退役艦プリンケプス・サーラ
「新造艦も良いけど……終わりかけの道具から得られるものって、多いと思うんだよね。えっと、ただの私の持論なんだけど……」
「と、言いますと?」
「それがどう使われてきたか、どんな時を過ごしてきたか……それを知ることで、新しい道具や改良品を生み出す時の参考にするって感じかな」
「「「おおー」」」
「だ、だから、退役間近か退役済みの船を見たいんだけど……」
そんなセレーネさんの話を受けた俺たちは、役目を終えた大型船の内部へと足を踏み入れた。
再利用可能な動力機関を取り出した後は解体になる、老朽艦という話である。
「触ると分かる酷い経年劣化だ……と同時に、掃除が行き届いているな。内装も凝っているような?」
「それだけ大事に扱われてきた、ということでしょうか?」
一通り内部を見た後に、目玉となる機関部へ。
大型船の機関部は、TBの世界観からするとややオーバーテクノロジーじみている。
特にこの蒸気機関だが、遺跡からの出土品を使っており……現実の物とは形が違う。
燃料不明・分解不可で、中は完全なブラックボックスとなっている希少品だそうだ。
「む、燃料不明なのに動くのか?」
「何かしらは取り込んでいると思うけど……何だろうな?」
「夢の永久機関でござるか?」
海上でしか使用不可だったりと、変な制限があるが。
このせいで、陸上の乗り物への転用は不可能だそうで。
「ちなみに私のエネルギーは、ハインドの作るご飯だぞ!」
「いや、別に訊いていないでござるよ……? っていうか、知っているでござるし……」
「私の場合は、ハインドさんがそこにいてくれるだけでエネルギーに――」
「いやいや、リィズ殿までボケに回らないで!? 収拾が付かなくなるでござるよ!」
それにしてもこの機関部、妙に威圧感というか凄みがあるな……まだ動くんじゃないのか?
同時に火が絶えて久しく、完全に休眠中という印象も受けるのだが。
船の全盛期は一体どれくらいの動力を送り込んでいたのだろう? この魔力・蒸気の二つの機関は。
「冗談を言ったつもりはないのですが……そもそも、魔力機関の時点で謎のエネルギーを無尽蔵に取り込んでいますよ? そちらはどうなのです?」
「あ、そうでござるな……」
結論、これは「蒸気機関に似た何か」だな……。
現実と同じ蒸気機関を作ろうと試みたプレイヤーがいたらしいが、プロテクトがかかっているのかまともに動かなかったらしい。
つまり『クラーケン』の時にレンタルした船は、TB世界の中で最高レベルのものだった――ということになる。
「やっぱり、蒸気と魔力の嚙み合わせが大事で……独立した別個のエネルギーとしてじゃなく、混合して利用――」
セレーネさんが熱心に……それはもう熱心にメモを取っている。
これで見て回った船の数は五つ目。
……最後の一つこそ新造艦や造りかけではないが、これで五隻目だ。
それも一隻一隻丁寧に、隅から隅まで。
「……」
「――はっ!? シーちゃんの口数が極小に……!」
「本格的に眠くなってきた証拠ね……」
ヒナ鳥たちはこの調子、俺たちは雑談と。
セレーネさんとの熱量の差を感じる……もしかしたら、こういうところで常人と差が付いているのかもしれない。
「何かもう、これだけ見ればセッちゃんだけで造れるのではないか? 船」
「み、見ただけじゃ無理だよ。あ、その……もしかして疲れちゃったかな? みんな」
「飽きてはきたな!」
「そ、率直だね、ユーミルさんは……じゃあ――」
「おーい、あんたら」
と、そこで俺たちをここに案内してくれた管理官が声をかける。
そろそろ出ろということらしいので、ちょうどいいか。
俺たちは頷き合うと、機関室から揃って出ることに。
「満足したかい? こんなボロ船で良ければ、また来てくんな」
「む? しかし、この船は解体予定なのでは……」
管理官の爺さんは何故か俺のほうを向いた。
語ってもいいのかな? という目をしながら。
それにしても、何で俺……?
「え、ええと……この艦の歴史とか、折角なんで聞きたいなぁ、なんて……」
「そうかそうか、聞きたいか!」
「は、はい……」
嬉しそうな管理官の表情に、こちらは苦笑しつつ頷かざるを得ない。
何だこの人、ちょっと面白いな。
「この船の名はプリンケプス・サーラというんだが……」
「プリンちゃんだな!」
「……」
「あ、すみません。続けてください」
「……プリンちゃんは、サーラの初代の王が乗った船でな」
「使うのでござるか、その略称……」
艦の中を歩きながら、話を聞くと……。
この船は歴史ある王族用の船であり、その心臓部である機関にもそれに見合ったものが使われている。
「道理で立派な機関――というか、でかい機関だとは思いましたけど」
「魔力機関との接合も、何ていうか……二つが融合しているみたいに調和していたよ? 元から一つのものだったみたいに」
「だろう? 船の動力機関ってのは、弄れない蒸気機関に合わせて、弄れる側の技術である魔力機関を設計・作り上げるんだが――全く、当時の船大工はどんな腕をしていたんだか。これだけの仕事をしておきながら、名前も残ってないってんだから余計に謎が深まらぁ」
管理官のラフな口調は元船乗り故だろうか?
肌も長いこと日の下にいたことが分かる色をしているので、それほど間違っていない推測だと思うのだが。
……この船の機関はそんな由来がある故に、当然の如く載せ替えのために何度か取り出されているそうなのだが。
「これが、どんなに立派な新造艦を用意して引っ越しさせてもぐずりやがる。蒸気・魔力の両機関を積んだ船は速いが繊細でな。妙な力で干渉し合うのか、ちょっとの変化で働きが鈍くなったり、最悪――」
「まさか、動かなくなるのか?」
ユーミルの言葉に、管理官が頷く。
そして最初の問いの答えへと帰る。
「原因を究明するための研究は既に尽くされている……が、今に至るまで不明だ。資料は十分、学者はお手上げ。で、機関の載せ替え先が決まればこいつは解体なんだが――」
「適合する船がないんですね?」
今度は俺が発した言葉に、同じように管理官が頷いた。
何人もの船大工が機関を載せ替える船の建造に挑んでは、失敗を繰り返しているとのこと。
「ま、船も二つの機関も国の所有物だからな。もし載せ替えに成功しても、国に接収――ゴホン! 献上しなくちゃならんのだから、来訪者様には関係ない話だわな?」
「そりゃ、俺たちは自分の船を造りに来た訳ですからね……」
「しかし、中々面白い話だったぞ! 話してくれてありがとう、管理官の爺さん!」
「おうよ。しかしこの船も、俺が若い頃はギリギリ動いていたんだがなぁ……」
管理官はユーミルの言葉に笑顔で応じた後、遠い目をしながら船内の壁に触れた。
この管理官が若いころというと……四、五十年前までは動いていた船なのか、こいつは。




