王族船の歴史
あのプリンちゃん――じゃなかった。
『プリンケプス・サーラ』に積まれた機関を何とかすると決めた俺たちは、早速行動を開始。
まずは往時の姿を知る人を訪ね、ここまで来たのだが……。
「儂が知るのは五代目様の時……。初代様から数えて通算十度目となる海戦を潜り抜け、凱旋を果たしたプリンケプス・サーラの姿たるや。それはそれはもう、壮観なものじゃった」
「……今の女王は何代目だ? ハインド」
「確か……九代目じゃなかったか?」
「むっ? 五代目があの船が現役の時だから……短期間で随分と代を重ねているな?」
「それだけ戦争やら何やらで国が荒れたらしいんだよ。パトラ女王だって、身内と争って今の王位に就いていたはずだし……」
「私もそう聞いた記憶があります」
リィズがそう言うならきっと正確だ。
屋台で野菜を売っているおばあさん……大おばあさんと呼んでもいいほど老齢の女性の前で、俺たちはひそひそと囁き合った。
この人がここいらで最も年寄りなのだそうで、俗に言う「語り部」のようなものらしい。
書物以外の手段で、歴史を後世に伝えていく大事な存在だ。
「五代目はマールと現在まで続く同盟を作り上げた英雄でのう。海を愛し、海に愛され、“砂漠の海王”とまで呼ばれるほどの人物じゃった。最もプリンケプス・サーラに乗ったのもこの王で――」
おっ、何かヒントになりそうな話に差しかかった感が。
俺たちが固唾を飲んで見守っていると……。
「……はて? どこまで話したかのぅ?」
テントの下で椅子に腰かけた老女は、とぼけた顔をして首を捻った。
「またですか!?」
「はぁ? 何だって?」
「くっ……」
このように、貴重な語り部なのだが……このばあさん。
さっきからちょいちょい話が良いところで止まる。
それはもう、絶妙なくらいに気になるところで。
「……じゃあ、今度はこっちのモロヘイヤをください。スープにするんで。王様の話をしてもらってるんだし、ちょうどいいでしょ……」
もうキャベツ、トマトにアイスプラントなんてものまで買わされているんだがな。
幸いなのは、どれも質が良く新鮮なことだろうか。
……全体的にちょっと高いけども!
案の定、語り部のばあさんは先程までの様子が嘘のように素早く反応する。
「おや、洒落てるじゃないか坊主。気に入ったぞ」
「……どういう意味だ? ハインド」
「モロヘイヤはムルキーヤ、王様のスープという名前から来ている野菜だって話でさ。次第にスープの名が、野菜そのものの呼称に変化・定着したんだと」
「へー!」
非常に栄養価が高く、優秀な食材である。
その後も語り部の話は続き……。
「五代目に応えるように機関は大出力を発揮、五代目の逝去と同時に機関も……でござるか」
「何だかロマンチックというか、しんみりとするお話でしたね……」
どうやら、あの管理官のじいさんが見たのは『プリンケプス・サーラ』が航行可能だった最後の頃の姿らしい。
トビとリコリスちゃんが話したように、「砂漠の海王」と呼ばれた五代目国王アルトゥム・ベレーロ・サーラが船に乗った最後の王族だったらしい。
港を歩きながら、俺たちは聞いた話とあの船の現在の姿を思い返す。
「セレーネさんはどう思いました? 今の話」
こっちのは漬け込んで携帯用にするか……。
他はさっさと食べるとして……。
俺が増えに増えた野菜を整理しながら尋ねると、セレーネさんは苦笑しながら答えた。
「そうだね……ハインド君は、物に魂が宿ったりっていうのを信じるタイプかな?」
「俺ですか? うーん……大事に使ったものほど、みたいな感じですよね?」
「そうそう」
結構難しい質問だな。
俺の場合は、多分に経済的な――勿体ないという心理で物を扱う癖が付いているから。
今一つ答えあぐねていると、ユーミルが俺に代わって口を開く。
「こいつは異常に物持ちが良いぞ、セッちゃん。何せ幼稚園に通っていた時の粘土板を、今でもカッターマットとして普通に使っているからな」
「ああ、あれね。お前が書いた落書きがそのまんまだよ、何故か消す気になれなくて」
「小学生の時にハインドさんが私と一緒に買ってもらったキャラクターもののマグカップ、まだ割れていませんでしたよね?」
「意外と丈夫な造りなんだよな、厚みがあってさ。そのせいでちょっと入れたものが飲みにくいんだけど」
カップの縁は少し薄くなっていた方が飲みやすい。
しかし、その厚みのおかげで何度か落としてしまっていても割れずに済んでいるのは確かだ。
使い慣れているし、壊れるまでは大事に……って、あれ? そう考えると、割と愛着を持って道具を扱っているのか? 俺。
「何か……凄く先輩らしい話ですよね。普通に目に浮かぶ」
「うん、良いことだよね」
「私も良いことだと思います! 胸を張りましょう、ハインド先輩!」
ヒナ鳥三人がこちらを見て妙に持ち上げてくる。
何だ、その……むず痒い。
「うんうん、とっても良いことだよ。どんな理由であれ、丁寧に扱えば道具は応えてくれると私は思うんだ。だからって、喋り出したり意志を持ったりっていうのとは違うんだけど――」
「それが物に魂が宿る、という表現に結び付く訳ですか。比喩的というか、詩的ですね」
「変、かな?」
「いいえ、全然」
俺が同意すると、セレーネさんが嬉しそうに頷く。
その笑顔が素敵で思わず見返していると、照れを隠すように慌てて言葉を続ける。
「そ、それでどうかな? あの機関の話なんだけど……」
どうも話を元に戻す流れのようだ。
「大事に扱われてきた……んじゃないですか? 五代目国王にとっては、海を往くための相棒みたいなもんですよね? もっとも、機関に限らずあの船全体がそうなのでしょうが」
「うん、私もそう思う。そして、あの機関には見たところ異常もないし、学者さんも動かなくなった理由が分からない――っていう話だったよね?」
「見える範囲での故障はない、という結論でしたね。蒸気機関はブラックボックスなので、確かめようもありませんが」
しかし、クエストの流れからして壊れていないという前提で話を進めて問題ないだろう。
そうでなければ、ここまで提示されている「新船体の準備」というクエストの趣旨から外れてしまう。
俺が付け加えたそんな言葉に、セレーネさんは肯定するような返事をしてから更に話を続ける。
「このTBっていう世界には魔法があるじゃない? 蒸気機関と併用されているのも魔力機関だしね。そういう世界観だっていうことを考えると……」
「セレーネさん、まさか……」
「うん。物理的な面からの原因の究明が難しいなら、そういう……物に魂が宿っている前提での、オカルトチックな方面からのアプローチもありかなって。それこそ現実でやってもあまり意味がないような、あり得ないような」
そんなセレーネさんの言葉に、俺たちは一斉に頷く。
どうするつもりなのかは分からないが、ここまで現地人たちに聞いた船の話とセレーネさんの話とは、不思議と噛み合っているような気がした。




