補修の経過と完了
補修作業が始まってから二日あまり。
俺たちがインしていない間も、船大工さんたちは仕事を行っている。
なるべくそれに参加できるよう、隙間時間に細かくログインしては『プリンケプス・サーラ』の下へ。
「せ、セレーネさん? 少し休んだほうが……セレーネさん? おーい」
そんな中、いつインしても必ずセレーネさんが大工さんたちに混ざっている。
作業場所は既に船底などの大きな部分から、甲板や艤装へと移行。
艤装の補修をするセレーネさんの傍でサンドイッチを持ったまま、話しかけること数度。
肩に触れたところで、ようやくセレーネさんがこちらを向く。
「――は、ハインド君!? いつからそこに!?」
「……満腹度、減ってるんじゃありませんか? どうぞ、食べてください」
「あ、えっと……本当だ。残り三パーセントしかなかったよ……」
危ないな!?
ちなみに街中で満腹度が0になってHPが減った場合、1で止まるので戦闘不能になることはない。
ただしそのままの状態でフィールドに出ると、その場に棒立ちしているだけで戦闘不能となる。
セレーネさんは「ありがとう」と口にしてサンドイッチを取ろうとしたが、自分の真っ黒になった手を見てそれを引っ込めた。
「ど、どうしよう? 近くに水場――」
「いやいや、洗浄ボタンを使いましょう? 折角の機能なんですから」
「そ……それもそうだね……」
うっかりしていた、といった様子でセレーネさんがメニュー画面を開く。
大丈夫か? 相変わらず何かに集中していると、それ以外が疎かになるな。
綺麗になった手でサンドイッチを一口齧るのを見届けてから、自分も一つ。
――何だ、ノクス? これはお前の餌じゃないぞ。
「楽しいのは分かりますけど、根を詰めすぎですよ。かなりの頻度でインしていますけど、大学の講義は大丈夫なんですか?」
「う、うぅん……」
否定とも肯定とも取れる声でセレーネさんが答える。
どっちだ、と思って見つめると……ぽっと頬を染めてから目を逸らす。
視線に照れている――だけではないな?
「……セレーネさん?」
俺が無理矢理視線を合わせようと回り込むと、片方にサンドイッチを持ったまま両手を上げる。
そして恥ずかしそうに一歩下がってから、言い訳混じりの白状を始めた。
「だ、大丈夫だよ? ちょっと寝坊しただけだから、うん。講義に遅刻とかはしていないの、全然! 本当だよ!?」
「もう影響が出ているじゃないですか……」
これはちょっと放っておけない状況だ。
例え余計なお世話だと言われようが、どうにかせねば。
「――とりあえず、深夜の作業は止めましょう。セレーネさん」
「え? でも……」
「でもじゃありません。寝てください」
「そ、それはハインド君の言う通りなんだけど……」
セレーネさんが子どものような反応を見せる。
熱中し出すと歯止めが利かないのがこの人の弱点だ。
鍛冶なら一つ一つ、装備ができるごとに止めるタイミングがあるので良いのだが。
「そんな顔をしても駄目です。夜は俺たちのログアウトに合わせてください。それに、早朝で良ければ時間を合わせて一緒にインしますから」
「一緒に……でも、夜中は駄目で早朝ならいいっていうのはどうして?」
「同じ睡眠時間でも、夜更かしよりは早起きのほうが絶対体に良いですし。それに、ほら。朝なら――」
早朝ということは、大抵その後にある学校なり何なりの時間を気にしながらのプレイとなる。
それを前にしてやり過ぎてしまう、ということはそうそう起こり得ないはずなので。
鈍った自制心でも、程々にしてログアウトすることが期待できる。
聡いセレーネさんは、言葉にせずとも理解した様子で頷いた。
話をしている内に、補修作業のことで一杯だった頭が段々と働き出して来たようだ。
「……うん。そっか、そうだよね。ハインド君に心配かけちゃ悪いし……うん。夜更かしは止めることにするね?」
「是非そうしてください。ゲームで体調を崩したりしたら駄目ですよ」
「め、面目ないです……私、一応年上のお姉さんなのに……」
そんなセレーネさんだからこそ、これだけ進みが早くスムーズに進行しているのだが。
できかけの艤装に触れつつそう口にすると、セレーネさんは柔らかく微笑んだ。
「そんなに褒めると、また夜中まで頑張っちゃうよ? 私」
「それは困りますね。では、賛辞は完成まで取って置くことにします」
「うん。無事に機関が動いたら、その時にね?」
和やかな空気で休憩を取った後、また補修作業へと戻る。
俺も休憩中の動物好きな大工さんにノクスを預け、セレーネさんと並んで修繕に没頭。
そんな数日は瞬く間に過ぎていき、やがて機関再積み込みの日を迎えた。




