしまう。
この二人の関係性は、初めて練兵場で揃ったところを見た時から変わっていない。
「ふふ……単に、静養を兼ねての視察じゃ。深く考えるな」
「そう、ですか……」
女王はティオ殿下の肩に軽く触れてから、悠然とこちらに向かって歩いてくる。
突然の出現と完全に場が女王のペースになっていることから、誰も反応できずにただそれを見守った。
やがて目の前で――うおい、近いっ!
「久しいのう、ハインド。会いたかったぞ」
「っ……へ、陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
この人は近付いてくるだけで非常に刺激が強い。
――良い意味でも、悪い意味でもだ。
大胆に胸元や肩、太股が露出した服に、舐め回すような視線、熟した果実のような蠱惑的な香り。
しまった、出遅れた! といった表情でユーミルとリィズが俺を庇うように前に出る。
「あえて敬語は省略させてもらうぞ? 何をしに来た、女王!」
「はて? お主が妾に対して敬語を使ったことがあったかのう……? ユーミル」
「それ以上ハインドさんに近付かないでください。呪いますよ?」
「むしろ妾が其方に呪法を教えて進ぜようか? リィズ。いつぞやの毒薬の礼に」
律儀に一人一人の名を呼んで、楽しそうに女王陛下が応じる。
何というか、圧倒されるな……無礼も無法も許容するが、絶対に相手の下風には立たないというこの話し方、会話運び。
余裕を持って軽やかに躱した上で、優しく抑え付けてくる。王者の風格。
「……」
二人が女王と話し始めてくれたので、俺は半歩下がって呼吸を整えた。
このままの精神状態では、まともに女王と対峙することができない。
「女王って、常時プレッシャー発動中! みたいな人ですよねぇ。先輩」
「いや、ほんと」
そんな俺の様子を見て、シエスタちゃんが小声で囁きかけてくる。
「そんなプレッシャーをあっさり受け流しちゃってるシエスタちゃんも、大概大物だと俺は思うけどね……」
「そうでしょう?」
「謙遜しないのかよ、すげえな。……ありがとう、もう大丈夫だ」
「いえいえ。先輩がしゃっきりしてないと話が進みませんからね。がんばー」
シエスタちゃんと話したことで、心は平静を取り戻しつつある。
ユーミルもリィズも、上手いこと時間を稼いでくれた。
他の四人は――お、セレーネさんを守るようにしながら地味に距離を取ってる。
狭い機関室でその行為にどれだけ意味があるのか分からないが、まあOK。
「――女王陛下!」
「おっ?」
ということで、いざ対峙。
気合を入れて話さないと、女王は知恵とやらを授けてくれなくなるだろう。
そういう人なのだ。
女王は中々本題に入ってくれなかった。
逆に国別対抗戦の微妙な成績をせっつかれたりと、対応が非常に大変で……。
「――はー、楽しい。お主らとの語らいは実に楽しい。のう、ハインド」
「そ、ソウデスネ……」
「くくく……では、話を戻すとするかのう。この船――プリンケプス・サーラの機関について」
俺が疲れ切ったのを見てから、ようやくのことである。
お付きの女官たちが機関技師たちと会話を交わし、再度扉が外側から閉められた。
残ったのは女王とティオ殿下、そして俺たちだけという護衛すらも残さない徹底した人払い。
身の安全とか、大丈夫――うん、そういえば大丈夫だった。
女王よりも強い護衛は、おそらく王宮内に存在しないので。
「さて……準備は整ったのう」
ユーミルとリィズは苛々と、早くしろという表情を隠しもせずに女王を睨む。
といっても俺たちの中で女王の姿を嬉しそうに見ているのは、トビくらいのものなのだが。
「まず、お前たちの行ったやり方……機関や船の機嫌を取るような方法は正しい。」
「……と、仰いますと?」
「一般には知られておらぬが、この世界では物に魂が宿る。お前たちが元いた世界では違うのか?」
「!? まさか、そんな!」
驚愕の表情で声を荒げたのは、現地人のティオ殿下である。
女王陛下が知っていてティオ殿下が知らない……?
「精霊、付喪神、物霊……ま、呼び方はそちたちの好きにいたせ。何にでも宿るというものではなく、優れた物にのみ魂が吹き込まれるという寸法じゃ。そして一度魂が宿った物品は、それらを大事に扱う限り持ち主に最高の力を――」
「ま、待って! 待ってよ姉上!」
「……何じゃ、ティオ。騒々しい」
「どうしてそんなに断定するような口調で言えるの!? おとぎ話の類でしょう、そんなもの!?」
「未熟者め」
からかうように呵々と笑いながら妹の頭を撫でた後、女王陛下は豪奢な魔法用の杖をどこからともなく取り出した。
そして機関の前に立つと――。




