再生へのアプローチ
そして俺たちは再びプリンケプス・サーラの下へ。
管理官には「またあんたらか」と呆れられたが、それでも目尻の皺を深くして案内してくれた。
どうもこの管理官、この船のことが相当に好きらしい。
「管理官、質問!」
「あ?」
ここに来るまでの間に相談は済んでいる。
故に、船の前に案内される前の段階でユーミルが率直に切り出す。
「機関の移動とか積み替えというのは、勝手にやっていいものなのか?」
「勝手にっつーか……俺が見ているところでなら構わないぜ。もう誰でもいいから使えるようにしてくれ、っていう物品な訳だしな。ただし機関専門の技師も必要だし、あんたたちは……全部で八人だから、移動させるには人足も要る。つまり――」
「……金ですか」
「まあな」
しかしながら、人足――機関を運ぶ人手も、機関の技師も管理官が用意してくれるという。
退役艦の廃棄を管理しているだけの人物にしては、顔が広いようだが……。
疑問が顔に出ていたのか、俺を見て管理官のじいさんが呵々と笑う。
「海兵時代の伝手ってやつだな。それより、どうなんだ? すぐに集められるが」
「あ、えっと……」
問われ、みんなの顔色を窺う。
すると真っ先にユーミルが一歩前へ。
「うむ、金ならあるぞ! いくらだ!」
「やめろ! 何かその言い方、滅茶苦茶嫌味っぽい!」
事実だとしても、言い方というものがあるだろう!
TB世界における俺たちは、今となっては普通に金回りが良い。
よほど無理な条件を提示されない限りは問題ないだろうが……。
「確かに我ながら酷い台詞だな……しかし、金持ちのドリル辺りなら現実でも言いそうではないか?」
「言わねえよ、あいつはそんな札束で人を殴りつけるような台詞!」
「むしろ避けている類の表現では……?」
管理官のじいさんが腹を抱えて苦しそうに笑っている。
そんなこんなで話は進み……。
諸々の交渉・準備が済んだのはそれから半時ほど経ってから。
長いこと『プリンケプス・サーラ』が占有しているドッグの周りに人が集まってきた。
「ところでお前さんたち、肝心の船大工は?」
「あ、まだ日程が空かなくて……」
偶然管理官の近くにいたセレーネさんが、恐る恐るといった様子で力なく答えた。
それに対し、奇妙なものを見るような表情になるのは当然といえば当然で。
「……そんなんでどうする気なんだ? 積み替え用の船体もなしに」
「とりあえず、機関は一度外に。どうしても全容を見てから色々と始めたいので……お願いします。外した機関を保管できる場所もきちんと確保しますから」
「――」
コクコクとセレーネさんが俺に同意するように頷く。
そう言ったのはセレーネさんなのだが、これ以上奇異の目で見られるのは可哀想である。
機関部に収まっている間は、当然ながら部分的にしか確認することはできない。
「構わんが……それなら、船体を取り壊すいい機会か?」
「――!」
管理官が寂しそうな表情で老朽艦を見ながらそう呟く。
……往時の姿を思い出しているのだろうか?
「船体と機関の相性なんて言っているやつもいたが、結局立証できないまま諦めちまったし……王家からの許可も――」
「ま、待ってください!」
そのまま話を進めようとするのを見て、慌ててセレーネさんが管理官の言葉を遮る。
今、まさに俺たちがやろうとしていることの一端をじいさんが口にしたな。
「待ってください……あの船体はまだ生きています」
「生きているって……」
俺たち全員の顔を眺めてから、管理官は帽子を取って頭を掻いた。
その口元が徐々に緩んで行き……。
「ははぁ。お前さんたちがやろうとしていること、何となくだが読めてきたぜ」
「駄目ですか?」
「いや、さっきも言ったが……船体は壊して構わないと言われているからな。直しちゃいかんとは言われとらん。数十年前に試された手法ではあるが、今回も失敗するとは限らんし……」
むしろやってみて欲しい、と言わんばかりに早口に否定する。
その分かりやすい態度に俺たちからも思わず笑みがこぼれた。
しかし、管理官の言葉の中に気になるものが。
「やっぱり、過去に取ったことのある手段でしたか……」
「機関が悪くなきゃ、他の部分がどっか悪いって思うのは普通だからな。伝達系、回転羽根……果ては機関室の振動除去に――」
「船体丸ごと全部は?」
「……全部はないが、ブロックごといったことはあるな」
「あー」
色々と手は尽くされていたらしい。
語り部の話を聞いた感じ、伝説の船でもあるのだしな……。
そうなると、船体全てに手を入れてみたところでどの程度の効果があるのやら。
「まあ、あくまでアプローチの一つですし。それで駄目だとしても、得られるものがない訳ではないので」
「はー、もう他の手も考えてあんのか。そりゃいい、俺もこいつが動く姿をもう一度見たいしな。……ところで、船体に手を入れるってのは――」
「原型はできる限り残しますよ、もちろん。別の船になるほど弄る気はないです。歴史ある船と知りましたし」
セレーネさん曰く、文化財の補修をするような感覚でやってみたいとのこと。
そこまで話を聞いた管理官は、手応えを感じたのか笑顔で俺の背をバンバンと叩く。
……さすが元海兵。
年寄りの割に力が強く、結構痛い。
「そういうことなら俺は全面協力だ! 駄目で元々、どんどんやってくれ!」
「でも、組織的にはグレーゾーンではござらんか? 直すなら直すで、許可を取り直したりとか……ただでさえ、弄る範囲が広大でござるし。怠ると、管理官殿のクビが飛びかねんでござろう?」
「………………そうだな」
トビの懸念の言葉に、管理官は急に冷や水を浴びせられたような顔になった。
組織の一員である以上、避けては通れないことだ。
「ちょっと待って――あ、作業は途中まで進めておいていい! ただし……」
「機関の留め具を外すところまで、ですか? 管理官の監視が必要なんですよね?」
「そうだ! それと、あんたらの……え-と……所属ギルドと名前! 上への報告に使うから、教えてくれ!」
かと思いきや、引き返してきてワタワタとメモを取り出す。
――ひとまず、船体を直すというアプローチに対する心強い理解者が一人、ここに誕生したらしかった。




